2009年04月30日

非道***霖之助

パチュリーは霖之助の行いにただ耐えるしかなかった。

登場キャラ
パチュリー 霖之助 咲夜 小悪魔













 パチュリー・ノーレッジに取って目の前の光景は悪夢のようだと言っても過言ではなかっ
た。眩暈に襲われ、ふらつく体は今にも意識を手放してしまいかねない。倒れかけたパチュ
リーの意識を既のところで保ったのは嫌らしく歪められた笑顔が目に入ったからだ。
 森近霖之助、古道具屋を営んでいる男だと聞かされた。咲夜とは顔見知りだということ
と、何度か魔法の実験に必要な道具や資料を彼の店から買い取ったことがあるのだとは知っ
ていた。
 そうやって咲夜から直截聞かされていたから、どこか心の中で油断していたのだろう。
実際二言三言会話をしただけで霖之助の知識と知性には気が付いた。そして数少ない対等
な知識を持って会話できる相手が出来たことを喜んですらいたのだ。
 いつの間にか大図書館を出入りするようになったことにも大して疑問を持っていなかっ
た。愛想は悪いが根は良い人なのかもしれない、そんな風に思ってしまったことが間違い
だったのだろう。まるで最初から計画していたかとでも言うように、霖之助は唐突に牙を
剥いた。
 咲夜は買い物で屋敷にはいない。小悪魔は霖之助に何だかんだと理由を付けられて今は
この場におらず、レミィやフランが起き出して来るまでにも時間があるだろう。美鈴が門
の前から動くはずもなく、異変に気が付くことはない。だから、目の前の悪行を止められ
るのは自分しかいないのだ。
 だというのにパチュリーは声を出すことが出来ないでいた。倒れそうな体を意識を繋ぎ
とめるだけで精一杯なのか、それとも止めることを自分は拒んでいるというのか。
「あ……ぅ……」
 目の前に屈み込む霖之助とテーブルに寄りかかり必死で倒れないように体を支えている
自分。何と滑稽な光景なのだろうか。パチュリーの瞳に悔しさで涙が浮かんだ。
「あっ!」
 それは一際強く霖之助が指を擦りつけた時だった。思わず声を出してしまった自分をせ
せら笑うように霖之助は顔を上げた。
「ここのところが大分汚れているね。きちんと手入れをしなくてはいけないよ」
「あ……だめ、そんなに乱暴にしちゃ……」
 パチュリーの精一杯の抗議の声も霖之助には届かない。無慈悲にも霖之助は手の動きを
早めていった。
「しかし意外だったな。それなりに永く生きているとはいえ、まさかこんな風になってい
るとはね。君の外見のように白いかと思えば、中身は正反対だと言ってもいいくらいだ」
「くぅっ……」
「いや、貶しているわけではないよ。手垢が付いているとはいえ価値が落ちる訳でもない。
いや、寧ろそれだけ求められているという証左だとも言える。好ましいくらいだよ」
 霖之助の賛辞にもパチュリーは羞恥を覚えた。白皙の肌がうっすらと朱に染まる。そん
な様子に気付かないように霖之助はまた手を動かし始めた。
 それは制止の為だったのか、それとも立っていることさえままならず思わず寄りかかっ
てしまったのか。パチュリーの手は霖之助の肩にかかっていた。
「どうかしたのかい?」
「もう、止めて……。これ以上は、私……」
 言葉にならない声に、しかし霖之助は呆れたように肩を竦めるだけだった。肩に乗せら
れた手を退けると、ゆっくりと立ち上がった。二人の身長差は優に半尺以上はある。落と
される視線に込められた意志の強さにパチュリーは思わずたじろいだ。
「君は確かに言ったはずだ、捨てられたくないってね」
「それはっ……!」
 霖之助の言葉に嘘はなく、パチュリーは声を詰まらせる。
「正確に言えばこうだ。捨てられたくない、そんなことになるくらいなら貴方の好きにし
て貰っても構わない、だったな。僕は何か間違っているかい?」
「間違っては、いないわ。でも……」
 見上げる表情に精一杯の抗議を込める。しかしそれも霖之助には届かなかった。
「僕は良いんだよ、捨ててしまってもさ」
 吐き捨てるような言葉にパチュリーの身体は硬直した。直ぐに実感を伴った想像が脳裏
を過り、小さな震えが全身を襲った。
「ぁ……」
「僕だって惜しいとは思う。思うが――所詮は他人事だ。飽く迄も拒むというなら捨てて
しまうのが一番だ」
「ご、ごめんなさいっ! もう文句は言わないし、全部好きにしていいから……」
 声を詰まらせパチュリーは必死に霖之助に縋りつく。まるで彼に拒まれることがこの世
の終わりだといわんばかりに。
「そんなに捨てられたくないのかい? 君はもう少し淡白な人間だと思っていたが」
「だって、私……捨てられたら、もう生きていけない」
 他人が聞いたら大げさに聞こえるかもしれない。それでも、パチュリーの言葉に嘘はな
かった。確かに代わりはいくらでもあるのかもしれない。同じような奴だって、探せばど
こかには存在するのかもしれない。それでも、もう駄目なのだ。いつの間にか自分と不可
分な存在になってしまったそれを捨てるなんてことは、自分の半身を捨てることに等しい
のだ。
 パチュリーの様子を見て霖之助はどう思ったのか。見開いていた目は笑みと共に歪めら
れた。
「だったら我慢するんだね。君はただ見ているだけで良い」
 それだけを告げてまたパチュリーの足元に屈み込んだ。
 瞳に浮かんだ真珠の雫が地面に吸い込まれる。優しい人だという幻想が砕かれたことが
悔しいのか、乱暴に扱われている現実が悲しいのか。流した涙の正体が何であれ、結局は
自分が望んだことなのだ。袖で乱暴に顔を拭うとパチュリーは考えるのを止めた。
 出来ることなど何もない。再び始まった惨状に眼を閉ざすことも許されず、ただ唇を噛
み締めたまま立ち尽くすだけがパチュリーに出来る精一杯の行為だった。

                            *

 パチュリーは身体を横たえていた。テラスにある椅子を並べて毛布を敷き簡易のベッド
を作りそこに寝そべっているのだ。余り品の良い行いだとはいえないが、そんなことに構っ
ている余裕もない。緩く頬を撫でていく風がただ気持ちよかった。
「まだ身体は辛いかい?」
 気が付くと自分を見下ろすように霖之助が立っていた。
「いえ、もう大分楽になったわ。でもまだ起きるのは無理そうね」
「そうか、必要な作業自体はもう終わったし、後は彼女が全部やってくれる。君は楽にな
るまでそうしているといい」
 霖之助の背後では小悪魔が本を山積みにしたキャスターを押しながら忙しなく走り回っ
ている姿が見えた。確かに後は任せても問題はないだろう。
 霖之助の言葉に小さく頷き、パチュリーは眼を閉じた。
 
 切欠は咲夜の言葉だった。言い難そうにしながらも、はっきりとした口調で咲夜は語っ
た。
「パチュリーさま、もうここら辺の本は捨ててしまいませんか?」
 その言葉は雷に打たれたかのような衝撃と共に耳朶を打った。そして直ぐに千の言葉を
以って咲夜の意見を撤回させようとした。しかし一度行動をそれと決めた咲夜を翻意させ
ることはレミリアでさえ難しい。そして聞けば咲夜の意見には頷けるところもあった。
 元々紅魔館は窓の少ない館だ。館の主が吸血鬼である以上、採光を考える必要がないど
ころか日光の存在が害悪になるのだから当然である。そんな館の地下にある大図書館なの
だから、本を保存しておく場所に適しているとは言い難い。確かに日に焼けることさえな
いのだが、風通しなど期待出来る訳もなく湿度は容赦なく本を蝕んでいく。咲夜や小悪魔
がある程度は本の管理もしているのだが、余りにも膨大な量にとうとう黴が発生してしまっ
た区域が生まれたという訳だ。放っておけば周りの本まで黴の餌食になるだろう。ならば
もう諦めて捨てるべきだろうと咲夜は判断したのだ。
 咲夜は正しい。それでもパチュリーには大図書館の全てが大事な本なのだ。捨てること
何て出来ようもない。
 膠着した事態の収拾は思いも寄らない所から図られることになった。咲夜が香霖堂に買
物に行った際、現状を思わず溢してしまったのだそうだ。そして彼はこういった。
「自分になら何とか出来るかも知れない」
 藁にも縋る思いで仕事を依頼したのだが、それからが大変だった。紅魔館の中で最も風
通しの良いテラスで虫干しをすることになったのだが、元々身体の弱いパチュリーである。
陽の出ている内から歩き回るだけで体力は削られる。かといって大事な本を全て他人の手
に預けることも出来ない。倒れそうになるのを我慢して霖之助の作業を見守っていると、
今度はとんでもないことをし始める。本に鑢をかけ始めるわでんぷん粉を塗りたくってア
イロンをかけ始めるわと、パチュリーにとっては見ているだけで倒れそうになる光景が広
がったのだ。抗議の声を上げるも、だったら捨てようかと脅されれば素直に従う他にない。
 しかし疲労と心労は幾何級数的に蓄積されていき、結局倒れ臥すことになってしまった。

 心地よい風にパチュリーは閉じていた眼を開いた。顔だけを動かして視線をやると、団
扇を片手に読書に勤しんでいる霖之助の姿が目に入った。緩々とパチュリーを仰ぎながら
片手で頁を捲くっているのだ。器用と言うか何と言うか、言葉に詰まってパチュリーは溜
息を付いた。
「おや、目が覚めたかい。もうそろそろ虫干しも終わる時間だ。陽が暮れると湿度が高く
なるからね」
 本から目を逸らさずに霖之助は言う。何と言う本の虫だろうか。自らを省みもせずそん
なことを考えたが、決して悪い気持ちはしていなかった。
「貴方……どうしてこんなにしてくれるの?」
 少しばかり親しくなったとはいえ、ここまでのことをしてくれる程ではないはずだ。先
程の眩暈のするような行為も全て、本の補修には必要な作業だった。それは内容にばかり
目が行っていたパチュリーにはない知識だ。流石は古本屋、いや古道具屋だということな
のだろうが、それだけに代価もなしにするとは思えない。
 そんなパチュリーの思惑とは正反対に霖之助は意外なことを言われたように目を瞬かせ
ていた。
「どうしてと言われてもね。朽ちていこうとする本を助けたいと思うのは"僕達の"共通
の思いだろう?」
 それは同じ穴の狢ということなのだろう。それは確かに否定できない。
「けれど……」
「それにね、僕が道具屋何かをやっているのも僕の知識や能力をより活用したいからなん
だ。その上で誰かの為になるのならやらない理由はないだろう」
 ただ君の本の管理はいただけないね。あれじゃあ黴に湧いてくれと言っているようなも
のだ。そんな言葉を付け加えさえしなければパチュリーも素直にお礼が言えたのかもしれ
ない。
「むきゅー……」
 反論できない言論は暴力のようなもので、パチュリーは小さく声を上げることしか出来
なかった。
 
 レミリアがお茶の時間を堪能する頃合になって、全ての本が図書館に戻されていた。
「お、終わりましたー」
 その運搬の全てを一手に担っていた小悪魔はもう完全に顎を出してしまっている。横に
なったままのパチュリーの言えることではないのだが、霖之助という男には少しも手伝お
うという気がないらしい。未だにパチュリーを仰ぐ傍ら片手の本は手放していない。
「そうか、だったら今日の作業はこれで終わりだね」
「……今日、の?」
 荒い息を付きながらテーブルに突っ伏していた小悪魔は何を言われているのかわからな
いと言った表情で霖之助を見返した。
「当然、明日以降も虫干しは続けるよ。このまま放っておけばまた黴が湧くのは目に見え
ているからね。とりあえず全ての本の虫干しをやってしまおうかと思っている」
「そ、そんなぁっ! パ、パチュリーさま!?」
 縋るように見つめてくる小悪魔からさっと視線を外した。肉体労働など自分がやるべき
仕事ではない。というか物理的に無理。心の中では手を合わせつつも、決してそれを口に
することはない。
「さ、咲夜さん?」
 いつの間にかテーブルにティーカップを並べていた咲夜にも視線を送るが、
「では私は仕事がありますので」
 瀟洒に一礼をして霞のように消えてしまった。頬にかかっていた一筋の汗と引きつった
笑顔が、せめてもの罪悪感の表れだったのだろう。
 とうとう小悪魔の視線は最後に残された一人へと注がれることになった。
 その視線を意訳するのならば、
『あ、明日は霖之助さんも手伝ってくれますよね? ね? もう補修する本はないですも
んね?』
 とでも言ったところだろう。目は口ほどに物を言うとはこのことだという良い見本だ。
 涙さえ浮かべながらで今にも霖之助に縋りつきそうな勢いの小悪魔だったが、霖之助は
飽く迄も透徹した論理で斬って返した。
「僕は自分の仕事に誇りを持っている。だから他人のそれに傷を付けるような真似はした
くない。それこそ司書の領分を侵すようなことなんてこと、とてもじゃないが出来そうに
ないよ」
 小悪魔は一瞬何を言われたのかわからないといった顔のまま固まって、そしてゆっくり
とテーブルに倒れていった。真っ白に燃え尽きた小悪魔を横目で眺めながら、霖之助はカッ
プに口を付け満足そうに一つ頷いた。
 そんな男を眺めながら、パチュリーは思う。どんなに偉そうなことを口にしていたとこ
ろで、その本質はただ一点なのだろう。それは段々とぞんざいになってきた団扇の動きか
らも読み取れた。
 ――この男は初めからただ本を読みたかっただけなのだ、と
 完全に陽が暮れるまでその場を動かなかった霖之助に、パチュリーの考えは確信へと変
わっていた。
posted by sei at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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