2009年04月30日

神様の価値

香霖堂を訪れた三人は一つのラジオを発見する

登場キャラ
霖之助 諏訪子 神奈子 早苗












 節分を過ぎ幻想郷の長い冬も終わりを告げようとしている。一面を銀世界に染めていた
雪もとうに解け、桜が咲く日を待ちわびる季節となった。
 だが今年は春が来るのが遅いのか、まだストーブは片付けられないでいた。陽が昇って
いる内は暖かいのだが朝晩の冷え込みは真冬のようでさえある。この調子だと花見の時期
も少しばかりずれ込むかもしれない――そんなことは外での騒がしい花見が苦手である僕
には余り関係のない話である。
 そんな僕の胡乱な想像を破ったのは店先から聞こえたカウベルの音だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
 最初に見えた顔は巫女の――紅白でない方の――ものだった。その後ろには割合とフラ
ンクな神様と、子供のような神様の姿もあった。
 珍しい客が来たものである。僕は何と言ったものだろうかと考えて、差しさわりのない
言葉を選んだ。
「宗教の勧誘はお断りしているのですが」
 僕の言葉に大きい方の神が噴出して、紅白でない巫女は顔を赤くして抗議した。 
「ちがいますよっ、買い物に来たんです!」
「そうですか、すみません。では何をお探しですか?」
「特に何をという訳でもないんですが」
 そういって彼女は店内を見回す。その視線は今まで香霖堂を訪れたどんな客とも違うも
のだった。そういえば彼女は外の世界からやって来たという話だ。もしかするとここにあ
るものにも見覚えがあるのかもしれない。
「早苗がね、急に昔のことを懐かしがり出してねえ。ホームシックて奴かしら?」
「神奈子も最近退屈だってぼやいてたけどね」
「諏訪子様も暇そうにしていましたし」
 三人の声が唱和する。結局は暇を潰しに来たということなのだろう。
 神奈子と諏訪子は勝手に店内を眺め始めた。僕は何とか話の出来そうな残りの一人に声
をかけることにした。
「えーと、外の世界の道具ならこちらにいくつかあるよ。僕のお勧めはコンピュータかな、
使い方はよくわからないが」
「パソコン……ですか。あったら便利なんですけど、電源がないんですよね。河童さんた
ちに頼んでみようかしら」
 暫く早苗は悩んでいたが最後には、また今度にします、という言葉で締めくくられてし
まった。
 不良在庫を押し付けることに失敗した僕が落胆している間に早苗も店の中を勝手に歩き
回り始めた。巫女というのはどいつもこいつも勝手なものだ。
「あっ、ラジオがあるよ」
「まだ電池もあるみたいですし使えそうですね」
 諏訪子が探し当てた道具もまだ僕の手に余るものだった。遠くから発信された音を拾う
ことが出来るらしいのだが、何をしても雑音しか吐き出さない。僕は口を挟もうかと逡巡
したが、外の世界から来た彼女たちなら使い方を知っているかもしれない。
 暫くの間見守っていると、早苗はラジオを持って彼方此方と歩き出す。何かの呪いだろ
うかと僕が首を捻っているうちに、ラジオから意味のある音が聞こえ始めた。
「幻想郷にも電波って入るんですね。どういう結界なんでしょう」
「でもかなり雑音が混じるわね。これは何の番組なのかしら?」
 遠巻きに眺めている僕にはラジオから流れてくる音が人間の声であることしかわからな
かった。
「野球中継みたいですね。どこの試合かしら? ……WBC?」
「あんたって野球好きだったっけ?」
「別にそういうこともないんですが、やっぱり懐かしいですよね」
「早苗、これってもしかして……」
 いつの間にやら三人は自分たちだけの空気を作り出し、何となく僕は居心地の悪さを感
じていた。
 結局三人はラジオを聴くだけ聴いて、何も買わずに帰っていった。

 それからまた何日か経った日のことだった。春の到来を前にこの店に春が来たのではな
いか、と思ったのは扉を開く音が聴こえたからだ。これほど短い間隔で客が来るのは珍し
い。僕は読んでいた本を置いて店の方へ向かった。
「やってるー?」
「いらっしゃいませ、ってまた君か」
 そこにいたのは先日この店を訪れたのと同じ顔だった。独特な帽子と子供っぽい容姿の
神様、洩矢諏訪子である。
 恐らく、客ではないのだろう。落胆を隠し切れず僕は小さく息を付いた。
 これが霊夢や魔理沙なら追い出してしまえば済む話なのだが、相手が神様を相手にそん
なことをしていいものだろうか。
 僕が対応にあぐねている間に諏訪子は勝手に店の奥へと入っていった。
 彼女が向かった場所は前と同じ、ラジオが置いてある場所だった。手早くラジオを操作
すると前のように雑音交じりの音が聞こえ始める。椅子に座り、子供のように上半身を机
に預けるとそのままラジオに耳を傾ける。
 もしかするとこれは商売のチャンスなのかもしれない。
「もし気に入ったのなら包もうか? 珍しいものだからそれなりの値段になるが」
「んー? 別にいいよ。ちょっと気になることがあるだけだから」
 諏訪子はそれだけいうとまた何事もなかったのようにラジオへ向き直った。 
 当然のように諏訪子は何も買わずに帰っていった。
  
 その後も何度か同じようなことがあった。ふらっと現れた諏訪子はラジオの前に居座っ
て帰っていく。たまに早苗や神奈子が一緒のこともあったが、大抵は諏訪子一人きりだっ
た。
 一体彼女は何がしたいのだろうか。そんな疑問を覚えなくもなかったが、気にしても仕
様がないだろうということはわかりきっていた。だから僕も気にしないようにしていた。
していたのだが――それでも気になることが一つだけあった。
 僕は彼女たちのことを詳しく知っている訳ではないのだが、どうにも一人だけ様子がお
かしいように思えるのだ。
 早苗は純粋に懐かしがっているようだが特に拘りもないらしい。ラジオや他の外の世界
の道具をあれこれと眺めてはいくのだが何かを買おうとする気配はない。神奈子はという
と、どうやら二人の付き添いのような感じである。たまに話すことがあるのだが、その時
は信仰について水を向けられる。やんわりと断ってはいるのだが、いつか押し切られそう
な気がして怖い。
 この二人の言動に気になる点はない。結局のところただの冷やかしでしかないからだ。
僕が気になっているのは残りの一人、諏訪子の振る舞いなのである。
 ラジオに拘泥するのはまあいいだろう。しかし、ラジオに耳を傾けている時の彼女の様
子はお世辞にも楽しそうには見えないのだ。一番的確な表現をするならば"緊張"だろうか。
強張った表情で耳を澄まし、ラジオから流れる声が大きくなるたびに一喜一憂する。そし
て最後には疲労を滲ませつつも、安堵したように帰っていくのだ。
 神の心を捉える事象とは何だろうか、気になって早苗にラジオから流れ出る音に付いて
聞いてみたことがある。しかし答えは「ただのスポーツ中継ですよ」というものだった。

                            *

 その日は朝から諏訪子が店にやって来ていた。最早文句を言う気も失せてしまった僕は
何もいわずに彼女を店に招き入れた。
 時は静かに流れていく。諏訪子はラジオを付けずただじっと座っていた。
 僕はというと他の客が来る気配もないので本を読んでいた。いたのだが、どうにも内容
が頭に入らない。それもそのはず、今日の彼女の様子は輪にかけておかしいのだ。緊張し
張り詰めたような雰囲気を漂わせ、離れたところに座っている僕の気分までも落ち着かな
くさせている。
 それはラジオが音を立て始めると更に酷くなった。
 その余りの居心地の悪さは"わからないことは気にしない"という特技を以ってしても看
過出来るものではなかった。
「ちょっといいかい?」
「…………」
 諏訪子から返事はない。僕はそのまま少しの間彼女の後ろに立っていたが、それが無駄
な努力だと悟るのに時間はかからなかった。
 諦めて踵を返そうとした時だった。雑音交じりのラジオから聞こえてきた言葉が僕の足
を止めていた。
 たった二つの国名、僕の耳に入ったものはたったそれだけの言葉だった。しかしそれは
僕の抱いていた全ての疑問を一瞬で氷解させるに足るものだったのだ。

 台所から帰ってきてからも諏訪子の様子は変わっていなかった。
「少し落ち着いたらどうだい? お茶でも飲んでさ」
「……霖之助」
 諏訪子はそこで初めて僕の存在に気が付いたようだった。こちらを見る目にはどこか力
がなく、差し出した湯呑と僕の顔を不思議そうに眺めている。隣に腰を下ろし自分の湯呑
を手に取ると彼女もそれに習った。
「勝負はどんな様子なんだい?」
「うん……」
 諏訪子の話では今は延長戦を開始するところらしい。この凪のような状態だからこそ、
彼女は僕の問いかけに答える余裕があったということだろう。
「まあ何にせよ余り気負わない方がいい」
「そうだね」
 返事を返しつつも彼女の様子に変化はない。ぼんやりとした視線を投げ返してくる彼女
に僕は片手を掲げて見せた。
「勝負事なんていうのは時の運だよ。だから見ている僕たちはこうやって――神様に祈る
くらいしか出来ない」
「それって……うちのお守り?」
 驚いた様子の諏訪子に僕は頷き返す。
「君が何に気を揉んでいるのか、僕もわかるつもりだ。だけどね、いくら僕がこうして信
仰していようと君がそんな様子では意味がなくなってしまうというものだろう」
「でも、今の私じゃ……」
「大丈夫、きっと勝つさ。僕はそう信じることにするよ」
 僕に言えることはそれだけだった。
 諏訪子の様子は先程と同じように酷く緊張しているようである。ただ試合が再開される
直前に、
「……うん」
 とだけ一つ頷いていた。 

                            *

 諏訪神とは外の世界では有数の軍神であった。神話の中では建御雷神や経津主神と並べ
立てられ、また実際の信仰としても西の八幡、東の鹿島、これらに対してもやはり同列か
それ以上の信仰を勝ち得ていたのである。
 軍神として信仰されていたということは、彼女は勝利を齎す神であったということだ。
それが最大級に発揮される場面、それは国家守護に他ならない。事実、過去にあった様々
な苦難から彼女たちは国を護ってきたことは歴史が証明することろだ。
 かつては誰もが彼女に、彼女達に勝利を祈ったのだ。そして信仰を得た彼女達は勝負の
帰趨を導き、この国の民を、この国を勝利へと導いてきたのだ。その神徳は例えただの競
技であろうとも発揮される。特にそれが"国際試合"であるなら特にである。
 だがそんな彼女も今では幻想郷の山の神でしかない。もう外の世界で信仰される事はな
く、それは外の世界へと働きかける力も失ったことを意味する。
 外の世界から隔絶されている幻想郷なら、それでも良かったのだろう。だがここには、
香霖堂にはラジオという外の世界の情報を知ることの出来る道具があり、彼女はそれを知っ
てしまった。自らを頼られる時節にありながら、自分はもうそれを傍観する以外に出来る
ことがないと突きつけられてしまった。
 信仰もなく力もなく、最早祈る以外にすることはない。そんな状況において、果たして
神はどのようなことを思うのだろうか――文字通り神ならぬ身ではわかるはずもない。
 だだそれでも、想像することだけは出来たのだ。
 幻想郷に楽隠居をした身であっても、嘗ての栄光を、一身に浴びた信仰を、自らが治め
た人々を、そう簡単に捨て去ることが出来るはずがない。それは決して拘泥しているわけ
でも固執しているわけでもない。ただ回顧して、懐古してしまっているだけなのだ。
 こんなことは僕の身勝手な想像でしかない。だがそれでも、何故かそう的外れでもない
という確信めいたものが心のどこかにあった。

 物思いを遮ったのはラジオから流れてきた喚声と、そしてそれ以上に大きな諏訪子の歓
声だった。結果は――確認するまでもないだろう。大声で叫び、飛び、跳ね回る様子はま
るで童子のようであったが、しかし浮かんでいる晴れやかな笑顔を見てしまっては、その
稚気は愛すべきものとしてしか映らなかった。
 諏訪子が喜びを全身で体現し終えた頃、ラジオから流れてきた声に僕は彼女と顔を見合
わせる。
 ――神が降りてきた
 最後に勝負を決めた選手の言葉だ。
 その時の諏訪子の表情はなんと表現したものだろうか。何度も僕とラジオを交互に矯め
つ眇めつし、口を大きく開いたり閉じたりしていた。そして等々、感情が溢れ出して来た
のだろう。 
「霖之助!」
 嬉しそうに僕を見上げ小さな拳を突き出して来た。そんな彼女の様子に僕は思わず苦笑
して、そして自らの拳を軽く突き合わせるのだった。

                            *

 玄関の方で物音が聞こえたが僕は本を読む手を止めなかった。何故なら誰が来たのかが
直ぐにわかってしまったからだ。
 五月蠅いくらいにカウベルをかき鳴らして入ってきたのは、予想に違わず静かに行動出
来ない黒尽くめの魔法使いだった。
「よう香霖、って何か機嫌が良さそうだな」
「そうかい? そんなつもりはないんだが」
 魔理沙はいつも通りに商品の壷に腰をかけた。
「そういえばそこにあったコンピュータがなくなっているな。……もしかして売れたのか?」
 中々目敏い奴である。そう、確かにこの前一台コンピュータが売れた。魔理沙の目に僕
の機嫌が良く映っていたのならば、確かにそれが原因なのだろう。
「別に可笑しなことでもないだろう。確か君にも一台コンピュータを売ったはずだよ。ま
だ代金は貰っていないけど」
「おっと、ツケているんだからその内払うぜ。死ぬ前にまではな。それはそうと、あれは
何の呪いなんだ?」
 魔理沙が指し示した方向には、御守りを結んだラジオが置かれていた。
「本当によく気が付く奴だな。実はだね、あれがコンピュータを売ってくれたのさ」
「商売繁盛、ね。香霖にそんな信心があったなんて初耳だが。守……矢、神社……ってこ
れ、山の神社の御守りじゃないか」
 勿論、僕にそんな信心があるわけではない。鰯の頭よりはましな代物であることに間違
いはないが。
「神社の最小単位が御守りだっていうことは知っていると思うが……」
「ああ。勿論知らないぜ」
 投げやりな魔理沙に説明するのが面倒になり、僕は結論だけを口にした。
「つまり神様を盛り立てれば御利益は後から付いてくるという話だよ」
「ふーん、さっぱりわからないな」
 魔理沙も余り興味がなかったのかそれ以上聞いてくることもなかった。
 しかし御利益といえば聞こえはいいが、何も全てがいいことばかりということではない。
霊夢の湯飲みや魔理沙の壷と同じく、売り物に出来ないものが一つ増えてしまった。そし
てそれを目当てにやってくる買い物をしない客も、また一柱。
「霖之助ー、遊びに来たよっ」
 噂をすればという奴だ。二人も客でない客がいたら今日はもう商売になるまい。
 追い返すことの出来ない来客に、僕は次の御利益が回って来るのは何時のことだろうか
と想いを馳せていた。




posted by sei at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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