2009年03月23日

終わらない詩を詠めて(下)

転寝の間に眺めた夢。その先にあるものは……。

登場キャラ
慧音 霖之助 他












 夜が明け孤児となった少年は、直ぐに村から流れていった。その様子を遠目に眺めてい
た慧音と視線を合わせつつも、その存在を認めることはなかった。最早少年にとって慧音
はただの風景の一部に過ぎないのだろう。
 自らの歴史を喰った慧音もまた、それ以上村に留まる理由もなかった。誰も彼女の存在
を覚えてはいられない。不幸があったことを嘆き悲しみながらも、村は復興へ向かい団結
を見せ始めていた。
 この村はきっと立ち直ることだろう。優しい人々が集まっているのだから、それは間違
いない。後ろ髪を引かれる思いを断ち切ると、慧音は村を立ち去った。

 その日から姓を捨て上白沢を名乗り、慧音は一人で生きる道を選んだ。
 だが人里を避けるように生きながらも、結局は慧音は一人で生きていけるほど強くはな
かったのだろう。
 人と人との間を潜り抜けるように、触れ合わぬようにしながらも、気が付けばその道中
は決して孤独だったとはいえないものになっていた。
 そうやって村の間を流れていくうち時代は変わった。人も妖怪も幻想郷の安定を求め、
バランスを取るようになり始める。束の間の平和な時代が訪れていた。
 平和ではあったが優しくはない世界。そこに慧音は生きる理由を求めようとした。
 妖怪に対して比較的寛容な場所に腰を落ち着けると、そこで人々の為に力を振るう。
 いつの間にか白沢の力は彼女を人間の守護者とまで言わしめるようになっていた。

                            *

 慧音は里の中を歩いていた。ここでは獣人だと後ろ指を差されることはなく、堂々と道
を歩くことが出来る。日の当たる生だとは思っていなかったが、生き易いことは悪いこと
だとは思わない。その程度の達観を持ち合わせなくては里の中では生きていけない。
 会う人々に挨拶をしながら慧音が向かっている先は贔屓にしている道具屋だった。
 寺子屋を開いて以来、教材から筆や墨などの筆記用具まで全て纏めてそこから納めて貰っ
ている。有数の商家であることから体面作りの意味もあるのだろうが、特別に安くして貰
えているのだから有り難いことだ。
 今日は商談でなくただ近くにまで来たから挨拶に寄ろうと思ったのだ。礼儀を通すこと
の重要性はこの数十年で嫌と言うほど身に染みていた。
「こうりんっ、こうりんっ!」
 店が見えた頃、聞きなれた声と共に少女が飛び出してきた。人間にしては珍しい金髪の
少女、数え年で六歳になったばかりだといっていたその少女は寺子屋の生徒の一人だ。
 だがこれほどはしゃぎ回る少女の姿を見たのは初めてだった。それに嬉しそうに誰かの
名前を呼んでいる。それが少しだけ気になって遠巻きに様子を観察する。
「もうっ、おそいよこうりん!」
 再び店の中に入っていった少女だったが、直ぐにまた飛び出して来た。
「おいおい、そんなに引っ張らないでくれ。袖が伸びてしまうよ」
「あ――」
 少女が連れ出した青年の顔には見覚えがあった。
 流れるような銀髪に透けるような白い肌。涼やかな顔に不器用な笑顔を貼り付けている。
男は元気すぎる少女を持て余しつつも、優しく見守るように寄り添っていた。
 それは昔見ていた光景と何ら変わらないものだった。違いがあるとするならば、少年が
青年へと成長したことと、昔と違い眼鏡をかけていること、そして傍に立つ少女が自分で
ないことだけだ。
「――っ!」
 自らの立場をも忘れ、慧音は叫んだ。だが唇が紡いだ言葉が空気を震わせることはなかっ
た。喉を震わせあらん限りの力で叫ぼうとも、決して外にその名前が漏れ出すことはない。
 辿り着けなかった場所に、掌から零れ落ちてしまったものに必死で手を伸ばすかのよう
に慧音は彼の名を叫び――そして力なく崩れ落ちた。
 御転婆な少女は霖之助の周りを走り回る。そんな少女を持て余しながらも、不器用に気
を使いながら青年は歩いていく。慧音はただ背中を見つめることしか出来なかった。
 彼が自分のことを覚えているはずなどない。そのように歴史を喰らったのは他ならぬ自
分自身なのだ。
 あの日、全てを忘れたのだと思った。自分にはもう彼の隣に立つ資格などあるはずもな
く、こうして後姿を眺めることすら罪なのだとわかっているはずなのだ。
 それなのに何故――どうしてこんなにも胸が痛むというのか。
 もうその場に留まり続けることは出来なかった。弾かれたように立ち上がり踵を返すと、
周りの視線を気にすることなく走り出した。
 例え全ての歴史を喰らい尽くそうと、過去とは決別することなど出来やしない。そのこ
とを慧音は嫌と言うほど思い知ることになった。

                            *

 違和感に目を開くと、窓からは陽光が差していた。
 いつの間にか眠ってしまっていたのだろう。長い、永い夢を見ていたような気がする。
 妙な大勢で寝てしまった所為で固まった体を伸ばそうとしたところで、体にかけられて
いる毛布の存在に気が付いた。
「なっ……!」
 家には自分の他には誰も住んでいない。偶に寺子屋の生徒が遊びに来ることはあるくら
いで、後は自分の知識を求めてやってくる人間が何人かいるくらいだ。その中にこんな気
の利いたことをする者はいない。
 別段悪意を感じるわけではなかったが、ここまでされて気付かずに寝入ってしまったこ
とを恥じた。毛布を跳ね除けて犯人を捜してやろうと歩き出し、
「わっ……っとっと」
 やはり寝惚けていたのだろう。近くに置いてあった荷物に気付かずに躓いてしまった。
バランスを取ろうとするが、体は思うように動かない。柱に頭をぶつけることを覚悟した
その時、
「大丈夫かい?」
「えっ……?」
 誰かに両肩を支えられた。一体自分はどうなってしまったのか。先ほどから驚いてばか
りいる。
「あ、ああ。すまないな、どうも調子が悪いようだ」
「余り無理はしないほうがいいかもしれないね、確かに顔色は余りよくないみたいだ」
「そうだな、少し休むことに――」
 そこまで口にして初めて相手の顔を見、そして絶句する。それは懐かしく狂おしい記憶
の底に沈んでいた少年の、不器用な笑顔を貼り付けていた。
「ああ、済まない。先ず非礼を詫びるべきだった。何度も玄関で呼んだんだが、全く反応
がなかったから留守かと思ったんだが……」
「そ、そうじゃなくて……」
「いやまさか在宅だとは思わなかったんだ。納品だけ済ませて直ぐに帰ろうと思っていた
んだが少し気になってね」
 こともなげに話すその男、一瞬夢かと思うほどに自然に慧音の前に立っていたその銀髪
の青年。彼こそ在りし日に霧雨家の前で見かけた男に間違いなかった。
 先ほど躓いた荷物、それは霧雨家に頼んでいる寺子屋の授業用の道具だ。
 慧音は現実に追いつかない思考に馬鹿みたいに口を開閉し、そして直ぐにその名前を口
にすることは出来ないことを思い出した。だから慧音が呟いたのはもう一つの名前だった。
「……霖、之、助」
「僕のことを知っているのかい?」
 不思議そうに首を傾げる男の表情を見て、胸に鋭い痛みが走った。瞬時に脳裏に過ぎっ
た記憶に慧音は拳を血が滲むほどに握り締める。そうしてようやく平静を取り戻すと、搾
り出すようにして言葉を紡いだ。
「……あ、ああ。霧雨の親父さんから聞かされたことがある。接客もまともに出来ない駄
目な弟子がいるってね。まさか人の家に勝手に出入りするとまでは思わなかったがな」
 自分は二度と彼に関わってはいけないのだ。そうやって言い聞かせ、出来る限り辛辣に
聞こえるよう言葉を選んだ。
 しかしその言葉に霖之助は反応せず、大きく溜息を付くのみだった。
「僕だって辛いんだよ。親父さんは、魔理沙が通っている寺子屋だから、と訳のわからな
い理由で僕を扱き使おうとする。とっくの昔に独立したっていうのに」
「独立だって? 里に店を持っているのか?」
「いや、魔法の森の前に店を構えているんだ。人間、妖怪どちらも利用し易いようにとね。
名前は香霖堂、里にはない道具を扱う店なんだ」
「そうか……知らない訳だな」
 魔法の森といえば人間はおろか、妖怪すら近付こうとしない場所だ。精々魔法使いが好
んで住み着くくらいだろうか。確かに里と山との間にあるが、そんな場所に店を構えてて
も結局人間も妖怪も訪れることはないだろう。
 生まれた沈黙を気まずく思ったのか、霖之助から話題を振ってきた。
「魔理沙の様子はどうなのかな、元気でやっているかい?」
「やっぱり恩師の娘のことは気になるのか?」
 昔の自分のように彼に接する少女。その名前を聞かされるとまた胸に痛みが走った。
「そういうのではないんだが……まあ気になることには違いない。それで、どうなんだい?」
「元気といえば元気だよ。余り同年代の子たちとは反りが合わないみたいだが」
「それは……良かった、と言っていいのかな?」
 どうかな、と曖昧に慧音は言葉を濁した。
「それよりさっきの言葉が気になるな。どうして魔理沙を気にするんだ?」
 そんなこと聞く必要はない。さっさと追い返せば良い、そうやって冷静な自分は告げて
いる。だが体は心の通りに動いてはくれない。
 霖之助は突然の質問に面食らったようだったが、気恥ずかしそうに他所を向いて頬を掻
くと、恐る恐るといった風に口を開いた。
「それは……魔理沙の先生としての質問なんだろうね。答えないわけにはいかない、か。
出来れば笑わないで聞いて欲しいんだが」
「ああ、それは約束するよ」 
「実は……僕には昔、妹がいたんだ」
「えっ?」
「いや、それだと正確ではないな。僕は長く生き過ぎた所為か昔の記憶が曖昧なんだ」
「……へ、え」
「だから正直自分でもよくわからないんだが……明るくて世話焼きで御転婆で、どこか危
なっかしいのだけれど、とても愛らしく優しい少女。そんな子と昔一緒にいたような気が
するんだ。だからなのかな、どうにも妹のような魔理沙のことが気になってしまってね」
 ――違う、違う違う違う違う違う違う違う違う。違う違う違う違う違う違う違う違う!
 そんなのはただの偶然だ。歴史は悉く喰らい尽くした、彼が過去を覚えているはずなど
あるわけがないのだ。だからそれはきっと、彼が一人きりになってしまった後の記憶に決
まっているのだ。
 止まらなくなった胸の痛みに思わず慧音は胸を押さえる。気を抜いたら涙が零れてしま
いそうだった。
「どうやら本当に調子がよくなさそうだ」
「……気にしないでくれ」
「そろそろお暇するよ。変な話に付きあわせて済まなかった。気分が悪いようなら医者を
呼ぶが?」
「いや、大丈夫だ。少し横になればすぐ治るさ」
 もう耐えられそうになかった。顔を上げることさえ出来なくて、慧音は霖之助から体を
背けた。背後から気配が消えると、頬を一筋の涙が伝っていった。
 これは弱さだ。一度は受け入れたはずの自らの罪、それを忘れたいと思う気持ちが自分
を苛んでいるに過ぎない。だとするならば、それは克服されなければならないのだ。
 また歴史を喰らおう。自らの弱さを覆い隠し、霖之助との関係を断ち切る。そうしなけ
ればまたあの愚行を繰り返してしまうだろう。
 袖で乱暴に涙を拭い、慧音は覚悟を決めようとする。もう二度と彼に会うまいと、二度
と同じ過ちを繰り返すまいと――
「やはり気になったんだが……」
 本当に今日の慧音は迂闊だった。戻ってきた霖之助の気配に気付かなかったばかりか、
それに驚いて振り向いてしまうだなんて。

「本当に大丈夫かい? ――慧音ちゃん」

 時が止まった。
 その止まった時間の中で、頭に乗せられた優しい手がゆっくりと髪を梳っていった。
「――え……今……なん、て……?」
 霖之助ははっとしたように口元を押さえる。
「あ……わ、悪い。さ、さっきまで魔理沙といた所為かな? いや、関係ないか。ああ、
何だ。その……思わず口走ってしまったというか……」
「う……あぁ……」
「他意はないんだよ。だけどさっきの様子がまるで泣いている子供みたいだったというか。
何か自然にだね……」
 もう我慢など出来なかった。たった一言が、堪えていたもの全てを、先ほどまでの決意
の全てを押し流してしまった。
「うああああぁぁっ」
「え、あ……だ、大丈夫かい?」
 次から次へと慧音の両目からは真珠のように大粒の涙が零れ落ちていく。
「霖之助ぇ、霖之助ぇっ……!」
 両腕は確かな存在を求め、霖之助を抱きしめる。顔を彼の胸へと押付けると、後は泣き
喚くことしか出来なかった。
「ああ……わ、悪かったよ。だから泣かないでくれ」
 涙は留まることなく流れ続けた。まるで泣くことを止めた数十年分の涙を今、全て流し
つくそうとせんばかりだった。
「霖之助ぇ……わたしは、わたしは……っ!」
 謝りたかった。許して欲しかった。全てを話してしまいたかった。歴史を喰らう白沢に
は許されざるべき弱さだとわかっていても、その衝動を抑えることは出来なかった。
「全部わたしが悪かったんだ、わたしが……わたしの所為であんなことに……お前の、霖
之助のっ……!」
 言葉は形にならず、ただ上滑りしていく。だが何を言ったところで霖之助が理解するこ
とはないことには変わりない。それが歴史を喰らったものの運命なのだ。
 泣き喚きながら慧音は自分の弱さを恥じた。こうして彼に縋ったところで何が変わると
いうのか。何も変わりはしないのだ。
 流した涙と共に戻ってきた冷静な思考が、体を離そうと動き出す。その刹那、
「大丈夫だよ」
「……あっ」
 不意に体を強く抱きしめられた。顔を上げると霖之助と視線が交錯する。
 自分が何をいっているのかも理解していないだろう。それなのに霖之助の表情に不審は
欠片もなく、ただどこまでも透徹した表情で諭すように口を開いた。
「君が何で自分を責めているのかは知らない。だがね僕の人生は決して不幸なものではな
かった。それだけは間違いのない事実だ。だから君が泣く必要なんてどこにもないんだ」
「……な、なんで……そんな……わたし……」
 間違いなく喰らい尽くしたはずの歴史。なのになんで霖之助はこんなにも――
「大丈夫だから」
「う、ん……うん……うん……」
 涙は相変わらず止まらなかったが、心の痛みはなくなっていた。
 何も知らないはずの霖之助から与えられた許しなど、何の意味もあるはずはない。それ
でも、慧音は安心してしまった。その大きな手に、優しく頭を撫でられる感触に、体を包
み込む暖かさに。
 泣き止んだら全てを話してしまおう。最低なことなのかもしれない。卑怯なことなのか
もしれない。嫌われても、軽蔑されてもいい。それでも全て話してしまわないと、もう駄
目になってしまった。
 慧音は何時までも泣き続ける。霖之助はそんな少女をまるで本物の妹のようにあやし続
けていた。
posted by sei at 01:51| Comment(3) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
香霖堂本編未登場のキャラとのカプでは、慧霖が一番好きです。半人同士で、種族の確執で離れた幼馴染同士の(妄想)悲恋(大妄想)とか個人的な萌えの急所をそのまま突き抜けた、自分自身の妄想よりすごいSSでした。ホントに、こんな作品を書いてくださりありがとうございました。
Posted by at 2009年04月08日 21:17
返信が遅れてごめんなさい。

未登場キャラの話は妄想する楽しさと難しさが一緒にやってくるので大変なところもあるのですが、
感想を貰えると書いて良かったなと思えます。

こちらこそありがとうございました。
Posted by sei at 2009年04月30日 01:39
すばらしい!
Posted by ファン at 2011年12月01日 00:57
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