2009年03月01日

寺子屋の神様

香霖堂を訪れた珍しい客が持ってきた仕事は面倒なものだった。

登場キャラ
霖之助 慧音












 微かなざわめきが狭い部屋の中に木霊している。乱雑に配された天神机の前には沢山の
子供達が座っており、その数多の瞳が壇上にいる僕の顔に集まっていた。何かを期待して
いるもの、退屈そうなもの、眠そうなもの、何故か敵意を孕んでいるもの、様々な視線が
突き刺さる。
 僕はどうしていいものかわからず、隣に立つ人物に助けを求めるように顔を向けた。し
かし彼女は僕に悪戯な笑みを浮かべるだけだ。それもそうだろう、元々僕がこんな不向き
な役回りを演じることになったのも全て彼女が原因なのだ。それでも僕が本当に困ってい
るのだとわかったのだろう。
「ほらほら、静かにしなさい」
 そう言って何度か手を叩くと直ぐに子供達は静かになった。
 彼女は僕に頷きかける。とっとと始めろということらしい。僕は子供達に見えないよう
に小さく溜息を付くと、纏まらない思考をそのまま口にし始めた。

                            *

 天神講というものがある。講とは集まりのことであり、天神とは即ち道真公のことであ
ある。つまり道真公を奉する集まりなのだ、というと実のところは少し違う。そもそも元々
の天神講と現在のそれとでは形を変えてしまっているということもあるのだが、江戸期以
降には地域によって様々な形の天神講が生まれてしまっているのだ。
 それではここ幻想郷はというと、最近までは道真公を奉るようなことはなかった。そも
そも神様を奉ると言うことも余りないのだから当然のことだろう。その事情が変わったの
は公の得意分野である勉学に関する施設が生まれたからだ。それは説明するまでも無く寺
子屋のことである。
「ご高説は賜るがな、都合が悪くなると回りくどい話で誤魔化そうとするのはお前の悪い
癖だぞ」
「まさか。余りに突飛な話を聞かされたものだから現状を再確認をしただけだよ」
「そうか、それは結構なことだな」
 目の前に立つ女性に苦笑を返す。彼女こそ寺子屋の先生こと上白沢慧音女史である。僕
も以前は里に住んでおり、似て非なるものではあるが遠くはない出自の相似もあって親し
くしていた時期があったのだ。とはいえ最近は会うこともなかったのだが。
「それで上白沢先生は僕にどうして欲しいっていうんだ?」
「何だ他人行儀な。昔みたいに名前で呼んでくれて構わないぞ」
 あからさまな話題逸らしに少し強い視線を送ってやる。すると彼女も折れたのか、肩を
竦めると事情を語り始めた。
「お前の言うとおり天神講とは今は子供たちのための行事に他ならない。餅や寿司など食
べ物を持ち寄って供え食し、学芸上達を天神様にお祈りするといった風にな」
「そこにどうして僕が関わって来るんだい?」
「人手が足りん」
「それこそ僕の領分ではないよ」
 ふむ、と慧音は顎に手を当てる。そして少し考え込むと、
「言葉が足りなかったな。言うまでもないことだと思っていたが、この行事は学芸の発表
の場でもある。当然あれこれと資材が必要になるし、準備には人手がいるだろう。お前に
頼みたいのはその資材の調達だ」
 無理矢理のような動機付けに聞こえるが一応筋は通っている。紙ならば唸るほど余って
いるし筆や墨などの筆記用具もそれなりに揃ってはいる。何らかの衣装が必要だという要
求にも応えられるだろう。しかしどうしても解せないことがある。
「それならば里の道具屋に行くべきだろう。こんなところまで来る理由にはならないな」
 しかし彼女はふっと笑うとまるで詰まらないことでも語るかのように淡々と理由を述べ
た。
「何、この店はツケが聞くのだと吹聴して回っている輩がいてね。こうしてわざわざ辺鄙
な道具屋に顔を見せに来たのさ。金がないのはどこも一緒だからな」
「誰がそんなことを……と聞くまでもないか」
 紅白か黒白かのどちらかに決まっている。
「因みに両方だ」
 どっと疲れて溜息を付いた僕を見て彼女は笑う。これ以上ただで店の物を持っていく奴
を増やされては溜まらない。妙な噂の火消しを条件に僕はこの仕事を請けることにした。
 この後に起こる事態を想像すらしないままに。

                            *

 もうすっかり日は暮れていた。あれほど騒がしかった部屋も今はもう人の気配もなく、
置き捨てられた机がどこか心寂しい心持ちさえ覚えさせる。
「流石の霖之助さんもお疲れの様子だな」
 前の仕返しなのか妙な呼び方をされたが、そんなことも気にならない程に僕は疲れてい
た。
「当たり前だ。納品を終えて帰ろうとした矢先いきなり生徒達の前に出されて講師をやれ
と言われれば誰だって疲れるさ」
「まあそう膨れるな。子供達の反応も良かったし、何だかんだでお前も楽しめたんじゃな
いか? ほら美味しいお茶が入ったぞ。お茶菓子もある」
 子供扱いされているような言動がややひっかかったが、有難い申し出なので素直に受け
ることにした。新茶の香りが部屋の中に届くと先程覚えた感慨は消えうせて、どこか生活
感が滲み出てきた気になる。饅頭の甘さが疲れた頭に浸み込み、少しだけ疲労が消えたよ
うに思えた。
 その間ずっと僕のことを見ていた彼女に僕は疑問をぶつけていた。
「それで何でこんなことをさせたんだい?」
「今更だな。聞いても仕様がないんじゃないか」
「質問を質問で返さないでくれ。僕には聞く権利があるはずだよ」
「説明はしたはずだ、がな」
 歯切れの悪い言葉を放ち、視線をそっとずらした。
 彼女は最初にこういった。
『今の子供達は天神信仰に付いての実感が薄い。学芸奨励の為にはそのことは知っておい
て損はないはずだ。だから簡単に講義をしてくれないか』
 だがそんなことは彼女にだって出来たことだ。いや、寧ろ普段教えてくれる先生である
彼女自身が行った方が生徒だって真面目に聞くだろう。
 もっと言えば初めからひっかかることばかりだった。いくらツケが効くとはいえ香霖堂
までわざわざ来るほどの理由にはならないし、その程度の額なら生徒達からの浄財でも十
分に賄える。つまり、最初から僕を連れてくることだけが目的だったのだとしか考えられ
ないのだ。
 ふっと彼女は視線を戻した。今度は僕の目を力強く見つめている。
「なあ、本当に楽しくなかったか?」
「話を逸らさないでくれ」
「逸らしてなんかいないさ。手前味噌だが私の自慢の生徒たちだ。まあ、偶に宿題を忘れ
たりもするが、きちんとお前の話を聞いていただろう?」
「それは、そうかもしれないが……今の話とは関係ないはずだ」
「関係はある。楽しかったか、楽しくなかったか。それを聞かせて欲しいんだ」
 いつの間にか質問をされる側に回ってしまっている。文句を言おうとも思ったが、余り
に彼女が真剣なので僕もはぐらかすことは出来なかった。
「楽しくなかった、といえば嘘になるかもしれないね」
「そう……か」
 幻想郷において勉学とは生活の糧には成り得ないものである。それは風土や里の規模な
どの要素もあるが、何より人間では逆立ちしても敵わないほどの知識と知恵を蓄えている
妖怪が星の数ほどいるからだ。目の前の彼女もまたその内の一人である。
 そんな特殊な環境において、少なくとも勉学に勤しもうという気持ちはある子供達だ。
最初の不安も喋り始めたら直ぐに消えてしまった。打てば響くというのは喋っている側も
気持ちの良いものなのは間違いないのだ。
 彼女は何故かほっとした表情をしていた。そのことを問いただそうとする前に彼女の方
から口を開いた。
「なあ、お前は里に戻ってくる気はないのか?」
「藪から棒だね」
 口ではそう言いつつも彼女の発言は今までの言動に説明を付けるのに十分なものだった。
「こんな私でも里の人たちは受け入れてくれた。お前は里の人間と接するのは苦手みたい
だが、何時までもあんなところで店を開いていても仕様がないだろう?」
 至って真剣な口調に僕は返答を迷ってしまった。彼女なりに僕のことを心配してくれて
いるのはわかる。だが結局のところ、僕の言葉は、行動は変わらないのだ。ならば素直に
答えるしかないのだろう。
「申し出は有難いけどね、あんな店でも客はいるんだよ。だから僕はこれからもあそこで
店を続けるつもりだ」
 僕の返答に彼女は曰く言い難い顔をして、何かを口にしようとし、そして諦めたように
息を付いた。
「相変わらず嘘を付くのが下手な奴だ」
「嘘なんか付いていないさ。何、食えなくなったら君の御厚意に甘えるとするよ」
 こつんと額に彼女の拳が当たる。
「そうやって起こらないことしか約束しないのがお前の悪いところだ」
「君は良い友人だがお節介なところが玉に瑕だね」
 互いの皮肉に僕達は笑みを浮かべる。本当にいらぬ世話なのだが、こうして心配してく
れる人がいるというのは悪くないかもしれない。彼女の為に足労したことも無駄ではなかっ
たのだと思えていた。

 次の日の朝、僕は物音で目を覚ました。寝室を出て店に行くと投げ込まれた号外によっ
て隙間風が吹いていた。僕は朝一番から障子を張り直すことになった。
 しかし問題はその号外の中身だった。ストーブを付けてその号外を開いたとき、僕は何
とも言えない気持ちになっていた。
“寺子屋の名物講師? 香霖堂店主の新たな就職先とは!!”
 そんな見出しと共に自分の写真が新聞に踊っていた時にはもう呆けることしか出来ない
だろう。
 昨日の帰り際に「私は諦めていないからな」と言われたことを思い出して僕は頭を抱え
ていた。
posted by sei at 00:20| Comment(4) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
事態が事体になってます。
Posted by 誤字です at 2009年03月02日 10:49
ありがとうございました。
修正しておきました。
Posted by sei at 2009年03月03日 03:05
おぉ「終わらない詩を詠めて」を読んでから改めてこれを読み直すとまた違った面白さがありますね。慧音先生には最後まで諦めずにかつての幸せを取り戻してほしいですね。

慧霖万歳。
Posted by 無命 at 2009年03月31日 14:00
そういっていただけると作者冥利に尽きます。
この二人は落ち着いてみえる所為か並んでいる姿が凄く自然に頭に浮かびますよね。
またこの二人の話が書けたらなあ、と思います。まだネタは浮かんでませんがw
Posted by sei@慧霖万歳 at 2009年04月06日 22:42
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/114960743
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。