2008年11月30日

拍手まとめ・魔理沙編

登場キャラ
霖之助 魔理沙 霊夢











「あはははっ。霖之助さんったらおかしー!」
「そうかな、そんな変なことでもないと思うけど」
 霊夢と差し向かいで酒を飲む、ありそうでなかった状況だ。
 彼女の周りにはいつも人が集まるし、僕は人が大勢いるような場所は苦手だ。次に機会
があるのは何年後だろうか、と考えるとこれは貴重な場なのかもしれない。
 お酒が入ると霊夢は陽気になる。普段はぽーっとしている彼女だが、酔うとそれが三割
増しくらいになり、更に饒舌にもなる。本当にお酒を飲ませさえすれば何でも話してくれ
るので、少しだけ心配になってしまうほどだ。
 僕はそんな彼女を眺めているだけで十分だったのだが――単に益体も無いお喋りから抜
け出したかったというのもある――黙っていると直ぐに霊夢は不機嫌になる。
 しょうがないからお酒を注ぐとまた上機嫌に戻るのだが、そうなるとまた面倒なお喋り
が続くという負の連鎖が出来上がってしまっていた。
 貴重かもしれないが、余り来なくて良い機会なのかもしれない。
「そういえばー、魔理沙の昔ってどんな感じだったのー?」
 間延びした声で霊夢が問いかけてくる。酔うと口調がころころ変わるのが少しだけ愛ら
しく、面白い。見てるだけなら悪くないのだから、これで絡まないでくれたら言うことは
ないんだけれど。
「魔理沙か……そうだな、あいつは昔から僕の後を追い掛け回していたな。こーりん、こー
りん、ってね。あいつも昔は可愛げ気があったんだけど」
 いつか魔理沙が腰にしがみついて離れなくなってしまったことがあった。その時の僕は
急いでいたので、余りにも聞き分けのない彼女をそのままに香霖堂まで帰ってしまったの
だ。心細くなって泣くかと思った魔理沙だったが、逆に喜んでしまいそのまま家に住むと
まで言いだす始末だ。結局は親父さんが迎えに来て、僕だけが怒られて終わったんだ。
 ふと気が付くと霊夢が半眼でこちらを見ていた。これは回想が長くなってしまった所為
で退屈になり怒っているのか、眠くなっているのかのどちらかだ。前者なら酒を注がない
と後が怖いし、後者ならそっとしておかないとまた話がループしてしまう。
 そんな僕の心配を他所に霊夢はぽつりと呟いた。
「……別に今と何も変わらないじゃない」
「…………」
「…………」
「…………あれ?」
「遅いわよ」
 霊夢はぱたりと机に倒れこんだ。寝息を立て始めた彼女に上着を被せ、灯りを消すと僕
も同じように倒れこんだ。
 いくら何でも飲みすぎたかな。布団までの距離を歩くのが辛いなんて。
 眠りに落ちる直前、夢現のままに昔の魔理沙が現れて「こーりん、こーりん」と僕の袖
を引っ張ったような気がした。腕を伸ばして頭を撫でると花が咲いたように笑みを浮かべ
る。そんな少女の姿を垣間見た。そこで僕の意識は途切れた。

 翌日目が覚めると既に霊夢はいなかった。
 近くにあった水差しで喉を潤して伸びをすると人心地が付いた。
 頭に疼痛は残っていたが仕様が無い。飲みすぎた自分が悪いのだ。昨夜の記憶を失くす
ほど飲むなんて、僕もまだまだ若いと言うことなんだろうか。
 どことなく昨日霊夢に大事なことを言われた気がしていたが、思い出せないものはどう
しようもない。意識の外に追いやると直ぐに気にならなくなった。
「おーっす、香霖。今日も遊びに来たぜー」
 乱雑に開けられた扉が軋み、カウベルの音が頭に響く。二日酔いの時には一番相手にし
たくない奴が朝からお出ましとは、どうにも僕は付いていないらしい。
「何度も言っていることだろ。扉はもっとそっとだな――」




















 道具屋が買い物をする、というとどこか可笑しく聞こえるものだが、僕にもその必要に
迫られる時がある。最低限のものは自給自足で賄っているが、どうしても余所から買わね
ばならないものが生じてしまうのだ。
 例えば霊夢の服を仕立てるにしても、針や糸などの道具や反物まで自作するなんてこと
はとても出来たものではない。必然、僕の仕事は仕立てのみになる。
 しかし買い物というのは兎角億劫なものだ。里では旧縁との不意の遭遇が起こりうるし、
同じ店を何度も利用して馴染みを作ってしまうのも気が引ける。妖怪、という選択肢もな
くはないが、まともな商売が出来る相手とはとても思えない。今も燃料の代価と言って断
りもせずに勝手に商品を物色する妖怪との取引に頭を悩ませているところなのだ。
 結局、里に下りる、という選択肢しかないのである。食料品を買い込む必要がないのが
唯一の救いといったところだろうか。
 しかしその苦渋の日々も今日までだ。
 幻想郷では時に外の世界の習俗が流行することがある。今回幻想郷に根付いた新たなも
の、それは"宅配便"という商売の形態だった。
 勿論、目新しい商売だということはない。しかし"物流"そのものに特化した商売という
ものは幻想郷ではなかった発想なのだ。狭い世界で生きている幻想郷の人間、特に里にい
る者たちには今まで必要とされてこなかった。商売人と客の間に第三者が入ることはなく、
必要と在らば商売人が流通を兼ねる。それが今までの常識であり、そうであることが商売
人としての条件でもあった。
 その意味では僕は商売人失格と言うことになるのだが……元々多売で益を得ることは目
的としていないのだから問題はないのである。
 そう、僕がこの宅配便の登場を喜んでいるのは商売になるからではないのだ。単純に、
店にいながらにして買い物が出来る、というこの一点に尽きる。里と香霖堂とを往復する
人間に目録さえ渡せば後は勝手に持ってきてくれる。こんなに楽なことはない。何より里
の人間との付き合いを最小限度に抑えられる、この一点だけでも多少の浪費に目を瞑る価
値がある。そう思っていたのだが……。

                            *

「ちわー、宅配便でーす! 御在宅でしょうかー!」
 喧しく鳴り響くカウベルよりも遥かに五月蠅い怒声が耳を突く。三町先まで届くのでは
ないかと思うほどの大音声だ。宅配便は待ち遠しくはあるのだが、これだけはどうにかな
らないものかと思う。
 読みかけの本を置き、玄関へと急ぐ。人によっては不在だと決め込んで玄関に荷物を放
り出して行く輩がいるので対応は迅速にせねばならない。
「いらっしゃ……」
「どうも。ご無沙汰ですがお変わりないようで何よりです」
 声をかけたところでまるで幽霊でも見たかのように僕は固まってしまった。いや、幽霊
だったならばどれだけよかっただろうか。
 目の前の男の顔には見覚えがあった。初めて顔を合わせたときから考えれば酷く老け込
んでしまっているが、実際はまだ壮年と言ったところだろう。僅かに残る面影が、霧雨で
の修行時代を思い起こさせた。
「何で君がここに?」 
「何でとは酷い。わざわざ遠い人里から荷物を持って来ているのに」
「そうではなくてだ、霧雨に勤めているはずの君が何故こんなことをしているのかという
ことだ」
「それこそ何で、ですね。物の流れは金の流れ。霧雨が手を出さないはずがないでしょう。
商売の基本ですがもうお忘れですか?」
「覚えていたらこんなところに店を開いたりしていないさ」
 彼の言う通り僕が迂闊だったのだろう。霧雨と縁のない業者を使っているだけで安心し
ていたのだから。前の業者がどうなったのか、などと言うことは聞くまでもないだろう。
 じっとこちらを見つめる男の視線に耐えかねて僕は言葉を探した。しかし気の利いた言
葉など見つかるはずもなく、残ったのは事務的な言葉だけだった。
「料金はそこに置いてあるよ」
 僕の言葉に男は苦笑する。十数年ぶりの再会の言葉にしては我ながら味気ないものだと
は思う。だがどれだけ考えても言葉は見つからなかった。
「まいど……ああ、そうだ、何人かから伝言を預かってますよ」
「伝言? この僕にかい? 今まではそんなことは業務に含まれていなかったはずだが」
「何、商売でなく個人的なものですよ」
 そういうと彼は紙を広げ始める。手紙であるなら受け取ろう、と思ったが視界に入った
ものは判別不能な走り書きで、唯の覚書なのだろう。ざっと目を通すと再び懐に仕舞われ
た。
「ええと、まずは慧音先生から、
『ちゃんと物臭をせず飯は食べているか?まさかまた拾い食いなんてしていないだろうな?
 便りが無いのは元気な証拠というが、たまには手紙の一つでも遣しなさい、何かあった
のかと心配になるだろう。そもそも、そんな辺鄙な場所では商売も成り立たないだろうに、
いい加減諦めて里に帰ってきなさい』
 だそうです」
 中年男性が情感を込めて慧音の口調を再現する。あまりに似すぎて本人が目の前にいる
かという気分になった。それでいて声は太いままなのだから脳が混乱を来す。頭を振るっ
て残ったイメージを追い出さないと、彼女に会った時に吹き出してしまいそうだ。そうな
れば礼儀に厳しい彼女がどういう行動を取るか、考えるだけで嫌になってしまう。
「まったく彼女は僕の母親か? ともあれ今はまだ里に戻る気は無いと伝えておいてくれ」
「へい、じゃ次は霧雨のおやっさんから、
『そろそろ孫が見たい』
 だそうです」
 先ほどのは彼なりの茶目っ気、ということなのだろう。今度は極普通に伝言を読み上げ
た。というかどうせならやるなら親父さんの物真似をするべきだったのではないだろうか。
「親父さんも、もう歳だからな……。いや、まて、それは僕じゃなく魔理沙への伝言じゃ
ないのか?」
「いんや、間違いなく霖之助さんへの伝言ですぜ」
「何故それを僕に言うんだ? 意味が分からない……」
 僕に魔理沙を説得しろということなのかもしれないが、それも無理な相談だ。魔理沙が
僕の言うことを聞いた試しがないことくらい親父さんならわかっていそうなものだが。
「そうですかい。まあそう言われるならそうなんでしょう。次は……」
「まだあるのか。次からは手紙にしてくれと伝えてくれ」
 そういうと男は「郵便物は別料金になりますが」と商売人らしい笑みを浮かべた。その
笑い方が余りにも親父さんに似ていたものだから、あそこで修行していた僕もこういう笑
い方をするのだろうかと思い悩んでしまう。
 ふと気が付くと、その笑みの向こう側に黒白の人影が歩いてくるのが見えた。
「よう、香霖居るかー?」
「魔理沙……ここは僕の店だ、居るに決まっているだろう」
 男の存在は扉の影になっていて外からでは見えなかったのだろう。魔理沙は躊躇なく店
内へと足を踏み入れた。
「おや、噂をすれば何とやらですな」
 男を視界に入れた瞬間、魔理沙は顔を大きく歪めた。
「げげっ、お前は……」
「げげっとは失礼だなぁ、お嬢は相変わらず霖之助さんにベッタリですかい?」
「い〜や、私じゃなく香霖が私にベッタリしているんだぜ」
「そんなつもりは、さらさら無いけれど」
 相変わらず息を吸うように嘘を付く奴だ。だが男はそれもわかっているのだろう。彼女
を相手にする者特有の何とも言えない表情を浮かべていた。
「ははぁ、ところでお嬢、おやっさんとは」
「あーあー聞こえないぜ、耳が盲目になったみたいだ、仕方が無いから今日はもう帰るこ
とにするぜ」
「魔理沙、その日本語は変だ……って、行ってしまったか。慌しいことだな」
「いやいや相変わらずですねぇ、で、伝言の続きですが……」
「まだあるのかい……いい加減に疲れてきたよ」
「まあ、霖之助さんは里でも人気者だからねぇ」
 思わぬ言葉に失笑する。その言葉が本当ならば今頃玄関先で立ち話などせず、客の応対
で手一杯になっていることだろう。
「また馬鹿ななことを。自分でいいたくはないが、閑古鳥が鳴いているこの店を見ればわ
かるだろう」
「またお忘れですか? 需要と供給はどこにでも発生するんですよ。これもまた商売の基
本なり、と。しかし本人がこうでは、お嬢さん方は可哀想だ……と、話が逸れちまいまし
たね。残りの伝言はと……次は稗田のお嬢さんから、『また今度遊びに来てくださいね。
次は……』」
 念仏のように垂れ流される伝言の山が終わりを告げたのは日も暮れようとするころだっ
た。

                            *

 黄昏に消え行く男の影を見送って僕は漸く一息ついた。なけなしの懐を叩いて次からは
手紙を書くようにと言い含めておいたが、何故受取人の僕が代金を払わなければならない
のだろうか。世の中はどうも理不尽に出来ているようだ。
 そんなことを考えながら扉を閉めようとした瞬間、
「偉い長話だったな」
「うわっ」
 突然現れた逆様の顔に驚いたのも束の間、それはよく見ると見知った顔だった。宙に浮
いた箒に足だけをかけてだらしなくぶら下がっているのは先ほど帰ったはずの魔理沙だ。
「何だ魔理沙か。というか今までずっとそこにいたのかい?」
 一回転の後、魔理沙は綺麗に弧を描いて着地する。
「いんや。神社でぶらぶらしてさっき帰ってきたところだ。もういないかと思ったらまだ
いやがったからな。男同士で何をそんなに話すことがあるんだ?」
「僕にはこれといってないんだけどね、需要と供給の問題だそうだ」
「なんだそれは?」
 不思議そうな顔をする魔理沙だったが僕にだってわかりはしない。
 疲労を思い出した僕は居間に戻り、お茶を煎れる事にした。図々しくも無言の要求をす
る魔理沙の分も含めて二杯。それでも勝手に煎餅を食べ始めないだけまだましなのかもし
れない。
「それで本当に何の話だったんだ?」
 珍しく魔理沙が話を蒸し返す。もしかすると親父さんが魔理沙を連れ戻す算段でもして
いるのかと気が気でないのかもしれない。
「別に魔理沙が気にするような話は――そういえば一つだけあったな」
「何だ、もったいぶらずに教えてくれよ」
 これは何と言うべきだろうか。中々悩ましい問題だ。
 親父さんは魔理沙が身を固めることを望んでいる。しかしそれを彼女に直截いっても反
発するだけなのは火を見るより明らかだ。となると僕の口から出た言葉、ということにし
なければならない。
 一応親父さんには恩義があるし、無駄だとはわかっているが形だけでも報いておきたい
気持ちはあるのだ。
 悩んだ末に僕は簡潔に事実だけを伝えることにした。
「いや……魔理沙は子供を作る気はあるかい?」
 ぶっ、と魔理沙の口に含まれていたお茶が盛大に噴出され僕の顔を汚した。僕はいいが、
商品を汚すのだけは止めて欲しい。
 タオルを二枚持ってくると、未だに咳き込んでいる魔理沙に一枚を押付けた。体を拭き、
汚れた箇所を布巾で拭い終わる頃に、魔理沙の叫声が店内に響いた。
「い、いきなり何を言い出すんだ、お前は!」
「何といわれても言葉どおりの意味なんだけど……」
「ば、馬鹿か! いきなりそんなこと聞く奴がどこの世界にいるんだよ!」
 顔を真赤にした魔理沙は気持ちを落ち着けるように再び湯飲みに手を伸ばした。
 言われて見ると確かに唐突な話かもしれない。一つ順序が抜けてしまった。
「だったら言い方を変えるが……結婚する気はないのかい?」
 ぶはっ、と再びお茶がアーチを描いて僕の顔を直撃した。
「魔理沙……いい加減に店を汚すのは止めてくれないか」
「げほっ、げほっ……香霖こそ、いい加減に変なことを言うのを止めてくれ……」
 お茶まみれで咳き込む魔理沙の顔をタオルで拭う。自分の体も拭うが、服の中にまでお
茶が浸み込んでしまっていて気持悪い。着替える必要があるが、この時間ならもう湯浴み
をしてしまってもいいだろう。
 どっと疲れたと言わんばかりに机に突っ伏した魔理沙に声をかける。
「まあ今はその気がないのはわかったよ。気が変わったらまた教えてくれ」
「…………」
 魔理沙の反応はなかったが、放って置いて風呂場に向かうことにした。
「ああ、そうだもう一つ。僕は今から風呂に入るが……君も入っていくかい?」
 魔理沙の服も大分濡れてしまっている。僕の後に風呂に入っていけば出るまでに服を乾
かすことだって出来る。風邪を引かないようにと配慮したつもりだったのだが――
「香霖のあほー!!」
 捨て台詞を残し、脱兎の勢いで魔理沙は店を出ていった。
「……何なんだ?」
 開け放された扉を閉めると、僕は脱衣所に向かった。

 湯船に浸かりながら宵闇に浮かぶ月を眺めていると一日の疲れが少しづつ溶け出してい
くように思える。
「それにしても今日の魔理沙は様子がおかしかったな」
 口にして見ると実感は更に強まった。もしかすると言い方が悪かったのだろうか。
 普段から彼女の生活に干渉することのない僕が急に縁談を連想させることを口にしたの
だ。その言葉の裏に親父さんがいるということが読めてしまったのかもしれない。彼女が
怒るのは実家のことに口を出すときくらいなのだから、その想像は正しいように思える。
 それならばこの話題は暫く封印するべきなのだろう。
 ――やはり無駄でしたよ
 いもしない親父さんに声をかけ僕は湯船から上がるのだった。








この話は19スレ780さんの書かれた会話を脚色させていただいたものです。











 風は吹き荒び、大粒の雪が頬に叩きつけられる。そんな中で僕は空を見上げていた。い
や正確に言えば僕が見上げていたのは空ではない。頭上の遥か高く天まで届かんばかりの
大木。そのまた中腹に引っかかっている黒白の――積もった雪の所為で黒の成分が大幅に
減っている――魔法使いだった。
「よお、奇遇だな。こんなところで会うとは」
 逆さまの顔からはいつも通りの魔理沙の台詞。それを聞いた僕に出来ることなど溜息を
付く以外にありはしないだろう。
「ああ、本当に偶然だ。僕に大雪の中、大蝦蟇の池に水を汲みに行くという稀有な習慣が
なければ出会わなかっただろうね」
「そんながあったとは習慣は初耳だな」
「ああ、たった今さっき習慣になったばかりだから当然だ」
 益体もない問答をしている内にも身体は急激に冷やされていく。僕は魔理沙への説教を
後回しにすることにして木をよじ登り始めた。

 魔理沙を木から降ろし終えるまでには様々な問題があったが、とにかく何とか無事に地
上に辿り着くことが出来た。
「不味いな、この調子で降り続けられたらとても下山なんて出来ないぞ」
「歩きが無理なら飛んでいくか」
「……自分がどうしてあんな場所に引っかかっていたのかをもう忘れたのかい?」
 あんな事態を引き起こすことになった原因はというと、酷く詰まらないものになる。
 つい数時間前まで僕は魔理沙と差し向かいで飲んでいた。今年は冬が長引いていて、も
う直ぐ桜が咲こうという季節だというのに未だに雪が降っていた。例年なら山菜をつまみ
に季節を感じながら酒を楽しんでいる頃合なのだ。それが今年はというと魔理沙が拾って
きた妖しげな茸だけという体たらくだった。
 ――下から見ればまだ冬だが、実はもう春が来ているのかもしれないな
 どこか暗い雰囲気の酒盛りに嫌気が差したのだろう。そんなことを言って魔理沙が飛び
出したのが数刻前。山の天候は変わりやすく、ちらついていただけの雪も吹雪き始める。
中々帰ってこない魔理沙を探しに飛び出して正解だったと胸を撫で下ろしたのがついさっ
きのことだ。
 冗談だぜ、と魔理沙は笑っていたがその顔には力がない。当然だろう、長時間この寒気
に晒されていては体調を崩さない方がおかしいというものだ。吹雪が止んでも体力的に下
山は無理かもしれない。
「自分で歩けるかい? とりあえず雪を凌げる場所を探そう」
「ああ、いつまでもこんなところにいたら馬鹿になっちまうからな」
 震える魔理沙の腕を引っ張って僕は歩き始めた。

 深い横穴を見つけられたのは本当に偶然だというしかない。熊でも住んでいるんじゃな
いかと肝を冷やしたが、幸いなことに中に生物の気配はなかった。
 遠くに聞こえる風の音を背に、僕達は穴の中ほどまでへと進んだ。一番奥まで行くのが
理想なのだが、暗くてそれ以上進むのは危険だった。
 持っていた火種は全て湿気てしまっていたし魔理沙は震えてとても魔法なんか使える状
態ではなさそうだ。暖も灯りも取れそうにない。
「とりあえずここで休もう。その内に吹雪も止むだろう」
「……ああ」
 座れそうな場所を探し、腰を落ち着ける。直截地面に座ると体温を持っていかれるが、
下に引けるようなものは何もない。しょうがないので魔理沙は僕の膝の上に乗せること
にした。
 どこか気まずい沈黙が辺りを包んでいる。半妖の僕は寒さで体調を崩す恐れは殆どない
が、ただの人間である魔理沙にとってはこの寒さは脅威になる。本当に吹雪が止むかどう
か、不安で仕方がないのだろう。
「……なあ香霖」
「なんだい、魔理沙。やけに大人しいじゃないか」
「いや、言わなくちゃいけないことがあったなと思ってさ」
「……何、気にすることはないよ。魔理沙には迷惑を掛けられ慣れている。いつものこと
さ」
「うん……」
 やけに歯切れの悪い魔理沙に僕は少し不安になった。僕が思っている以上に彼女の体調
はよくないのではないだろうか。既に身体の感覚は乏しく、吹雪に晒された服越しでは彼
女の体がどれだけ冷えているのかもわからない。
 僕はある決心をした。それが魔理沙が嫌がることだとわかってはいたが、そんなことで
遠慮をして後で後悔するのは嫌だった。
「なあ魔理沙……」
 僕は振り向いた彼女を――

                            *

「……え?」
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。気が付くと私は冷たい地面に転がされていた。
「なあ魔理沙。人間死に瀕すると理性より本能で動いてしまうものだよな?」
「な、何をいっているのかわからないぜ?」
「わかるだろ? 死が近付いた時、最も人間が渇望するものだよ」
 いいながら香霖は私の服に手をかけていた。押しのけようと力を入れてもどうにもなら
なかった。力の差は歴然だったし、何よりかじかんだ手には力が入ってくれないのだ。
「無駄な抵抗はするなよ。もう手に力が入らないんだろう? だから僕が代わりに脱がし
てあげようっていうんだ」
「や、やめろ香霖。こんなことしても意味なんかないぜっ」
「いや、あるね。僕がしたいからする。それだけのことさ」
「待て、待ってくれ。私は香霖に言わなくちゃいけないことが……」
「そんなこと関係ない……よっ!」
 ぎらついた瞳が私を刺し貫く。片手で両手を押さえられ、無理矢理服を脱がされていく。
あっと言う間に私の身を包んでいるものはドロワーズだけになってしまった。
 私の身体は震えていた。それが寒さによるものなのか、それとも別の何かなのか判別は
付かなかった。
「うん、そうやって大人しくしてればいいんだ」
 私を脱がせ終えた香霖は自らも服を脱いでいく。もう何をするのか考えるまでもないこ
とだ。
 私は何も見たくなかった。閉じた瞳から一筋の涙が流れる。
 ――何でこんなことになったんだろうな。あの時、ちゃんと言えていれば……ずっと言
えなかった言葉を伝えられたのならこんなことにはならなかったのかもしれない。香霖な
らきっと気付いてくれる、そんな淡い期待を持っていた私が馬鹿だったんだろうか。
 後悔は先に立たず、今はもう運命を甘受するしかないのだ。
「魔理沙……」
 香霖の荒い息が頬にかかった。直ぐに大きな男の身体が私に覆いかぶさってきた。

                            *

「ふぅ……」
「はぁ……」
 二人のどこか間の抜けた息が重なった。
「なあ、香霖。確かに暖かいのは暖かいが……流石に恥かしいぜ」
「そんなことは気にするな。雪山で遭難した時に他にすることはないだろう。服を着たま
ま抱き合っても逆効果だし、こうして肌と肌を合わせて暖を取るしかないんだから。それ
に昔はよく一緒にお風呂にでも入っていたじゃないか。今もそんな感じだと思えば良い」
 思えるか馬鹿。
 口に上りそうになった台詞を無理矢理に飲み込む。上擦った声になるのが目に見えてい
たからだ。
 背中に感じる香霖の体温が余りにも生々しくて、これを相手も感じているのだと思うと
恥かしくて叫びだしたくなる。
「何か言いたいことでもあるのかい?」
「……別にないぜ」
 色々な意味での香霖の鈍さに呆れてもう何もいう気力もない。
 ああ、やっぱりもっと早く言い出すべきだったな――ミニ八卦炉を持っているってこと
を。
 妙に深刻な顔をした香霖が面白くて黙っていたら言い出すタイミングを逃してしまった
のだ。というか何で早く気が付かないんだ? あんな木の上で長時間放置されて平気な訳
ないだろう、何か暖を取る方法でもない限り。
「やっぱり何かいいたいことがあるんじゃないのかい?」
「だから別に……いや、一つだけあったな。さっき本能が云々言っていたな? あれは何
だったんだ?」
 私の言葉に香霖は苦笑する。
「ああ、何そのまんまの意味だよ。生存本能――死にそうな時に思うことが『死にたくない』
というのは当然だろう? 寒い時には寒くなくなりたいと思うものさ」
 今度は私が溜息を付く番だった。
「そういうのをトートロジーっていうんだぜ?」
「何、世の中とはそういうものだよ」
 香霖は悪びれもなくいう。
 口を開く気力もなくなった私は早く吹雪が止まないかと誰にでもなく祈り始めていた。








この話は某スレ12日目27さんが受信した電波を元に書かせていただいた話です











 薄暗く湿度の高い森を歩く。冬至も既に過ぎ去ったというのに、この森の中には冬の気
配はない。全てを曖昧に散らしてしまう、この森はそんな性質を持っていた。
 見たこともないような茸が群生している横を通り過ぎる。どんな茸なのかはわからない
が、それらが放つ胞子が身体に宜しくないことだけは明白だった。魔法の森の化物茸が放
つ胞子には概ね幻覚作用があり、普通の人間なら呼吸をするだけで体調を崩してしまうの
だ。半妖である僕は健康面に影響を及ぼすことはないのだが、不快というだけで精神衛生
上には大いに問題がある。
 普通の人間は好んで森の中をうろつくことはない。そんなことをする輩は魔法使いとい
う人種くらいのものである。魔法の森の入り口に居を構える僕でも、精々無縁塚に行くた
めに通り過ぎるくらいでしかない。
 そんな僕だったが年に一度あるかどうか、その魔法の森の奥へと踏み入れねばならない
ことがある。今が丁度その時だった。面倒なので余り起こっては欲しくないのだが、どう
しようもないと半分は諦めている。
 流行性感冒、それがこの恒例になった行事の原因なのだから。

                            *

 魔理沙の家に辿り着くとそのまま寝室へと入っていく。勝手知ったる、という奴だ。
 少し心配はしていたが魔理沙は大人しくベッドで寝ていたようだ。
「大丈夫かい、魔理沙?」
「……レディの部屋に入るのにノックも無しとは失礼な奴だぜ」
 いつもほど軽口に切れはないが、これだけ言えれば十分だろう。
「レディの部屋に入るならノックくらいはするさ」
 枕元に持ってきた果物を置くと、魔理沙の額に乗っていた手拭を取り替えた。
「何か食べるかい?」
「いや、今はいい。さっきまでアリスがいたんだ。あいつに無理矢理林檎を食べさせられ
たからな」
「そうかい」
 普段元気のいい奴が大人しくしているのはどうにも違和感がある。朱に染まった頬とか
細い息遣いは彼女らしくない。その余りに病人らしい風体が気になって、解れた髪を手櫛
で梳いてみる。魔理沙はくすぐったそうにしていたが、何も言わなかった。
 風邪を引いたとき、魔理沙は少しだけ昔に戻る。生意気さがほんのちょっとだけ影を潜
めていたあの頃に。
 暫くして魔理沙が寝息を立て始めると、僕はベッドの横に腰を落ち着けた。
 
 気が付くといつの間にか日は沈んでいたようだ。森の中にいると直ぐに時間の感覚がな
くなってしまう。魔理沙も今は目を覚ましていたが、ずっと黙ったままだった。
 静寂が部屋を包み込んでいる。微かに聞こえる魔理沙の息遣いも、僕が本の頁を繰る音
にかき消されてしまう程だ。
 こうして魔理沙の看病をするのは何度目になるのだろうか。思い返してみると不思議な
のだが、何故か彼女の看病はいつの間にか僕の役割になっていた。それはまだ彼女が実家
にいた時からの習慣で、今までこうして続いている。実家が商売をしているので親が子供
の面倒を見るのが難しいのはわかるのだが、どうしてそれが僕だったのか。
 確かに僕は病気に罹りにくいのでその意味では病人の看病が向いているということなの
かもしれない。しかし病気にかかったこともないので、病人の気持ちもわからない。こう
して横に座っていることくらいが精々なのだ。
 僕を物思いから引き戻したのは、弱弱しく握られた手の感触だった。
 人は病気になると弱気になるらしく、こうして人が付いていて上げることを示すと安心
するらしいのだ。もっと彼女が小さい頃は一緒に寝てやったものだが、最近は専ら寝てい
る彼女と手を繋いで、それをコミュニケーションの手段としていた。
「ん? どうかしたかい、魔理沙」
「……るい」
「すまないが、もう少し大きな声は出せるかい?」
「……服がべたべたしてきもちわるい」
 口元に耳を近づけてやっと聞こえるほどの声だった。僕が思っていたより彼女の体調は
よくないのかもしれない。
「よし、服を着替えようか。少し身体を起こせるかい?」
「……うん」
 魔理沙の身体を抱き起こすと思った以上に汗をかいていたようだ。これは身体を拭いて
やったほうがいいだろう。
 寝巻きを脱がせるとふらふらと揺れる魔理沙の身体を抱きかかえながら、タオルで丁寧
に汗をふき取っていく。身体を起こしているのが辛いのか、息遣いが先程より荒くなって
いるのが心配だった。
「新しい寝巻きを持ってきたよ。ほら、万歳して」
「……ぁ」
「ほら、魔理沙……魔理沙?」
「……こう……り、ん。……あつ、い……」
「熱がまた上がってきたのか……」
 もう身体を起こす力もないのか、力なく僕にしがみ付いたままもたれかかるだけで精一
杯のようだ。
「魔理沙、このままだと風邪が悪化してしまうから……頑張って服だけ着替えよう。出来
るかい?」
「……む、り……ぃ」
 それ以上は魔理沙も口を開く元気がないようだった。ぐったりとしたまま、それでいて
僕の手は握ったまま離さなかった。
 無理矢理にでも着替えさせるべきなのだろうが、どうにもこの手を振り解くのは気が引
けた。
「全く、仕様がないな。魔理沙は」
 風邪を引くと魔理沙が昔に戻るように、きっと僕も当時の僕に戻るのだろう。
 暖房代わりに置いてあったミニ八卦炉の出力を上げる。少し暑すぎるくらいだが、これ
くらいで丁度いいだろう。
 魔理沙の身体が冷えないようにしっかりと毛布でくるみ、彼女を抱きかかえるようにし
て身体を横たえた。

                            *

 結局僕は殆ど寝れなかった。魔理沙の体調が心配だったのもあったのだが、魔理沙用の
ベッドは僕には余りにも小さい。無理な姿勢を強いられたから身体も痛い。
「ふぁ……」
 当の魔理沙はというといつの間にか毛布を独り占めして幸せそうに寝息を立てている。
熱も下がったようだから、朝食の用意をしたら僕も帰って寝るとしよう。
「んぁ……おはよう、香霖」
「ああ、目が覚めたか。体調はどうだい」
「熱は下がったみたいだが……何で私は服を着ていないんだ?」
「覚えていないのか。昨日は大変だったんだぞ」
「そうか。何か知らんが悪かったな」
 頭をかきながら寝惚け眼で僕を見返す。完全に目が覚めたわけではないのか、魔理沙は
毛布に包まったままぼけっとしていた。
「まあいいけど。とりあえず朝食を作るよ、何か食べたいものはあるかい?」
「あー……適当でいいぜ」
 僕がベッドから腰を上げかけた時、静かに扉が開かれた。
「魔理沙、お見舞いに来たわよ。大丈――」
 現れたのは魔理沙と同じく魔法の森に居を構える魔法使い、アリス・マーガトロイドだ。
彼女は扉を開いたままの体勢で硬直し、視線だけを僕と魔理沙の間で泳がせていた。
 暫くの間固まっていたアリスだったが、
「ふ、二人で何をしていたの?」
「何と言われても……見た通りだが?」
 看病以外の何をしろというのだろうか。
 魔理沙の方を見ると、流石に寝転がったまま来客に対応するのは悪いと思ったのか、毛
布を胸までたくし上げて上半身だけ起こしていた。
「ああ。昨夜は体が火照ってしょうがなかったんでな。香霖が来てくれて助かったぜ」
 ――ガタッ
 アリスの手からバスケットが落ちる。中に入っていた林檎がこぼれて僕の足元まで転がっ
てきた。
「ふっ……」
『アリス?』
 悲愴感すら伴った表情で立ち尽くす彼女の様子に僕達の声が重なった。
「不潔よおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!」
 天狗もかくやという速度でアリスは走り去っていった。開きっぱなしの扉から入ってく
る風が冷たかったが、僕達は顔を見合わせたまま呆然としていた。
「……今のは何だったんだろう?」
「さあな。あいつが何を考えているのかは私にもよくわからないぜ」
「まあいいか。僕はありあわせのもので簡単に作ってしまうから、君は早く服を着なさい」
「おっと、忘れてたぜ」
 魔理沙は毛布を放り出して勢いよくベッドから飛び起きた。そんないつも通りの様子を
見て、僕は不思議な闖入者によって忘れかけていた眠気を思い出していた。




posted by sei at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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