2008年11月09日

思い出のながめ

香霖堂で魔理沙は物思いに耽る。

登場キャラ
魔理沙 霖之助 他












 その日はとても静かだった。香霖堂は相変わらず客が訪れることもなく、私はすること
もなくただぼうっとして過ごしていた。読むでもなく本を眺め、それに飽きると顔を上げ
て視線を店の外へと移した。
 いつの間にか窓から見える風景は霧雨によって滲んでしまっていた。ここに来た時はま
だ晴れていたはずだから、天候の変化に気づかないくらい私はぼうっとしていたというこ
となのだろう。
 ――雨、雨か
 珍しくもない光景なのだが、こうして硝子のフィルターを通してそれを見ることは余り
ない。それこそこうして香霖堂に立ち寄って見る以外には皆無といってもいい。
 魔法の森には昼夜の区別はなく、晴れと雨の違いすら希薄だ。生い茂った草木は光も雨
も、全てを散らし拡散させてしまう。そんな場所に住んでいると雨だろうが雪だろうが気
にもならなくなってしまう。
 曇天によって元々薄暗い店内から日光が簒奪された結果、まるで宵闇のような薄暗さが
辺りを覆ってしまっていた。そんな中でもこの店の店主である男は変わらずに本を読んで
いた。晴れでも雨でもこの男のやることは変わらない。ただ灯りが付けられるかどうかと
いうだけだ。
 することのない私はそのままそいつの様子を盗み見続けていた。当然のように変わった
様子はなかった。
 ――覚えているわけもないか
 私は小さく息を付くとまた視線を窓の外へと戻した。相変わらず霧雨が降り続いており、
窓硝子は何も映すことはない。しかし、そこには私だけが見出すものがあったのだ。
 この季節になると決まった思い出す。もう何時のことだったのかも忘れかけていた遠い
遠い記憶を。
 私が霧雨の家を飛び出したあの日も、こんな雨が降っていたのだ。

                            *

 私は一人、魔法の森へと向かい歩いていた。空は嫌になるくらい晴れ上がっており、初
夏の陽光が肌に突き刺さる。
「まったく、とんでもないところに店を構えやがって」
 思わず愚痴がついて出る。気温もさることながら長時間歩きっぱなしのだ。汗で張り付
いた服の感触が気持悪い。あいつに言わせれば「夏にそんな黒っぽい格好をしている方が
悪い」となるのだろうが。
 私の目指す先は香霖堂という道具屋である。その店は里からも山からも程遠い魔法の森
の入り口に居を構えている。その道具屋は立地が示す通り、一風変わった男が店主をして
いるのだ。
 名を森近霖之助という。見ただけでその道具の名前と用途がわかるという能力を持って
おり、専ら幻想郷に流れてくる外の世界の道具を収拾して商品にしているらしいのだ。
 私は何度とな香霖堂を訪れているが、そこに置かれている殆どの物が何に使うのかさ
え想像も付かない道具ばかりが置かれている。つまり、それらはただのがらくただという
ことだ。実際、商品が売れているところなんて見たこともない。本当に商売をする気があ
るのか疑問でさえある。
 そんな変な男と私との関係はというと、実に詰まらないものである。そいつは私が生ま
れる前に私の実家の道具屋で修行をしていたのだ。といってもそれが何時の話なのかもわ
からない。物心付いたときには既にあいつは店を構えており、それは既に年季の入ったも
のだった。
 独り立ちした後もちょくちょく霧雨家には訪れていたようで、気が付くと私はあいつの
後ろを追いかけていることが多かった。息苦しい実家の生活の中で、あいつだけが私のこ
とを対等に扱ってくれ、それが嬉しかったのだ。
 変人ではあるが悪い奴ではない。それは間違いないのだが、何を考えているのかわから
ないところがあり、それが時々怖くなることもあった。
 そんな微妙な関係は今でも続いているのだが最近は余り家を訪れることもなくなった。
だから私からこうして出向いているという訳だ。
 そんな詰まらないことを考えている内に、目的の店が視界の端に映り始めていた。

 扉を開けて店内に入っていくが、近くに人の姿はなかった。五月蝿いくらいにカウベル
が鳴り響いているが、奥から店主が現れる気配もない。相変わらず商売をする気がないん
だな。呆れながら私は乱雑に道具が置かれている店内を進み、奥の居間へと入っていった。
「おい、香霖。いるか?」
 目的の男はそこにいた。眼鏡をかけた銀髪の優男、和服をどこぞの民族的にアレンジし
たかのような無国籍で妙ちきりんな服装をしている。この男こそがここ香霖堂の店主であ
る、森近霖之助だ。
 いつも通り気だるげに椅子に座りながら本を読んでいたそいつは、私が声をかけてから
一拍遅れて顔を上げた。
「何だ、魔理沙じゃないか。また遊びに来たのか、僕も余り暇ではないんだが」
「嘘をつく気も才能もないんだから、愛想くらいよくしたらどうだ? 閑古鳥が居付く前
にな」
「ふん、お客以外に振り撒く愛想はとっくに品切れだ。入荷予定もないよ」
「私は客のつもりなんだがな。残念なことに欲しいものが店に置いてないんだ」
 私は悪態をつきながら適当な壷の上に腰をかけた。香霖はというといつも通りに気にし
た風もない。
 さて、どうやって話を切り出したものか。下らない話ではあるが、改めて口にするとな
ると切欠が掴めないものだ。
 黙ってしまった私を不審に思ったのか、香霖は本を置いて顔を此方へと向けた。
「それで、今日は何の用なんだい?」
「別に大した用事じゃないんだが……一応香霖には伝えておこうと思ってな」
「やけに改まるじゃないか。魔理沙がそんな態度を取る何て、明日は雨でも降るかもね」
 梅雨時なんだから雨くらい降るだろうぜ、といいたかったが止めておいた。君がそんな
風だから梅雨なんだ、などと屁理屈を言いかねない奴だからな。
「家を出ることに決めた」
「それは……唐突だね」
「それが私だからな」
「……そうか」
 驚くのか、呆れるのか、それとも止めにかかるのか。その全ての予想を裏切って、香霖
は何も言わなかった。というよりかは興味がなさそうな様子でさえある。
「何も言わないのか?」
「君は僕に何か言って欲しいのかい?」
「別に……そんなことはないぜ」
「そうかい」
 元々少なからず恩義を感じていたので、家を出る前に伝えておこうと思っただけだ。そ
のはずだったのだが――私は何かを言って欲しかったのだろうか。
 考えてもしょうがない。どちらにせよ香霖は何も言わなかった。それだけの話だ。
「言いたかったのはそれだけだ。私はもう行くぜ」
「ああ、ちょっと待った。一つだけ言うことがあったよ」
 部屋を出る直前、香霖は思い出したかのように私を呼び止めた。振り向いた私に香霖が
浴びせた一言はよくわからないものだった。

                            *

 家を出るのを十日だけ待ってくれ。あの日言われたのはそんな言葉だった。理由を問い
ただしても言葉を濁すばっかりで、結局私はその約束を守ってしまっていた。
 もう帰らないと決めた家に戻り、今は自分の部屋で漫然と過ごしている。まったく、私
は何をやっているんだろうな。
 既に家を出る準備は整っているので、本当に何もすることはない。精々家のものと顔を
合わせないように引きこもるくらいだ。
 あれから五日、最初はあいつが何を考えているのかわからなかったが、今思えばあいつ
なりに私を思いとどまらせようとしたのだろう。親父に足止めでも頼まれたのか、それと
も十日もすれば頭が冷えるとでも思ったのか。
 何にせよ筋だけは通さなければならない。一応は約束したんだからな。
 それでも後五日後に家を出る、そのことには変わりはないのだ。

                            *

 私は大荷物を抱えながら宵闇の中を走っていた。約束の十日までにはまだ数時間あった
が、親父と口論になってそのまま勢いで飛び出してしまったのだ。
 目指す場所は魔法の森だ。妖怪も余り出ず、何より魔法使いの魔力を高めてくれる茸が
生えている。私に住めと言っているような場所だなのだ。既に森の中ごろにあった廃屋を
確保してある。後はこの荷物を持っていけば晴れて独立だというわけだ。
 ただ森の中に入っていくには入り口にある香霖堂の前を通らなければならない。鉢合わ
せたら面倒なことになるだろう。説教が好きな奴だからな。
 夜が明けないうちに魔法の森の中に入ってしまおうと私は足を速めた。
 気が付くと霧雨が辺りを覆っていた。今夜は新月だということもあり、見通しが悪いこ
とこの上ない。この道は妖怪も出る。私は少し焦りを覚え始めていた。
 そんな折だった。薄闇に芒と浮かび上がる人影があった。後から思えば怪しいことこの
上なかったのだが、私は声をかけてしまっていた。
「おい、こんなところでなにやってるんだ? ここら辺は妖怪が出るから危ないぜ」
「そーなのかー?」
 振り返った金髪の少女の瞳は闇の中でさえも紅く妖しく輝いていた。

 気が付くと私は地面に転がっていた。抱えていた荷物は辺りに散乱してしまっている。
 一瞬何が起こったのかわからなかった。暗い道にぽつんと立っていた少女に話しかけ、
振り返った少女が手を振り上げたところまでは覚えている。その後は――
 顔を上げると先ほどの少女が立っていた。口の端を吊り上げて私を見下ろしているが、
目は全く笑っていなかった。
「あんたは」
「えっ?」
「あんたは――食べられる人類?」
「なっ……食べられるわけ……っ!」
 言うが早いか、少女は腕を振り下ろす。こんな小さな少女なのにどれだけの力が込めら
れていたのか。間一髪私は転がってその手から逃れたが、少女の一撃で荷物の入った袋が
弾け飛んでいた。
「くっ……!」
 背中のばねを使って一息で起き上がると私は走り出す。今の交錯で立ち居地が変わり、
私は魔法の森への方に逃げねばらなくなっていた。その方向に、人気は、ない。
「逃げるのかー?」
 人を取って喰おうとしたなんて思えない気の抜けた声を背中に感じながら、それでも私
は冷や汗が止まらなかった。
 里を出て独り立ちするのだから、妖怪との遭遇も覚悟していたつもりだった。その為の
対策だってあった。だがその全ては遥か後方の荷物の中においてきてしまった。
 自分の間抜けさ加減に腹を立ててもどうにもならない。
 魔法の森の中まで逃げ込めれれば、若しくは妖怪も諦めるかもしれない。だがそこまで
の道のりは絶望的なまでに遠い。もう、出来ることは体力の尽きるその時まで走り続ける
ことしかなかった。

 どれだけ走ったのかもわからない。気が付くと私は地面に倒れ臥していた。
 倒れたまま首だけ後ろを向けると、宙に浮いた妖怪がゆっくりと近付いてくるところだっ
た。
 体にいくら鞭を入れようと全く言うことを聞いてくれない。辺りを見回しても当然の如
く人影など存在しなかった。
 ――ここで霧雨魔理沙の物語は終わりだってことか
 諦めて体を地面に投げ出した。大の字になって寝転ぶと少しだけ気分が楽になった。先
ほどまで鬱陶しく思えていた霧雨さえ、身体を冷やしてくれる心地よいものに思えた。
「もう逃げないのかー?」 
「ははっ、もう無理だ。これ以上は走れないぜ」
「そうなのかー」
 家を出たその日に妖怪に襲われて死ぬなんて間抜けもいいところだ。だが、それでも良
かったのかもしれない。魔法使いになれなかったことは心残りだが、あのまま家に居続け
るよりはずっといい。
 ただ一つだけ心残りがあるとするならば――それは香霖のことだ。
「あいつ約束を破ると煩いからな。まあ九割方守ったようなものだから問題ないが」
「あのなぁ、約束に割合も何もないだろう。最後まで果たしてこそ約束と呼べるんだぞ?」
「――え?」
 頭の方から男の声が聞こえた瞬間、辺りを覆っていた暗闇が一瞬で払われた。
 それは焔だった。何もかもを焼き尽くす煉獄の焔。離れていても肌を焦がすほどの熱量
を感じた。
「さて、僕は道具を作るのが専門で使うのは得意ではないんだ。今回は上手く外れてくれ
たが……次は手元が狂って当たってしまうかもしれないな」 
「そ、そうなのかー?」
 少女の妖怪の先ほどまで楽しげに歪めていた口元が、一転して苦いものに変わる。
 ちらりと私の表情を盗み見て、そのまま脱兎の如く逃げ出していった。
 振り向いた先には不思議な形の道具をかざした銀髪の男が立っていた。

「さて、何かいうことはあるかい?」
「……登場が遅いぜ」
「それだけ憎まれ口が叩けるなら大丈夫だろう」
 差し出された腕を取って、そこで漸く自分の体が震えていたことに気づいた。
「うん、怪我は大したことないな。体も打っているが、二三日すれば治るだろう」
「……とりあえず礼は言っておくぜ」
 起き上がった私を香霖は呆れたような顔で見つめていた。
「魔理沙、仮にも命の恩人にとりあえずで礼を言うものではないだろう」
「……どうせ私を連れ戻しに来たんだろう? 私は帰らないぜ」
「ああ……なるほど。そう受け取ったか。うん、確かに誤解されそうな言い方ではあった
かもしれないな」
「何を言ってるんだ?」
 香霖は困惑してしている私の腕に手に持っていたものを投げてよこした。
「それの整備に十日かかるというだけのことだったのさ」
「これはさっきの……?」
「八卦炉の……まあミニチュア版といったところだ。魔法の火炉だと思えば良い」
「これを……私に……?」
「魔法使いになろうって君だ。お守りくらいにはなるだろう?」
 お守りだって? 冗談じゃないぜ。そんなレベルの代物ではないくらい私にだってわか
る。
「こんなもの貰えないぜ。第一貰う理由がない」
「理由ならある。そいつは誕生日プレゼントって奴さ」
 唐突な台詞に思わず私は言葉を失う。何を言っているんだこいつは。
「今までそんなものを貰った覚えはないし、第一今日は私の誕生日じゃないぜ」
 香霖は変な顔をしていた。それが変な顔だとしか思えなかったのは、滅多にしない表情
だったからなのだと後から気が付いた。
「それはおかしいな。だって今日は――魔法使い、霧雨魔理沙の誕生日じゃないか」
 悪戯な笑顔を見せる香霖に私は何も言えなくなっていた。

                            *

 いつの間にか硝子から覗く景色が元の色彩を取り戻していた。遠くからは蝉の煩い合唱
が聞こえ始めている。どうやら相当の間、思いに耽ってしまっていたらしい。
 手遊びに捲っていた本越しに香霖を眺めてみる。先ほどとと全く変わらない陰気な顔で
本を読みふけっていた。
 ――私は何を期待していたんだろな
 落胆を覚えていることを誤魔化すように私は勢いを付けて立ち上がった。
「邪魔したな」
 帰り支度を済ませると、扉を開き背中越しに声をかける。
「もう帰るのかい? だったらこれを持っていきなさい」
「……なんだ、これ?」
 それはどこか既視感を覚える光景。眼前には一抱えほどの包みが突き出されている。
「何だ忘れてしまったのか。全く仕様がない奴だ、今日は君の――」
 耳朶に触れるその台詞は、在りし日の再現だった。
 口元が緩んでしまっているのがわかる。本当にわけのわからない奴だぜ。去年も一昨年
もこんなことしなかっただろう。
「そんなものは今まで貰った覚えは無いがな、第一今日は私の誕生日じゃないぜ」
 香霖は瞬きの間、何を言われているのかわからないといった表情だった。だが直ぐに苦
笑を浮かべ、詩歌でも吟ずるかのように調子を付けた三文芝居を始めた。あの時に見せた
変な表情を浮かべながら。
「何を言っているんだい、今日は魔法使い霧雨魔理沙の……っと」
 私は香霖の胸に勢いよく飛び込んでいった。
「そこは笑顔で『おめでとう、魔理沙』っていうところだぜ!」
「――ああ、そうだな。誕生日、おめでとう魔理沙」
「おうっ! これはお返しだぜ!」
 雲の隙間から顔を出し始めた陽光が香霖の顔を照らした。そこで生まれた一瞬の隙に、
私は香霖の頬に顔を近づけていた。
posted by sei at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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