2008年10月08日

海神の三神

月へ飛び立った少女達を思う霖之助。そこに現れた人物は……。

登場キャラ
霖之助 パチュリー












 晩秋もとうに過ぎ、幻想郷に灰色の季節が訪れようとしていた。例年よりも早めに出し
たストーブは休むことなく部屋に暖を与え続けている。
 それにしても冷えるな、と重い腰を持ち上げて窓に歩み寄る。視線を向けた先は気付か
ない内に見慣れた光景から一面の銀世界へと変わっていた。
「なるほど、寒いわけだ」
 暇に飽かして朝から普段読まないような本を引っ張り出し、寝食を忘れて読み耽ってい
たので外の変化に気づかなかったようだ。
 白銀に染まった地面は白い光に照らされて、見上げた空には大きな満月が浮かんでいた。
 何時に無く静かな夜だ。冬というものは元々静かな季節のはずなのだが、寒くなるとス
トーブを目当てに巫女やら魔法使いやらが居つき始める。例年ならば今頃庭で怪しげな茸
が焼かれている頃合だろう。
 では何故こうも静かな夜を迎えられているのかといえば、今見上げている月のおかげに
他ならない。
 僕は直截月を見上げたいと思い窓を開いた。冷たい風がストーブに暖められた頬を叩い
て行く。硝子越しではなく直接見る半月は妖しい光を湛えており――
「って半月? さっきまで満月だったんだが……」
 気が付くと月が半分欠けていた。いや、今も段々と欠けて行っている。今日は月食が起
こる日ではないはずなのだが。
 そんな僕の疑問は直ぐに解消されることになった。
「開いているようね」
 月は欠けていたのではなく、空から飛来した少女の影になっていただけなのだ。
 直ぐ目の前にふわりと着地した少女に、僕は「入り口は向こうだよ」と玄関の方へと指
をさした。

 店の中に入ってきた少女に椅子を勧める。少し寒そうにしていたのでストーブの脇に椅
子をずらした。
 明るい店内で見る少女は風変わりな格好をしていた。月と太陽の意匠で頭を飾り、全身
をゆったりとしたローブで包んでいる。長い髪は陽の光に当てたことなどないように艶や
かで、肌は透き通るような白皙だ。
 見知った顔ではなかったが、相手の正体くらいは見当が付く。その風貌からしてまず間
違いなく魔法使いだろう。そして魔法使いの心当たりは三人しかいない。後は消去法だ。
「パチュリー……だったかな、君の名前は」
「知っているの?」
「ああ、魔理沙から話を聞いたことがある」
「そう」
 そこで会話が止まってしまう。突然生まれた沈黙にどうやって言の葉を継ぎ足そうかと
悩んだが、紅魔館はお得意様である。どのような用事かはわからないが、客として対応す
るべきだろう。
 僕はストーブの上のヤカンを手に取ると、二人分のお茶を煎れてテーブルの上に置く。
「ありがとう」
 少女は礼こそ言うが、そこに感情は篭っていない。というよりかは当然の行為に当然の
反応をしだけといった風だ。だがそれは高慢から来るものではなく、ただ仕えられ慣れて
いるというだけなのだと思う。あれだけ良くできたメイドがいるのであれば仕様がないこ
となのかもしれない。
「それで今日はどういった御用でしょうか?」
 営業用の口調で語りかけると、パチュリーは行儀良く紅茶の入ったカップをテーブルに
戻した。
「お店に来るのに買い物以外のことをする客がいるのかしら?」
 それがいるから困っているのである。僕はそのことを顔に出さないように苦心しながら、
彼女の求めるものを聞き出した。
 今まで余り僕の周りにいなかったタイプの人種なので扱いには困ったが、お客様だとい
うならそれは神様である。幸い彼女の望むものが在庫にあったので、手早く包んでパチュ
リーに手渡した。
「それにしても君がここに来るというのはどういう風の吹き回しなんだい?」
 紅魔館はお得意様なのだが、メイド以外が買い物に来た試しがない。それに"お嬢様の
お友達の魔法使い"とやらの所望する品を何度か売った記憶があった。それは間違いなく目
の前の少女のことであろう。今回の品が特別なものであるというわけでもない。
 そんな僕の言葉に彼女は整った眉を八の字に歪めると、
「貴方、咲夜が月へ行っていることを知らないの?」
「それは初耳だ。霊夢と魔理沙、それにレミリアが月へ向かったことは聞いていたんだが」
「その面子だけだとレミィが生活出来ないでしょ」
「確かにそれはそうかもしれないな」
 霊夢や魔理沙が甲斐甲斐しくレミリアの世話をする様子はどう頑張っても思い浮かばな
かった。
「買い物は美鈴に頼んでもよかったのだけれど……紅魔館を空ける訳にもいかないから」
 得心がいった僕は、ついでに残っていた疑問を片付けてしまうことにした。それは先ほ
どから気になっていた月に関することである。
「一つ気になったのだけど……君は彼女達が心配じゃないのかい?」
「心配? 何を心配するというのかしら」
「月に行くような大魔法だ。安否を気遣わない方がおかしいんじゃないかな」
 その僕の言葉こそがおかしいと言わんばかりに彼女は口の端を持ち上げた。
「そういう貴方こそ心配しているようには見えないわ。迂遠な物言いは嫌われるわよ?」
 どうやら僕の考えは直ぐに読み取られてしまったようだ。彼女の言うとおり、僕は住吉
月面侵略計画(プロジェクトスミヨシ)の成功を疑っていない。正確には月面へと到達す
るまでの段階の成功、ということになるがその点では確信さえ持っていると言える。そし
て彼女も同じく計画の成功に確信を持っているからこそ、余裕を見せていられるのだろう。
 僕は彼女の言葉に従って核心を衝くことにした。
「ロケットに住吉神を使おうと考えたのが誰なのかを知りたかったんだ」
「さあ、知らないわ。咲夜が探してきたから」
 僕の熱意に反比例して、彼女の返答は素っ気無い。もしかして僕と彼女では確信を得て
いるものが違うのだろうか。
「君は気にならないのかい? あの計画は余りにも完璧すぎる。正直最初に聞いたときは
何か裏があるんじゃないかと思ったくらいだ」
「確かに三段の筒の名を持つ海神で航海の神だなんて符合は怖いくらいだわ。けどそこま
で固執するほどのものかしら? 結果論だけれど別の要因で月への到達は保障されている
し、大したことじゃないわ」
 再び眉を寄せる彼女だったが、僕はその言葉に違和感を覚えていた。三段の筒と航海の
神、間違ってはいないのだがそれだけでは十全ではない。後一つの要素を以て住吉神がロ
ケットを完成させているはずなのだ。もしかして彼女はそれを知らないのだろうか。
「確かにそれだけの符合なら人間にでも思いつくだろう。だがもう一つ、重要な要素が抜
けているんじゃないかな?」
「他の要素? 私の知る限りではその二つだけよ。……さっきから何か瀬踏みされている
ようで余りいい気分じゃないわ。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなの?」
 どうも本当に知らないようだ。とはいえ日本の神様の知識を彼女に求めるのは酷なのか
もしれない。だがこれは少し考えればわかることだ。彼女の為にも直ぐに正答を教えない
方がいいだろう。
「君はツツを単純に筒のことだと捕らえたようだが、本当の意味は別にあるんだ」
 先ほど彼女は住吉神のことを航海の神様だと言った。それは決して間違いではないが、
だからと言って単純に海神だとは言いきれないのだ。表筒男命、中筒男命、底筒男命の三
神は古代の海洋豪族である安曇氏の祖神だった。だが彼らは他に純粋な海神である綿津見
三神――上津綿津見神、中津綿津見神、底津綿津見神――をも同時に祖神としているのだ。
となると住吉神が海神として果たす役割とは何か、という疑問に立ち返ることになり、そ
れを解き明かす鍵こそが住吉神の航海の神という側面なのだ。
「航海の神様ってことは海を司る神様ということでしょ? それが間違っているというの?」
「間違ってはいない。ただ別の顔があるというだけなのさ。海のない幻想郷に住んでいる
僕達は忘れがちだが、船に乗るときには絶対に見なければならないものがあるはずだ。そ
れを思い出してみればわかるはずだよ」
 海……航海……見るもの……、と呟きながら少しの間考え込んでいた彼女だったが、直
ぐにその顔に理解の色が浮かんだ。
「そうか――星、星だわ! 航海をする時に方角を知る唯一の手がかりだもの!」
「流石だね、その通りだ。住吉神とは航海の神であり、またその本地は星であるとも言わ
れている。宵の明星を夕星(ユフヅツ)と言うように、ツツとは古語で星を意味する言葉
なんだ。つまり住吉三神の正体とは三つのツツ、即ち三つ星となる。この国で三つ星と言
えば一つしかない。即ち天文航法で用いられるそれはオリオン座の――」
「ミンタカ、アルニラム、アルニタク! そうか、あれにはそういう意味があったのね!」
 僕は思わず頬を緩めた。やはり彼女の知識は本物だ。霊夢や魔理沙たちと比べるのは可
哀想だが、打てば響くように反応してくれるのは嬉しいものだ。
 何か思い当たる節があったのだろう、何度も頷いている彼女に僕は続けた。
「つまり三段の筒、外の世界のロケットを模している上に、それは航海の安全を保障する
神様だ。その上住吉神は彼女達が到達するべき宇宙にある星だというんだ。これで失敗す
ると考えるほうがおかしいよ。だから出来すぎているといったんだ。こんな大それた発想
に、人間や並みの妖怪では到達出来るわけもないだろうからね」
 窓に近付きもう一度月を見上げる。きっと今頃はあの満月に彼女達は辿り着いているこ
とだろう。そしてその確信は、その後の結果が碌なものにはなるまいという確信とでもあ
った。あんな悪魔的な発想の持ち主など、幻想郷にだって数える程しかいない。その内の
誰の入れ知恵だったとしても、結果が良いものに変わるはずはないに決まっているのだ。

 パチュリーは礼を言って帰って行った。今度の言葉は仕えられる立場ではなく、一個人
としての言葉のように思えた。僕の疑問は解消されなかったが、悪い気分ではなかった。
 僕は彼女が帰った後もまだ月を見上げていた。急に月へと旅立った少女達が心配になっ
て来たのだ。真っ先に思い浮かんだ顔はというと、紅白のものでも黒白のものでも、まし
てや吸血鬼のお嬢様のものでもない。ただ一人上客として香霖堂を訪れてくれる完全で瀟
洒なメイドの顔だった。彼女が無事に帰ってきてくれないと困ったことになってしまう。
 また来るわ、といって商品を持って帰った魔法使いの少女。世間ずれしていない彼女が
“支払わなかった”代金が膨大な額になる前に、是非とも咲夜には帰ってきて貰わなけれ
ばならない。










●後書き
原作っぽい話を書こうと唐突に思い立って書いた話です。
どうせならと文章量も完全に原作準拠で書き始めたのですが……これが難しい。特に自分は無駄に地の文が長くなりがちなので、規定量にあわせるのに苦労しました。その所為で後半はやや駆け足に……。
ちょっと霖之助のキバヤシ分が足りない気もしますが、パッチェさんに対してそれをやると分量が前後編にしても足りない気がするので、こんなものかなーと。
儚月抄を読んでないと何が何やらという話ですが、原作で最もこの二人が近い位置にいるのが(といっても顔すら合わせていませんが)儚月抄なんですよね。
単行本書下ろしとかで出てこないかなー。
posted by sei at 04:13| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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