2008年09月28日

人を惹きつけるもの

霖之助は霊夢に宴会に誘われる。何時になく強引な霊夢の態度を訝しむ霖之助だったが……。

登場キャラ
霖之助 霊夢 魔理沙 紫 萃香
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 春といえば花見であり、花見といえばそれは博麗神社での宴会を意味するというのが幻
想郷のお約束である。と言っても僕はあまり野外で大騒ぎするような花見は性に合わない
ので余り参加しない。宴会の翌日にやって来る霊夢や魔理沙にその乱痴気騒ぎの様子を聞
くくらいが丁度良いのだ。
  僕は今年も例年通りに花見をすることに決めた。椅子を窓の傍へと寄せると鮮やかな薄
紅色が目に飛び込んでくる。今日は店を閉めこのまま花見に専念しようかと思ったところで
カウベルが鳴り響いた。
 腰を上げかけたところで遠慮なく居間まで入って来た少女の姿が目に入った。桜と同じ
く目出度い紅白の巫女は僕の姿を見つめるなり、
「霖之助さん、相変わらず暇そうね」
「やあ、霊夢じゃないか。確かに僕は暇だけど、君は花見はいいのかい?」
 今の時期ならば連日花見と称した宴会を神社でやっているはずだ。
「何言ってるのよ。やるに決まってるでしょ?」
 少しだけ疲れた様子で霊夢は言う。少しくらい休めばいいのではと思うのだが、周りの
連中が許してくれないのだろう。それに何だかんだといって霊夢も宴会好きだし、嫌では
ないのかもしれない。
「だったらこんなところにいないで早く神社で宴会の準備をしないと不味いんじゃないか?」
「それはそうなんだけど、今日は霖之助さんを誘いに来たのよ」
 こんなところ、という言葉を少しくらい否定して欲しかったのだがあっさりと肯定され
てしまった。霊夢は香霖堂を何だと思っているのだろう。
「誘ってくれるのは嬉しいが、店を開けられないからね。今日のところは遠慮しておくよ」
 先ほどまでの考えは棚に上げておくことにした。
 そして手元に視線を戻した時、あるはずのものがなくなっていた。視線を上げた先には
笑顔の霊夢が本を胸に抱いていた。
「どうせ暇なんでしょ?」
「だから僕は忙しいと」
「暇よね?」
「……しょうがないな」
 僕は両手を上げて降参だと霊夢に告げる。人質を取られてしまってはどうしようもない。
あの本はまだ読んでいないのだ。それに霊夢が一度決めたことを覆すのは容易なことでは
ない。何時になく強引でもあるし、ここは従っておいたほうが得策だろう。
「もう宴会の準備は出来ているからなるべく早く来てね」
 僕は笑顔で去っていく霊夢を見送ってから大きく息を付いた。

                            *

 神社に辿り着いた僕が目にしたものは"惨状"と言う他ない。まだ日が沈むまで間がある
というのにまるで祭りのような騒ぎである。歩くのにも苦労するほどに人が、妖怪が、は
たまた神までもが境内に溢れていた。
 こんな状況では霊夢を見つけることは出来ないかもしれない。それでも一応顔を出して
おかないと後で何を言われるかわからない。
 人の隙間を縫うようにして霊夢を探していると視界の端に天狗の集団が映った。余り宴
会の場では係わり合いになりたくない妖怪である。絡まれないようにと回れ右をしたとこ
ろで、
「香霖っ!」
「うわっ」
 人込みの中から突き出た腕に引っ張られた。そこには顔を紅く染めた黒白の魔法使いが
陽気な笑顔を見せていた。
「珍しいな、宴会に顔を出すなんて」
「あらいらっしゃい、霖之助さん」
「彼女に誘われてね」
 辺りを見回すと錚々たる面々が僕を見上げていた。
 料理と酒を中心に円を描くようにして、魔理沙の左隣に霊夢、右隣に萃香、八雲紫と並
び、その対面には月と地上の兎と二人の天狗が座っていた。
 この場に留まると碌なことにはなるまい。そうは思っても魔理沙は腕を離してくれなかっ
た。
「まあまあ、ちょっと飲んでいけよ」
「いや……どうも座る場所がないみたいだね。僕は向こうの方で飲んでるから、君たちだ
けで楽しみなさい」
 いい訳としては詰まらないものだが、実際にスペースがないのも確かだ。魔理沙も引き
下がってくれると思ったのだが、
「ここに座ればいいじゃないか」
 ばしばしと自分の膝を叩いて破顔一笑する。
 どうやら既に相当飲んでいるらしい。宥め賺しても魔理沙は腕を離さず、無理矢理振り
ほどくのも可哀想だしと悩んでいると、隣の霊夢が口を開いた。
「折角宴会に来たのに一人で飲むこと無いでしょ?」
「無理矢理だったけどね」
 霊夢も顔を紅潮させていたが、魔理沙ほど酔ってはいないらしい。後のことを考え、僕
は仕様が無くここに腰を落ち着けることにした。
「ほら、魔理沙」
「……あ?」
 自立することも出来ず倒れそうになる魔理沙を支えながら抱き起こして、彼女の座って
いた場所に腰を下ろした。魔理沙の席は僕の膝の上だ。
「おおー、懐かしいぜ。そういえば昔はいつもこうやって座ってたな」
「そうだったか?」
「そうだぜー、香霖の膝は私の指定席だぜー」
 笑いながら魔理沙が抱きついてくる。確かに魔理沙の小さい頃はこんな感じだったかも
しれない。
「ちょっと、飲みすぎじゃないの魔理沙。それじゃ霖之助さんが飲めないでしょ」
「ああ、いいんだよ霊夢。別に僕は飲まなくても……」
 というより飲みたくないという方が正しい。対面の天狗に加え隣には鬼までいるのだ。
今はまだ彼女たちは僕に興味は持っていないようだが、もし絡まれでもしたらどうなるの
かわかったものではない。宴会の中で一人素面でいるのは辛いが、意識がなくなるまで飲
まされるよりは幾分ましだろう。酒臭い魔理沙の面倒を見ながら時が過ぎるのを待つの
が一番だと思えた。
「ところで霖之助さ――」
「だったら私が飲ませてあげますわ」
 霊夢が何かを言いかけたのと同時に逆方向から声が聞こえた。だが僕はそちらを向くこ
とも出来ず呆然としていた。
 目の前には宙空から腕が突き出さた腕が浮かんでいるのだ。そしてその手には杯と酒瓶
が握られている。遅まきに何が起きているのか理解できた僕はゆっくりと右手を向く。そ
こには頬を薄く朱に染めた八雲紫が微笑んでいた。相も変わらずその笑みは不吉である。
 言葉を発することも出来ず黙って彼女を見つめていると、無理矢理杯を握らされた。
「宙に浮くほどの幻の大吟醸ですわ。お口に合えばよろしいのですけれど」
「はは……いただきます」
 有無を言わせぬ迫力を持つ笑顔を圧倒され、僕は色々と諦めることにした。
 人の顔ほどの大きさの杯に並々と注がれた酒を見下ろすと僕と魔理沙の顔が映っている。
水面に一片の桜花が浮かんでいたが、これほど巨大な杯だと情緒も何もあったものではな
い。
「こういう飲み方は好きじゃないんだが……」
 杯の中身を一気に干してしまうと、芳醇な香りが鼻へと抜けた。もしかすると本当に幻
の名酒だったのかもしれない。
『おおーっ!!』
 勿体無いことをしたなと少し後悔し始めたところで周りから拍手が送られた。
 もしかして今ので"飲める奴"と思われただろうか。天狗に目を付けられたら、後が怖い。
「やるな香霖。私も負けてられないぜ!」
 僕に触発されたのか何なのか。魔理沙も一気飲みを始めた。そんな呑み方をしたらさぞ
明日が辛いだろう。
 僕の膝を盛大に汚しながら酒を呷る魔理沙を放っておくことにして、なるべく目立たな
いように呑むことを心がけようとした。したのだが――
「じー……」
 酔っているのかいないのか、虚空を見つめているのかそれとも僕をみつめているのか。
さっぱりわからない胡乱な視線が自分に注がれている事に気づいてしまった。
 無視を決め込むこもうと思ったが、年中酔っ払っているその鬼は中々視線を外さない。
「じー……」
「な、何か用かい?」
 結局視線に耐え切れず僕から声をかけてしまった。
「あんた、イケる口だね?」
「いや、僕は……」
「呑み比べをしよう!」
 そういって伊吹萃香は僕の目の前に一升瓶を叩きつけるようにして置いた。思わず僕は
天狗たちへと視線をやるが、鬼に遠慮をしているのか混じろうとはしてこなかった。
 結果的に天狗に絡まれることはなかったが、幸か不幸かでいえば勿論不幸だ。天狗たち
は自分たちが勝てない相手だと弁えているから勝負をしないだけだ。当然ながらそんな相
手と僕がと飲み比べをして平気な訳がない。
「僕よりも彼女たちの方が適任じゃないかと……」
 と天狗たちに鬼の興味を逸らそうとしたところで、膝の上の魔理沙が立ち上がって叫ん
だ。
「よしっ、その勝負受けて立つぜ!」
「呑み比べだー!!」
「おい、勝手に話を……」
「僭越ながら私が審判を勤めさせていただきますわ」
 気が付くと再び虚空から伸びた手に杯を握らされていた。そしてその奥からは何本もの
一升瓶が……って本当に浮いてるじゃないか!
「だからいいましたでしょう? 浮くほどに幻の大吟醸ですって」
 不思議そうに不吉な笑みを浮かべる紫。その横では既に萃香が酒を注ぎ始めていた。
 僕はそのまま流されるようにして飲み比べに巻き込まれてしまった。
 その間ずっと左袖が引かれていることには気づいていたが、その時はそれほど重要なこ
とだとは思わなかった。

 気が付くと辺りは既に夜の帳が落ちていた。気分が悪いのだと言って一時的に場を抜け
出して来たのだが、僕はこのまま隙を見て家に帰るつもりだった。
 呑み比べの後に起きたことが一瞬頭によぎる。まさか鬼と天狗と月兎が絡むとあんなこ
とになるとは……いや思い出すまい。誰にとっても忘れてしまった方がいいことはあるの
だ。
 結局僕に言えることは、やはり天狗や鬼と宴会などするものではないということだけだ。
 井戸水で顔を洗うと意識が鮮明になった。抜け出すいい訳ではあったが、冷たい水が火
照った顔に気持ちが良いことに変わりはない。
 顔を拭いて振り返ると宴会の様子を一望することが出来た。日は落ちていても篝火や鬼
火、はたまた人魂などの灯りによって視界が保たれている。そこまでして宴会をしたいの
だろうか、などと思いつつもこうして傍目で見る分にはこの喧騒も悪くはないような気も
する。再び甦った記憶がそれを勘違いだと直ぐに撤回させてしまったが。
 さてどうやって抜け出そうか、などと考え始めたところで視界の隅に奇妙な山が存在す
ることに気が付いた。
 神社の一角に大量の人形が積み上げられている。そのどれもがどうやら外の世界で作ら
れたものらしく、幻想郷では見られない材質のものが多かった。しかもそのどれもが壊れ
たり薄汚れたりしているのだから、霊夢が自分の為に集めたとは思えない。
 どうしてこんなものが神社にあるのだろうか。理解できないものは気にしないのが僕の
特技ではあるのだが、好奇心を抑えることが出来るほど器用な性格でもない。
 虎穴に入るような気分ではあったが、僕は抜け出すのを一旦止めて霊夢たちの元へと戻
ることにした。
「ああ、それは人形供養をするのよ」
 べろんべろんに酔った霊夢は紅潮した顔で機嫌良さそうに言う。彼女は酔っている時が
一番機嫌が良いのである。
 外の世界から大量に流れ着いた人形を焚き上げるために集めたということらしい。あん
なごみを集めたような扱いで人形供養もないものだと思うのだが。
 幸いなことに鬼は天狗たちを呑み潰すことにやっきになっており僕には気付いていない。
魔理沙は酒を杯に注ごうとする状態のまま眠っていた。
 これ幸いと再び宴会を抜け出そうとしたところで霊夢に声をかけられた。
「ところで霖之助さん。話があるんだけれど」
「それは長くなりそうかい?」
 ぽやっとした顔の霊夢が小さく頷く。意識はあるようだが焦点があっていない。もう相
当酔いが回っているようだ。
 そういえば今日は宴会が始まってから何度か話しかけられたような気もする。だが付き
合ってあげたいのは山々だが、ここでぼやぼやしているとまた鬼に捕まりかねない。そう
すれば今度こそ意識を失うまで呑まされ続けることだろう。
「まあ一杯」
「……うん」
 杯に酒を注ぐとだらしなく頬を緩ませた。霊夢が持っているのも先ほど僕が使っていた
ような三合は入りそうな大きな杯である。それになみなみと注がれた大吟醸を霊夢は少し
ずつ干していく。
 その隙に僕は一升瓶を握り締めたまま眠りこけている魔理沙を引っ張ってきて霊夢の前
に置いた。
「それでね霖之助さん――」
 前後不覚になるまで呑んでいる霊夢は当然のように入れ替わりに気付かず、魔理沙を僕
だと錯誤したまま話し始めた。
 僕は心の中で霊夢に謝りながら足早に神社を後にした。
 花見に行ったはずなのに桜を見た記憶がないことに気が付いたのは香霖堂に辿り着いて
からだった。

                            *

 宴会から一週間ほど経った日のことだ。
 桜も散り初めそろそろ宴会のペースも落ちようという頃合に僕は無縁塚へと出かけてい
た。これといった収穫もなく手ぶらで帰途に着く途中、ちょっとした発見をした。
 再思の道から魔法の森へと至る途中、草木に半ば埋もれて獣道のような状態になってい
る脇道を見つけたのだ。勿論、だからどうということもない発見ではあるが、僕はその道
がどこへと続いているのか興味を覚えた。
 草を掻き分けながら四半刻も歩いた頃に、唐突に目の前の視界が開けた。そこに広がっ
ていたのは不思議な光景だった。
 小高い岡の上に一本の桜の木が生えている。まだ年若い桜のようでそれほど立派な木と
言う訳でもなく、特別な咲き映えだとか変わった種類だということもない普通の吉野桜で
ある。もしもう少し早くこの場を見つけていたのなら気にせず直ぐに立ち去っていただろ
う。
 しかしこのような小高い岡の上、風を遮るものが全くない場所でこの時期まで散らすこ
となく花を咲き乱れさせているのだ。
 僕はこの一種異様な光景に何故か心惹かれるものを感じた。今年はまともに花見をして
いないということもあったが、誰に見られることもなく一人花を咲かせているこの桜を愛
でたいという思いが芽生えていた。
 僕はすぐに香霖堂に取って返すとあの桜の下で花見をするための準備に取り掛かった。
少しだけ霊夢や魔理沙を呼ぶことも考えたが、彼女たちにあの桜の良さはわからないだろ
う。彼女たちを呼べばこの前のような呑んで騒ぐだけの花見になってしまう、それを危惧
した僕はやはり一人だけで花見をすることに決めた。
 桜の名を冠する酒と桜に関する本をかき集め、例え一日中でもあの桜の下で過ごせるほ
どの品々を用意する。
 準備を整えた僕は意気揚々と桜の元へと向かった。

 そんな僕を迎えたのは紅と白、といっても桜ではなく巫女の方だ。まるで桜を占有する
かのごとく彼女は木の下に陣取っていた。
「……霊夢?」 
「あら、霖之助さんじゃないの」
 まさか先客がいるとは思わなかった僕は思わず持っていた本を取り落としてしまってい
た。霊夢がいるということは他にもだれかがいるのだろうか。そんな不安が僕を襲ったが、
しかし予想に反して辺りに人影は全く存在していない。
「一人かい?」
「そうよ、何か悪いの?」
 霊夢の顔は既にほんのりと紅く染まっており、既に呑んでいるようだ。桜の真下に茣蓙
を引き、ちょこんと座り僕を見上げている。
「いや、霊夢が一人でいる何て珍しいなと思ってさ。それにわざわざこんなところで花見
をすることもないだろう。まだ博麗神社にも花は残っているだろうし……今日もまた宴会
をするんじゃないのかい?」
「何よ、自分だってどうせ花見をしに来たんでしょう?」
「それはそうだが……」
 一人で花見をする気だった僕は思わず語気を荒げてしまった。彼女を少し怒らせてしまっ
たかもしれない。
 決して霊夢を邪魔だと思ったわけではないのだが、目論見を外されてしまったことには
変わりない。自分勝手な都合で霊夢に腹を立てているように聞こえたかもしれない。
 少し反省をしてみたが、いつまでもこのまま立っていてもしょうがない。
 僕は気持ちを切り替えて霊夢と一緒に花見をすることにした。
「済まないが場所を開けてくれるかい。霊夢の言うとおり僕もこの桜を見に来たんだ」
「――いやよ」
 気が付くと霊夢の顔からは笑顔が消えていた。放たれた言葉は冷たく、鋭い。
 もしかしてこの前の花見の時、ぞんざいな態度を取ったことをまだ覚えているのかもし
れない。
 とはいえそれくらいでめげる訳にもいかず、僕はなるべく平静を装ってもう一度口を開
いた。
「よく聞こえなかったみたいだからもう一度言うけど――僕も花見に来たんだ。場所がな
いから隣を空けてくれるかい?」
「だからいやだっていってるでしょ」
 ぷいと横を向く霊夢。どうやら相当怒らせてしまっていたようだ。
 彼女は自分勝手の我侭放題で店の品を勝手に持って行ったりはするが、普段は大らかで
真面目な良い子だ(と思う)。彼女が本気で怒っているところ何て殆どみたことないし、
こうまでわかりやすく拒絶されるのも初めてだった。
 ここは大人の僕の方から頭を下げるべきだろう。
「怒らせてしまったなら謝るよ。頼むから機嫌を直してくれないかい?」
「別に怒ってなんかないわ。無い場所はあけられないってだけよ」
「どうみても二人くらいなら座れそうだけど……」
 そういうと手足をぐっと伸ばして余地をなくしてしまう。全く、これじゃあ本当に子供
の相手をしているみたいじゃないか。
「霊夢……」
「い、や、よ。霖之助さんはそっちの隅の方で花見をしてればいいじゃない。私はこの場
所、木の真下でお花見がしたいのよ」
 霊夢の指し示した方向は木の根が顔を出していてとても座れそうにない。というより、
霊夢が座っている近辺以外に落ち着いて座れそうな場所など初めから無いのだ。
 下手に出ている僕に対してここまで譲らないとは。
 僕もいい加減に霊夢の幼稚な態度に胸が悪くなってきた。先程から荷物を持ったまま棒
立ちしている肉体的な疲労もあったのだろう。
 僕は荷物を地面に置くと霊夢を真正面から見下ろした。
「場所があればいいんだな?」
「何よ、私は譲らないって……あっ」
 霊夢の腕を引っ張って無理矢理起き上がらせて、場所を空けさせてその場に腰を下ろし
た。
「痛いわね、無理矢理どかすなんて――っ!」
 わめく霊夢を今度は僕の膝に座らせた。丁度この前の宴会の時の魔理沙と入れ替わった
かのような形になる。
「これで場所は出来たし位置も変わっていない。問題ないね?」
 とんちのような手ではあるが他に方法はない。これで霊夢が暴れ出したらもう大人しく
帰るしかないだろう。他の妖怪たちなら無理矢理にでも霊夢をどかすのだろうが、僕はそ
ういう荒っぽいことは出来ない性質である。それに僕ではどう足掻いても霊夢に太刀打ち
出来るわけもないという情けない理由もあった。
「何よ、これじゃあ私まるで……」
 霊夢は何やらぶつぶつと呟いてはいたが、嫌がったり暴れたりする素振りはなかった。
膝と胸に感じる霊夢の体温は、お酒が入っている所為か普段より温かに感じる。
 僕の行動に呆れたのか何なのか。この位置では表情が伺えないのでわからないが、とに
かく霊夢の様子は落ち着いたようだ。これで漸く花見が出来る。僕はほっと息をついた。
 霊夢の機嫌を損ねてしまったのは心苦しいが、桜花を愛でながらお酒を飲めば気分も良
くなるだろう。今日持ってきたのは割りといいお酒でもある。味合わずに酔うばっかりの
彼女には勿体無いが、偶にはいいだろう。
 さて僕もそろそろ一杯やろうと荷物に手を伸ばそうとした時、木の根の間に隠れている
白いものに気が付いた。
「これは……?」
 僕の目はそれが何であるかを直ぐに看破した。

「全く、供養するべき品に引きずられるなんて。少し修行が足りないんじゃないかな?」
 僕の膝の上で小さくなっている霊夢に説教をする。
 木の根の下にあったもの、それは紙で作られた人形であった。罫線の引かれた洋紙が人
の形に切り取られており、そこに呪文のようなものが書かれている。どことなく陰陽師の
式に似ていたが、だとするとアレンジのされ過ぎでもう原型を留めてはいない。
 僕の目はこの人形が外の世界で作られたこと、そしてこの人形は人を引き寄せる目的で
作られたお呪いの一種であることを見通していた。
 この前の宴会の時、彼女らしくない強引な誘いを受けたときからどこかに違和感は残っ
ていたのだが、その原因がこのお呪いだというわけだ。
 霊夢はこの人形の呪いの力に引きずられてしまっていたのだ。
 使用法はよくわからなかったが、僕がこの人形を見つけた途端に霊夢が元に戻ったので、
恐らくは引き寄せたい相手に気づかれないように目的の場所に隠しておくのだろう。丑の
刻参りのように呪いというものは人に見られてしまうと効力を失ってしまうものが多い。
今回もその例に漏れなかったということだろう。
 僕はこの呪いの力に引き寄せられたらしい。それならばこのような桜に惹かれたことや、
いつも使わない道を使おうと思ったことなどに説明が付く。とはいえそれほど強い呪いに
も見えないから不思議なことには変わりはないのだが。
 僕の説教に対し反省しているかと思った霊夢だったが、
「なによ、人の話は聞かないくせに説教だけしようっていうの?」
 とどこ吹く風だ。呪いに影響を受けていた時の行動だったとはいえ、やはり等閑に扱っ
たことは根に持っているようだ。
「別に僕がどうこうということで怒っているんじゃない。今回は大したものでなかったか
ら良かったけどね、中には命を落としかねない呪いだってあるんだ。自分の為にも周りの
為にももう少し気をつけないといけないよ」
 この手の呪いは本人にやる気がなければ効果は発揮されないものである。恐らく面白半
分に弄っている内に呪いに取り込まれたのだろう。
「……わかってるわよ」
 表情が見えず口調だけでは反省しているかどうかわからない。もう少しきつく言ってき
ちんと反省を促してやるべきだろうか。
「霊夢」
「わかってるわよっ、元はといえば霖之助さんが鈍感なのが――」
 霊夢が立ち上がりかけた瞬間、颶風が巻き起こり桜の木を強烈に揺らした。本来は既に
散るべき桜だったのだろう。呪いによって咲き誇っていた桜は強風に煽られて散っていっ
た。
 そのまま地面に全ての花びらを撒き散らすかのか、という時に新たな風が起こった。
「あっ……」
「これは……桜花嵐、とでもいうべきか」
 気比神の悪戯なのか、木花咲耶姫命の贈り物なのか。とても偶然だとは言い難い光景が
僕達の目の前に広がっていた。
 空に舞い上げられた桜花が旋風に乗って空間を優美に彩っていた。まるで風の通り道を
桜花が指し示しているかのごとく、また童女が戯れるが如く、桜で出来た嵐が僕たちの目
の前で舞い踊っている。
 これは幻想郷においてさえ幻想的といわざるを得ない奇跡の光景だった。
「わあ……あぁ……」
 霊夢の体重が再び膝の上に戻ってきた。僕は口を開きかけ、そして直ぐにその愚に気が
付いた。この感動を伝えるのだけの言葉を持ち合わせていないし、そもそもそんなこと出
来るはずもないのだ。
 だから、残された方法は一つだけしかない。
 惚けたように宙空を見つめる霊夢の小さな手に僕はそっと掌を重ねる。一瞬弾かれたよ
うに体を震わせた霊夢だったが、気にせずもう片方の掌も重ねた。
 こうして触れ合っていると互いを強く感じる。感動を伝えるのに言葉はいらないのだ。
掌から伝わる体温だけで僕たちは今確実に通じ合っているのである。
 風が凪ぐまでの短い間、僕達はそうやって宙空を見上げていた。

 桜の花びらが残らず風に攫われていった後も僕は直ぐに言葉を発することが出来なかっ
た。感動が抜けきらなかったこともあるが、何から口にして良いものか迷ってしまってい
たのだ。それでも自分にしなくてはならないことがあることだけはわかっていた。
「確かに僕は鈍感だったかもしれない」
「……霖之助さん」
 霊夢は極めて感受性の高い娘だし、また幸運の持ち主でもある。彼女にはこの結果が初
めからわかっていたのかもしれない。わずかなお呪いの力に桜の人を惹き寄せる魔力が合
致し、そこに博麗の巫女が加わったのだ。不思議なことなど何もない。もしかすると本当
に木花咲耶姫命の贈物なのかもしれないのだ。
 この人知れず咲く桜を哀れんで僕たちと言う観客を用意した、というのは流石に考えす
ぎかもしれないが。
 何故霊夢が僕をここに呼んだのか、そもそも本当に霊夢が全てを計算付くでやっていた
のかはわからない。だがあの光景は一人で観るのは勿体無いし、大勢で観るには騒がし過
ぎる。たった一人、感動を伝えられる相手が一人だけいればそれで十分なのだ。
 そしてその相手に僕が選ばれたのはとても光栄なことだと思えた。
 感謝の気持ちを伝えるために霊夢を片手で軽く抱きしめて、残った手で頭を撫でる。さ
らさらとした髪を梳く感触が気持ちよかった。
「霊夢、ありがとう。それから済まなかったね、君の気持ちに気が付かなくて」
 振り向いた霊夢は驚いたように目を見開いて――そしてはにかんだように口元をほころ
ばせた。
「……うん、許してあげる」
 僕たちはその後も花の散った桜の下に座っていた。そうしているだけで脳裏に焼きつい
た光景が再現されるのだ。その感動は繋いだ掌から交感され、増幅される。正に僕達が今
感じているものこそが"仕合せ"というものなのだろう。
 僕は早くも、来年もこの場所に霊夢と共に来ることを夢想し始めていた。









●後書き
確か五作目くらいの作品。
ずっとフラグを折る話ばっかり書いていたのでたまには綺麗な話を書いてみよう、そんな感じで書き出した話だったと思います。
もう少し終盤を膨らませたかったなあと思いつつ、今の筆力では割と限界。霊夢を書くのは難しいです。
posted by sei at 03:16| Comment(4) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
前よりも霊夢が可愛くなってる……
旗折も良いけど、霖之助が普通に少女と心を通い合わせてるのも良いものですねw
Posted by nameless at 2008年09月30日 21:59
修正前より霊夢が更に可愛くなってますね……
旗折りも良いけど、霖之助が普通に少女と心を通い合わせてるのも、勿論大好きですw
Posted by nameless at 2008年09月30日 22:05
二重書き込みしてしまったみたいですね…どうもお目汚し失礼しました
Posted by nameless at 2008年09月30日 22:06
どうもコメント欄が不安定のようで、上手く表示されないことがあるみたいです。これはseesaの問題なのか、設定が悪いのか……。

ともあれコメントありがとうございます。
文章的な間違いだけでなく、抜本的なところから直した作品ですと割りとびくびくしながら直していますので、前作を読んでくれた人のコメントは非常にありがたいです。
特に霊夢は書き方が難しいですから、気に入っていただけたようで幸いです。

それにしても前の作品も読んでくれている方はどれ位いらっしゃるんでしょうかね。
ありがたい反面、昔の作品は文章がアレなんで(今も大して変わらないですけど)少し恥かしかったりしますw
Posted by sei at 2008年10月08日 05:41
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