2008年09月13日

冷たさの先にあるもの

村を排斥された少年は氷精と出会う。

登場キャラ
チルノ 少年
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------










 霧の湖の湖畔に一人少年が佇んでいた。何をするでもなく、ただ茫と湖面を見つめ続け
る。そこに映っている銀髪には血の色が混じり、白い肌のあちこちには痣があった。着物
も襤褸になっており、まるで私刑にあった直後のような様相だった。
 否、事実少年は私刑にあったのだ。その理由はただ"妖怪の血を引いている"というだ
けに過ぎない。だがそれでも小さな集落には重大な意味を持っていたのだろう。
 そのことを納得は出来なくても理解は出来る。その程度には少年は聡い。
 少年を守っていた母親が逸り病で亡くなって直ぐの出来事だった。大の大人に問答無用
でよってたかって殴打された。気を失ったところで集落の外に捨てられたのだろう。気が
付くと村から遠く離れた路傍に横臥していた。
 普通の人間なら死んでもおかしくはなかったが、忌むべき妖怪の血が少年を生きながら
えさせた。
 それからというものの少年はこうして湖畔に立ち、日がな一日何をするわけでもなく過
ごしている。復讐をするわけでもなく、母の死を悼むのでもなく、ただぼけっと湖面を見
つめるだけ。
 人一倍聡い少年は全てを受け入れてしまっていた。世界とはこのような理で進んでいく
のだと。
 だから――何をしても意味などないのだと。
 人と妖怪の混血である少年は、食物を口にしなくても飢えることは無い。精神と肉体の
双方に重大な損傷を被らなければ死ぬことさえ無い。
 このまま動かずにいれば精神と肉体は緩やかに磨耗していくだろう。そうすればきっと、
きっといつの日にか死ぬことが出来る。
 自らの死を拠り所にしながら、少年はいつまでも湖面を見続けていた。

                            *

 雨の日も風の日も少年は微動だにしなかった。霧の湖に生きる生物達も最早彼を意識す
ることはなく、まるで自然物であるかのように振舞っている。例え彼を見つけた人間がい
たとしても、その薄気味悪さから近付く者はいなかった。
 それは少年にとってはとても落ち着いた環境で、このまま死ねるであろうことを感謝す
らしていた。
 しかし不意にそんな静寂を破る声が上げられた。
「ちょっと、ここはあたいの場所だよ、勝手に居座るんじゃないよ」
 少年が湖に来てから初めて聞いた人の言葉。だが少年は全く反応をしない。
 微かに伝わる冷気と湖面に映る像からそれが氷精だと静かに理解しただけだった。
「聞いてるの、そこのあんただよ。あんた」
「…………」
 少年の正面に回りこみ、両手を腰に当てて偉そうに見下ろす氷精。更に冷気は強くなっ
たが少年にとってはどうでもいいことだった。
「きー! このチルノ様を無視しようとは良い度胸じゃないの! あたいにそういう態度
を取るとどうなるか、教えてあげるっ!」
 チルノは氷の刃を精製する。無視を決め込む少年に見えるようにその刃の鋭さをおどろ
おどろしくアピールし、それでも顔を上げない少年に業を煮やしたのだろう。思い切り振
りかぶると刃を少年へと射出する。
「――え!?」
 それに驚いたのはチルノの方だった。少年を掠めるように、避けやすいように投げられ
た刃。元々ただの虚仮脅し。慌てふためく少年の姿を見たかっただけに過ぎないその投擲。
しかし外界に反応を示すことをしない少年のその白い腕を氷刃は易々と切り裂いていった。
 大量の血液が飛び散って、それをチルノの冷気が凍らせる。それはまるで赤い雪のよう
に舞い散った。
「な、何で避けないのよ! 馬鹿じゃないのあんた!」
 未だに出血を続ける少年の腕の表面に慌てて薄い氷の膜を張る。それで漸く出血は止まっ
たが、やはり少年は動かなかった。鮮血に顔を濡らしながら、それでもチルノを見ようと
もしない。
 余りの出来事にチルノは今までの怒りを忘れてしまったのだろう。少年の隣に座り込む
と、少年の腕と顔とを交互に覗き込んだ。その酷い傷跡に顔を歪ませながら、チルノは少
年に問いかける。
「あんた、それ痛くないの?」
 少年は反応しない。
「血が出たんだよ、どばーっって。死んじゃうかもよ?」
 少年は反応しない。
「あたいの凄さがわかったでしょう? 人間なんてイチコロなんだからね!」
 少年は反応しない。
「わー! わー! わー! わああああああああー!」
 どれだけ話しかけても、耳元で力の限り叫んでみても少年が瞳にチルノを映すことはな
かった。
 霧の湖が夕陽で紅く染まるまでその行為は続けられた。捨て台詞を残してチルノが去っ
ていっても少年が動くことはなかった。

                            *

 チルノは飽きっぽい。何をやってもすぐに忘れて、別のことをし始める。唯一続いてい
る遊びといえば蛙を凍らせることくらいで、後はその時々でしたいことをするだけだった。
 そんなチルノだったが、何故か昨日出会った少年のことが頭から離れない。
 あんな変な奴放っておけばいいのよ。そう思い込もうとしても、いつものように蛙を凍
らせることに集中できなかった。
「もうっ、何であんな奴のことが気になるのよ!」
 苛立ちと共に冷気を吐き出すと、何をすべきか理解する。
 ――今日こそあいつを驚かしてやる 
 そう決心したチルノは目の前で氷付けになった蛙を引っつかみ、少年の佇む湖畔へと飛
んで行った。

 昨日と一分も違わぬ姿勢でその場にいた少年を見つけると、チルノは腕を組んで少年を
見下ろした。
「あんた、まだそんなとこにいたの? 子供は早く家に帰りなさいよね!」
 そんな言葉が少年を動かすことはないことは流石に学習済みだ。チルノには少年を驚か
す秘策があったのだ。手に持つその物体、氷漬けの蛙を目の前で解凍してやるのだ。氷の
塊が一瞬で蛙になる様子を想像し、少年の慌てふためく姿が目に浮かんだ。
 確信を持った表情でチルノはゆっくりと少年に近付いていく。そして隣に立つと、
「ほら、これあげるわ」
 少年の目の前に氷塊を放り投げた。放物線を描きながら氷塊は急激に解凍されていく。
狙い違わず少年の目の前で氷塊は蛙へと変貌を遂げた。驚いたかのように体を跳ねさえ、
蛙は少年の顔に張り付いた。
 余りにも思い通りの展開にチルノの我慢は直ぐに限界を迎えた。
「あーはっはっは! 馬鹿みたいよ、あんた! はははっ、あーおかしい!」
 ひとしきり笑ったチルノだったが、少年の反応が返ってきていないことを悟ると、少し
ずつ笑い声を顰めていった。
 そして彼女らしくない大きな溜息を付くと、
「覚えてなさいよ! 明日は絶対に驚かしてやるんだから!」
 少しだけ気になっていた程度の少年の存在。それが何時の間にか、絶対に驚かしてやら
なければならない、というところまでに格上げされている。
 そのことにチルノが気付くことはなかった。

 それからというもののチルノは毎日のように少年の下へと通うようになった。
「あんた、どっから来たのよ? 私? 私は昔からこの湖に住んでるのよ」
 例え返事が無くてもチルノは根気よく少年に喋りかける。
「あたいがどれだけ最強なのか、あんたわかっていないみたいね。あたいったら妖精なの
に妖怪も裸足で逃げ出すくらい最強なのよ?」
 そこら中の蛙を氷付けにしながら、自分の強さを教えたりもした。
「昨日はここで釣りをしてる馬鹿な人間がいたからね、吊り上げる前に凍らせてやったの
よ。あの時の人間の顔ったらなかったわ!」
 まるで妖精同士がするような世間話をすることもあった。
 何時からか驚かしてやろうという意気込みはなくなり、まるで友達と接するかのような
対応に変わっていた。
 朝、昼、夕と少年の顔を見に行く。例え話すことがなかったとしても、反応がなかった
としてもそれだけでチルノは満足するようになっていた。

                            *

 気にしないようにと努めていた氷精の存在も、少年は流石に無視出来なくなってしまっ
ていた。無駄に頑丈な体は何時まで経っても少年を死なせてはくれない。精神が磨耗する
こともなく、少年はそれを氷精の所為だと決め付けた。
 だからその言葉は拒絶の言葉だったはずなのだ。
「どうして、僕なんかに関わるの?」
 その日チルノがやってきて世間話を始めた矢先、それを遮るように少年は口にした。
 棘を含んだその言葉は、単純な妖精なら堪えるだろうと思った。そして予想通り、チル
ノは目と口をまん丸に開いたまま固まってしまう。
 これできっとまたここに静寂が戻る、そう信じて視線を湖面に戻した時だった。
「やっっっったわ! ついに喋ったわ!! 何よ、あんたやれば出来るじゃないの!」
 チルノは立ち上がるとくるくると回りだし、目を回して転んだかと思いきや、そのまま
ごろごろと転がり出す。
「やった、やった、やったわー!」
 そうやって一通り喜びを体一杯に表したかと思ったら、むくりと起き上がって少年の元
へと帰ってきた。
「ほら、また何か喋ってみなさいよ」
 笑顔でぐしぐしと少年の頭を乱暴に撫で付ける。
 先ほどのチルノのように口を開けたまま固まってしまっていた少年だったが、それで漸
く気を取り戻す。撫で付けられる頭がやけに冷く感じたのだ。今まで雨が降っても風が吹
いても何も感じなかったはずなのに。
「おねえちゃんは僕の事が怖くないの?」
「……え? 今、何て言ったの?」
「僕のこと、皆怖がっていたのに……何でおねえちゃんはそんな風なの?」
「お、おねえちゃん……あたいがおねえちゃん……」
 少年の問いをまるで無視して、一人余韻に浸るかのように呆然とするチルノ。
 ただ自分よりかは若干背が高いように感じたからそう呼んだだけなのだが、チルノにとっ
ては別の意味があったのだろうか。
「あ……、そうよ! あた……お、おねえちゃんは最強だから、あんたなんか怖くないの
よ!」
 不思議と顔を紅潮させながら、チルノはいつも通りに偉そうに踏ん反り返る。
 そんなチルノを少年はどうしていいものかわからずただ見上げていた。
 世界とは冷たく、厳しいもの。それが聡い少年が受け入れた理だったはずなのだ。体中
に残る殴打の痕も、銀髪に混じる黒い血痕も、それを完璧に証明しているはずなのだ。
「ま、まあそんな最強なあたいだけど、あんたがそうやってあたいのことを呼びたいなら
呼びなさい。あたいってば最強だから、そんな小さなことで怒ったりはしないわ」
 再び頭をぐりぐりと撫でられる。
 その瞬間、少年の堤防は決壊してしまった。
 わからない、世界は冷たいはずなのに、おねえちゃんの手はこんなにも冷たいのに……。
 ――それなのにどうして心がこんなにも温かいのだろう
 気が付くと次から次へと涙が溢れていく。滂沱として流れていくそれを最早止める術は
なく、少年はただはらはらと泣き続けた。
「えっ!? な、何? どうしたの、あんた! ど、どっか痛いの? 大丈夫よ、あたい
が――おねえちゃんが付いてるから。ほら、泣き止みなさい」
「お、おねえちゃん、おねえちゃん!」
 少年はチルノにしがみつく。動かすまいと決めた体は勝手に動き、何かを握り締めてい
ないと壊れてしまいそうだった。元々自分を壊してやろうとしていたことも忘れ、一心に
チルノの胸にしがみつく。そうやって泣いていると、体は冷えていくが、心は暖まってい
くのだ。
「ああ、ほらもう――あたいの体は冷たいから、そんなにしがみついたら……」
 霜が降りたかのように体中が凍り始めた少年を宥めながら、チルノは少年を引き剥がす。
「おねえちゃん……」
「ああ、そんな顔しないでよもう……。大丈夫よ、おねえちゃんはどこにもいかないから。
ほらっ」
 チルノは霖之助の服の袖を引っ張って彼の掌を覆い隠す。
「……な、なに?」
「なにやってんのよ、ほら。これなら手が繋げるでしょ?」
「え!? あ……うん」
 手を繋ぐ、そんなことさえ考えたことのない少年だ。突き出された掌を眺め、恐る恐る
それに自らの掌を重ねる。
「よし!」
 チルノは楽しそうな笑顔を少年に向けると、一気に地上を飛び立った。
「う、うわあああ! おねえちゃん、空飛んでるよ!」
「そうよ、あたいったら最強だから空も飛べるのよ」
「ど、どこ行くの?」
「わかんない!」
「え!?」
「あたいは最強だからどこにでもいけるんだから! あんたの行きたいところに連れて行っ
てあげるわ!」
 自分の行きたい所、そんなものあるはずもない。あるはずもないのだが――、一つだけ
少年の脳裏に浮かんだ場所があった。
「……おねえちゃんの家に行ってみたい」
 チルノは一つ頷くと、急旋回して進路を変えた。それに驚いて少年はまた叫び声を上げ
るのだが、チルノは笑うだけだった。
 初めて上空から見下ろす地上はとても広かった。ずっと見続けていたはずの湖さえ、ま
るで水溜りでしかないように見えてしまう。
 僕が見ていたものなんて、本当にわずかなものでしかなかったんだ。
「……ありがとう、おねえちゃん」
「んー? 何かいった?」
「ありがとうって言ったんだよ、おねえちゃん!」
 チルノに笑顔を向けると、更に眩しい笑顔が返って来る。そのことが無性に嬉しくて、
少年は握る手の力を少しだけ強くするのだった。

                            *

 無縁塚からの帰り道、大幅に遠回りして霧の湖にまで寄って行くのが彼の習慣になって
いた。
 ずっと湖面を見続けていたその場所に、今は少年の姿はない。代わりにその場に佇んで
いたのは蛙を凍らせて遊んでいる氷精の姿だった。
「やあ久しぶりだね、チルノ姉さん」
 後ろから声をかけるとチルノはそっぽを向いた。いつものことだ。
「あたいには、あたいより背の高い弟なんて居ないよ!」
「はぁ、まだ言ってるのか……仕方ないだろう、妖精と違って人妖は成長するんだから」
 チルノの家で育った少年は成長し、今は森近霖之助という名前を名乗っている。
 彼女の家を出てからと言うものの、会うたびにチルノはこうやって怒っていた。
 家を出た理由は大したものではない。所詮は妖精の家、霖之助がチルノの背を追い越し
たくらいで直ぐに手狭になってしまったというだけのことだ。
 霖之助はそれを必然だと思っていたが、それでもずっと霖之助と一緒に暮らすといって
チルノは聞かなかった。そして無理が生じる前に霖之助は夜逃げも同然に家を出たのだ。
 それから何とかかんとか、人間の里で生きていくだけの術を覚えたのだが、その間はチ
ルノに顔を見せに行く暇もない忙しい日々だった。
 チルノは妖精にしては珍しく、長い間顔を見せなかったことを未だに引きずっている。
 顔を合わせる度に、大きく成長したことを引き合いに出しては怒るのだ。
「あんた最近なまいき! 昔はあんなに小さくて可愛かったのにさ!」
「姉さんは、いつまで経っても小さくて可愛いよ」
「むきーっ! おまえなんか蛙と一緒に冷凍してやる!」
 向きになって迫ってくるチルノをそっと胸に抱きしめる。
「あ、こら。何やってるのよ、あんた!」
「姉さんがいつもこうやって抱いて寝てくれてたんじゃないか。こうされると不思議と落
ち着くんだ。だから姉さんも落ち着くんじゃないかってね」
「あたいの体は冷たいんだから――」
「大丈夫だよ、半妖だから冷気にも強いんだ。それに――この冷たさは気に入っているの
さ」
「そういう問題じゃないってば! あたいは"おねえちゃん"なんだぞー!?」
 腕の中で暴れるチルノを宥めていると幸せを感じる。彼女こそがこの世界の理を体現し
ているのだと実感出来るからだ。
 表面は冷たいのに、中にまで触れると暖かい。だから僕達は生きていけるんだ、と。
 凍傷にかかる寸前まで霖之助はそうやってチルノと戯れる。彼女の暖かさに触れること
が出来るようになる、その瞬間まで。










●後書き
20スレ831さんのプロットを元に書かせて頂きました。
posted by sei at 01:46| Comment(2) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(´-`).。oO(・・・・・・・・ちょっとうるっとしてしまったぜ
Posted by at 2009年08月21日 03:15
最近見つけて、今日読ませていただきました

ほっこりと温かい気持ちになりましたw
チルノ=馬鹿、と言う公式がある意味当然という中、無邪気で、でも温かいチルノがとてもよかったと思います。

Posted by at 2010年11月22日 17:53
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。