2008年08月28日

信じるものは

登場キャラ
紫 霖之助 藍
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 紫は占いを信じていない。勿論正当な卜占を疑っているわけではない。雑誌やテレビな
どに載っているいかがわしいそれらに一喜一憂することがないというだけである。
 幻想郷の外に居を構える紫は、外の世界に干渉することはなかったが、情報を取り入れ
ることは怠らない。その一端が茶の間に据え付けられているテレビだったのだが、意外な
ことに藍がそのテレビの占いが好きなのだ。
 ことある毎に「紫様の今日のラッキーカラーは……」だの「今日は外に出ない方がいい
かもしれませんね」などと言ってくる。恐らくは雑事に忙殺される合間にわずかなりとも
楽しみを見出したい、そんな心理が働いているのだろう。
 藍を働かせっぱなしにしている手前、紫も強くは出られない。多少は鬱陶しくても我慢
することにしていた。

 その朝も紫は藍と共に食卓を囲んでいた。式と一緒に食事と言うのは世間的には奇妙な
風景なのかもしれないが、八雲の名を関する藍は家族も同然だ。そのことを紫は全く気に
していなかったが、朝だけは藍の益体もない会話に付き合わされることが少しだけ億劫だっ
た。
「紫様の今日のラッキーアイテムは携帯音楽プレーヤーだそうですよ」
「あら、そうなの。でもいつも持ち歩いているわ」
 相槌は打つが全く気の無い返事を返すのみ。それを気づいているのかいないのか、藍は
構わず話を続ける。
「ラッキーカラーは紫で、今日は意中の人にお礼を言われるそうですよ」
「……そうだといいわね」
 藍は自分の占いの番になるとTVに集中し始める。そうなって初めて紫は落ち着いて朝
食に専念出来るのだ。
 幾度と無くこの手の占いの真実を告げてやろうかと思ったか知れない。決まってこれら
の占いは、適当に作られた表に色や持ち物が番号で並べ立てられ、賽を振ることでそれら
を誕生月や星座別に割り振っているに過ぎない。当然そんなものを占いなどと呼べるはず
もない。
 しかし目を輝かせて占いに集中し、その結果に一喜一憂する藍の姿を見て何とか思い留
まっている。
 仕事量を減らせばもう少し生産的な趣味を覚えるかしら、などと出来もしない想像に耽っ
ては、紫は溜息を付くのだった。

                            *

 カウベルを鳴らし紫は香霖堂に入っていく――というのは正確ではない。
 実際は“店内からカウベルを鳴らしている”のだ。隙間妖怪である紫にとっては扉など
あってないも同然。ただ店主に来客だと知らせるためだけの儀礼的な習慣に過ぎない。
「いらっしゃるかしら?」
 しかしその気遣いも今は無用のものだったようだ。店内に人の気配はなく、薄暗い店内
に声が虚しく吸い込まれていくだけだった。
 珍しいことに店主である森近霖之助は出かけているらしい。
 約束をして来ている訳ではないので文句は言えない。それでも月に一度の支払いの時期
は大体月末に集中しているので、それを考慮してくれないことに少しだけ腹立たしさを募
らせた。
 一つ嘆息をして、紫は手近な長椅子に腰をかける。割と座り心地は良く、今日はこれを
代金として持って帰ってもいいかもしれない。そんなことを思いながら霖之助を待つ。
 始めは直ぐに帰ってくるだろうと高を括っていたが、四半刻経っても帰ってくる様子は
無い。客の訪れもなく、香霖堂はまるで墓所のような静謐さに包まれていた。
 出直そうかとも思ったが、何となく意地になって紫は待ち続ける。携帯音楽プレーヤー
から流れる音楽に耳を傾け、座り心地の良い椅子に体を預ける。お茶が出ないことが不満
だったが、それでも居心地は良いものだった。
 こういう時間も悪くない。紫はそんなことを思っていた。

 そんな風にしていたから、肩を叩かれた時に驚いて体を跳ねさせなかったことを自画自
賛したとしても無理は無い。
 心音を高鳴らせながら、それでも慌てず騒がずゆっくりと振り返る。当然のごとく、そ
こにいたのは呆れ顔をした霖之助の姿だった。
「――――!」
 当然のことだが霖之助が何をいっているのかはわからない。しかしながら慌ててイヤホ
ンを引っこ抜いて謝辞を述べる等と言う真似を紫が出来ようはずもない。あくまでゆった
りとイヤホンを取り外し、髪さえ優雅にかき上げて見せる。
 それらの所作が更に霖之助に苛立ちを与えたようだが、仕方が無い。それが紫の生き方
だからだ。
 ふと朝の藍とのやり取りが脳裏に甦る。何がラッキーアイテムよ、といい加減な占いに
対する姿勢は更に一段階厳しいものへと変わった。
「遅かったわね、霖之助さん。待ちくたびれたわ」
 霖之助は何事かを言おうとしたのか、数度口を開閉し、そして言葉を発することを諦め
たように小さく息を付いた。
「ああ、もう君には何も言うまい。それで今日は何の用かな」
「あら酷い。お忘れかしら、月末はいつも伺っていますでしょう?」
 霖之助はばつが悪そうに顔を歪めた。一応その程度の自覚はあったらしい。
「いや、忘れていたわけではないんだよ。それに君はいつも勝手に物を持っていっている
だろう?」
「いやだわ、勝手に商品を持っていくなと言ったのは霖之助さんでしょう?」
 少し虐めてやると霖之助は途端に慌てふためき出す。そんな様子を少しだけ可愛らしい
などと思ったが、やりすぎると嫌われてしまう。程々にしないといけない。
「……ところでさっきから気になっていたのだが耳につけていたそれは何だい?」
「気になりますか?」
 停止ボタンを押し忘れたイヤホンからは僅かに音が漏れていた。懐から携帯音楽プレー
ヤーを取り出すと霖之助の口が「あ」という風に開かれた。
 手に入れた経緯を考えるとうかつなことをしたとも思ったが、霖之助は諦めたかのよう
にまた小さく溜息を付いていた。
「この機械はこうやって音楽を聴くことが出来るんですよ」
 紫は空惚けながらイヤホンを片方だけ耳に入れてみせる。残りを霖之助へと掲げて見せ
たのでそこから音が漏れていることがよくわかったはずだ。
 片方だけというのは大した意味があった訳ではない。霖之助の声が聞こえるように、説
明をしやすいようにとただそれだけだった。しかし、霖之助はそうは思わなかったようだ。
 霖之助は徐に紫の隣へと腰をかける。余りにもその動作は自然すぎて全く違和感を覚え
なかったくらいだ。
「え、あの、霖之助さん?」
 紫の手のイヤホンを掠め取り霖之助はそれを自らの耳に当てると目を大きく見開いた。
「これは……第九じゃないか」
 第九は日本に伝わった時期と幻想郷に伝わった時期に殆ど差が無い珍しい音楽だ。百年
ほど前に幻想入りしてきたドイツ人によって幻想郷に齎された。外の世界、日本に第九が
伝わったのは一次大戦の際にドイツ兵捕虜によるもので、当然幻想郷に入ってきたのも同
じ経緯になる。
 外の世界では文化レベルで根付いている曲でも、幻想郷では違っている。楽器は元より
クラシック音楽に対する造詣の深い者がいなかった為に、その代限りで終わってしまった
のだ。だから今でもそれを覚えているのは年配の人間と妖怪だけになってしまっている。
「懐かしいな、今になってこれを聞くことが出来るとは……」
 霖之助もまたその当事を覚えている一人なのだろう。両目を瞑り、背もたれに体重を預
け、過去の世界へと意識を飛ばしてしまっているようだった。
 だが紫にはそれどころではない。イヤホンを無理に二人で共有しているため、まるで恋
人同士が肩を寄せ合っているかのような状態になっていた。
「あっ……」
 無意識だろうが霖之助が更に紫を引っ張った。つられて紫は更に霖之助の距離を縮めて
しまう。今では霖之助の肩に紫が頭を乗せているというどうみても恋人にしか見えない状
況になってしまっていた。
 呼びかけようが引っ張ろうが霖之助が気付く様子は無い。完全に自分の世界に没入して
しまっていた。
 霖之助の体温と息遣いを感じながら、紫はこのままの状態でいるしかないことを漸く諦
めと共に悟った。
 これは喜んで良いのだろうか。それとも全く意識されないことを悲しめばいいのか。そ
んなことを思っては見るも詮無いことだろう。何にせよ考える時間はたっぷりとある。ま
だ第一楽章が始まったばかり。これから半刻はたっぷりと霖之助に付き合わされることに
なるのだから。

                            *

 紫と藍の朝の風景は変わらない。一から十まで全てを藍が用意して、紫は茫とそれを眺
めているだけだ。
 いつも通りの時間に準備が終わり、いつも通りに朝食が始まる。
「藍、今日の運勢はどうかしら?」
「あれ、紫様からそういうことを聞かれるなんて珍しいですね。こういうのに興味がない
と思っていましたが」
「勿論、興味何てないわよ。ただ……」
「ただ、なんですか?」
「生活に潤いを作る切欠程度にはなるでしょう?」
「それは、まあそうですけど……」
 どこか不審そうな顔で紫を見つめる藍。それを気にせず紫は占いを注視する。
 益体もなく徒為で無意義な占いとは名ばかりの賽子遊びに等しい児戯。例えそのような
下らないものだとしても、またあのはにかんだ笑顔が見られるのだとしたら、彼の口から
「ありがとう」という言葉が聞けるのだとしたら――少しばかりは信じてやってもいいの
かもしれない。
「あ、今日は私の運勢が良いらしいです。なになに、アンティークが運気をもたらしてく
れる……?」
 藍の言葉を聞き流しながら、紫は毎朝の心労が減り僅かな楽しみを見出せたことを喜ん
でいた。









●後書き
唯一幻想郷の外へと干渉できる妖怪でありながら、そこまで詳しそうにも思えない。また無限に燃料を持ちながら、携帯音楽プレイヤーや旧式のゲーム機を持っていく。モンロー主義を貫いているようで、その実干渉に限界があるのではと。そしてそれこそが幻想郷と八雲紫の謎の根幹に繋がるのでは、などと妄想している間に思いついた話です。

はい、全く内容に関係ありませんね。

求聞史記によれば橙は普段妖怪の山に住んでいるということと、低級な? 妖怪に外の世界に関わることを見せたりはしないだろうと思ったので橙はいないという設定にしてみました。苗字も付いてないですしね。
実際のところどうなんでしょうね、二次設定に毒されすぎて最近は原作設定を忘れがちです。霖之助と絡ませると乙女になってしまうのも、これも(香霖堂界隈だけですが)二次設定ですし。
乙女でないゆかりんと霖之助の絡みを真面目に書ける日が来るといいんですが。
posted by sei at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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