2008年08月11日

恋の色は嘘の色

霖之助に呼び出された魔理沙。彼が取り出した物とは……。

登場キャラ
霖之助 魔理沙 アリス 霊夢
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 窓から入る風が緩やかに風鈴を鳴らす。汗ばんだ体を冷やしてくれる涼風に、僕は思わ
ず大きく息を吐いた。
 彼方此方に散らばった道具を片付けると、改めて出来栄えを確認する。
 うん、悪くは無い。元々大したものではないから出来が悪くなるはずもないのだが、染
色から裁縫まで全て自身の手によるものなのだ。気にならないはずがない。
 客の注文に合わせることが道具屋としての最低限のルールなのだが、今回は僕が勝手に
作ったものだ。果たしてあいつがこれを気に入るだろうか。いや、気に入って貰わなくて
は困るのだが……。
 そろそろ日も沈みかけている。約束の時間までもう幾許もないだろう。
 道具を作成して落ち着かない気分になるなんて初めてだ。気持ちを抑える為にお茶を煎
れる。このお茶が冷めるまでにあいつが来れば良いんだが。
 ふと見上げた空は茜色。窓に切り取られた景色には、山の稜線に沈んでいく夕日に向かっ
て鴉が飛んでいく姿が映っていた。

                            *

「邪魔するぜ」
 いつものように扉を開くとカウベルが五月蝿いくらいに鳴り響いた。
 居間まで歩いていくとそこには仏頂面で座っている男が一人。相変わらず商売っ気の欠
片も感じさせない男だ。
 ただ今日は香霖にしては珍しく本を広げていない。私をわざわざ呼びつけたのだから、
何か用事があることは間違いないのだろうが。
「やあ、よく来たね魔理沙」
「ああ、この暑い中出てきてやったんだ。好きなだけ感謝するといいぜ」
 憎まれ口を叩きながらすぐ傍の壷に腰掛ける。うん、やっぱりここが一番座り心地が良
いな。
「そのお茶貰って良いか?」
「ああ、って答える前に口を付けるなよ。行儀が悪いぞ」
 程よく温くなったお茶が乾いた喉を潤していく。一瞬で中身を飲み干してしまった。
 湯飲みが二つ置いてあったから来客でもあったのかと思ったが、どうも二つとも手が付
けられていないようだ。香霖側の湯飲みを取ったから別に飲みかけだろうが問題はなかっ
たのだが、態々二人分のお茶を冷ましていたらしい。相変わらず変なところにだけ気が利
く奴だ。
 中身のなくなった湯飲みを置くと、香霖は私を見て苦笑していた。
「さて、用事ってのは何なんだ? 私は暇だが忙しいんだ。わざわざ呼び出すほどのもの
なのか?」
「魔理沙はいつも暇だろう。今日だって朝方はここにいたじゃないか」
「朝は朝、今は今だぜ。士別れて三日なれば刮目して相待すべし、だぜ」
「まだ半日も経っていないよ。全く、魔理沙と話していると先に進まないな。端的に言う
とだね、用事というのはこれのことだ」
 そういって香霖が取り出したのは一枚の浴衣だった。薄紅色に染め上げた生地にわずか
に桜花が散らされている。シンプルながら非常に可愛らしい浴衣だ。
 これは私には似合いそうに無いな。それが正直な感想だった。
「これがどうしたんだ? おお、そうか配達か何かか? そういえば今日は夏祭りの日だ
ったか。どこに届ければいいんだ?」
「待て待て。そう先走るんじゃない。魔理沙はもう少し落ち着きを持つべきだね」
 それを言うなら香霖は物事をわかりやすく説明するべきだぜ、と言おうと思ったが止め
ておいた。どうせ説教が長くなるだけだしな。
「じゃあ何だって言うんだ? もう降参だ。正解を教えて欲しいぜ」
「というか何でわからないのか、こっちが聞きたいくらいだよ。この浴衣は君の物だよ、
魔理沙」
「……何だって?」
 相変わらず香霖の説明はわかりにくい。この浴衣が私の物、だと?
「良い機会だからこれを着て霊夢とでも夏祭りに行くと良い。どうせ暇なんだろう?」
「さっきから言ってるだろう? 私は忙しいんだって。暇を満喫するのに大忙しだぜ」
 香霖の魂胆がわかってしまった。相変わらず回りくどい奴だ。
 私は家を出て以来、里とは疎遠になってしまっている。その距離を祭りにかこつけて縮
めてやろうってことなんだろう。
 別に私はそんなこと気にしていないし、変な気を使わなくたっていいんだがな。
「暇ならいいじゃないか。霊夢と回れば退屈だけはしないだろうさ」
 あくまで私を行かせようってのか。親切だって押付けられたらいい気はしないもんだぜ?
 香霖の態度に悪戯心が湧いた私は、無理難題を押付けてやることにした。
「そうまで言うなら行ってやっても良いが……一つ条件がある」
「条件だって? 祭りに行くってだけで何を言い出すんだ」
 呆れ顔の香霖。そうそう、私に何かを強いるのは大変なんだ。もう長い付き合いだから
わかっててもいい頃合なんだがな。
「霊夢と回っても面白いことなんか何にもないぜ。だから……香霖と一緒なら行ってやっ
てもいいぜ?」
 自分だって里とは疎遠なんだ。こうやって言えばこいつも引き下がるだろう。
 私はそう楽観していたのだが、
「何だ。そんなことでいいのか。じゃあ僕も直ぐに用意するよ、魔理沙も着替えると良い。
そっちの部屋に姿見があるから、自分で着付けられるな?」
 香霖の口から出た言葉は予想外のものだった。

                            *

 からん、ころん。からん、ころん。
 下駄の音を二組鳴らして私と香霖は里への道を歩いていた。普段履き慣れない物だと妙
に足元が覚束ない。そして着慣れない色合いの浴衣を着ていると、どうにも自分が自分で
なくなってしまった錯覚に陥ってしまう。もう何年も黒と白以外の服は着ていないのだ。
 他にも変化はいくつかある。
 浴衣の時は髪を上げたほうが良い、香霖にそう言われて髪を結っている。面倒なので結っ
たまま垂らしているだけだが。それに下駄を履いているのもそうだ。本当にこいつは細か
いことが好きな奴だな。
 当の本人はというと、私の不満顔なんか気にしていないといった風情で少し前を飄々と
歩いている。香霖も私と同じく浴衣を着ているのだが、
「やっぱりその浴衣はどうかと思うぜ。趣味を疑われるんじゃないのか?」
「そうかい? 僕は気に入ってるよ」
 前を歩く香霖は振り返りもせずに言う。暗闇に溶け込むようなその浴衣は、レミリアも
真っ青な見事なまでの蝙蝠柄だった。
 こいつなりの諧謔何だろうが、自分から主張することでもないだろうにな。
「やっぱり趣味が悪いぜ。そんなに悪目立ちする奴とは歩きたくないな」
 里が近づくにつれ段々と腰が引けてきた。遠目にも人込みが見えている。やはり、余り
近づきたい場所ではない。
 そんな私に香霖は一つ溜息を付いた。
「そうやって離れて歩いているから余計に目立つんだ。こうすれば……」
「――あっ」
 香霖の手が私の手に触れる。一つ心臓が高鳴った。
 夏祭りの日に手を繋いで歩く男女。これではまるで――
「親子、と言うほど年は離れて見えないしな。うん、仲の良い兄妹ってところだろう。こ
うやって堂々としていれば大して目立つことなんてないさ。それ以上は自意識過剰って奴
だよ」
「……あ、ああ。そうだな……」
 若干の落胆が心に影を差したが、それでも少し体温が上がったような気がする。
 こいつはいつも唐突なんだ。私の気持ちを考えやしないで。
「どうした? 早く行かないと祭りが始まってしまうよ」
「ああ、わかってるぜ」
 香霖の手を握りなおし、私は歩みを進める。
 もうどうにでもなれ。私はそんな半ば投げやりな気持ちでいた。こうなったらこいつは
梃子でも動かないだろう。尻が重いくせに動き出したら止まらないんだ。
 こうなったら後は神頼みだ。知っている奴にさえ会わなければそれでいい。
 それに――私はもう少しだけこの手の感触を感じていたかったのだ。
 どうせ私のことは何とも思っちゃいないだろうが、少しくらい夢を見たって良いだろう。
それくらいの役得がなければ割に合わないからな。

                            *

 昔と変わらず夏祭りは盛況だった。どこにこれだけの人がいたのだろう、等と思ってし
まう程の人込みだ。気を抜いたら直ぐにはぐれてしまい、今日の内には二度と再会出来な
くなるだろう。
「それにしても詰まらない祭りだぜ。御輿を担ぐわけでもなく、山車が練り歩くわけでも
ない。あるのは辻店、盆踊りってな」
 それは特に意味のない独り言だったのだが、
「それはそうだ。御輿というのは神幸と書いて、神の行幸を表す言葉なんだ。本来ならば
御輿に神霊を移して、神様と共に人々は御旅所を目指して歩いて回るのさ。御輿とは言わ
ば移動式の神社のようなものだ」
「なるほど、あれは神様を輿に乗せて街を練り歩くものだったのか。何時の時代も偉そう
な奴がすることは変わらないってことか」
 私の台詞に香霖はあからさまに嫌そうな顔をする。はいはい、真面目にご高説に耳を傾
けろってことだろ。
「神様の、延いてはその神威のお披露目が元々の目的なんだ。その中で人々は神を感じ取
り、一体となる。そういう神聖な儀式だったのさ。今の博麗神社の様子では、そんな行事
は無理だろうね」
「だったら山車くらいあってもいいんじゃないか? そっちはどうなんだ」
「山車も同じさ。神社から出す出し物だから山車で、あれは御輿をより大きくしたものだ
と思えば良い。元々は神聖な山を模したもので、神の依代としての機能を持っていたんだ。
現在では御輿との違いは形や大きさくらいしかなくなってしまったけどね。どちらにせよ
博麗神社が信仰を取り戻す日まではお預けだろう」
「まるで見たことがあるような物言いだな」
「さあ、どうだろうね。真実が知りたければ霊夢を手伝って信仰を取り戻してみたらどう
だい?」
「冗談だろ? あんな奴に付き合ったって信仰心が戻る訳ないな。それより神奈子や諏訪
子を焚き付けた方が手っ取り早いぜ。あいつら信仰のためならどんなことだってやりかね
ないからな」
「ほう……それは考えていなかったな。割と面白い考えかもしれないね」
 人いきれの中を憎まれ口を叩きながら歩く。そうやって気を張っていないと人込みに溺
れてしまいそうになるからだ。
 既に街中は混雑を極めており、人と人とがすれ違って歩くことさえ出来やしない。私は
香霖の腕にしがみつくようにして、濁流に流されないようにするだけで精一杯だった。
「魔理沙、あそこにいるのは君の知り合いの魔法使いじゃないか?」
「ああ……? 何だアリスか。そういえばあいつは毎年夏祭りに来てるんだったっけ」
 道端に座り込み、道行く人々に人形芸を披露している金髪の少女。七色の人形遣いこと
アリス・マーガトロイドだ。
 相変わらずどうやって動かしているのかわからない。大量の人形がそれぞれ意思をって
いるかのようにばらばらに動いている。芸の内容は寸劇仕立てになっているらしく、それ
ぞれ衣装を変えた上海人形が生き生きと飛び回っていた。
「見事な物だね。噂には聞いていたが、これほどの腕前だとは」
「っていっても誰も見ていないがな」
 アリスは客の反応を見たりはしない。ただ淡々とその腕前を披露するのみだ。そんなこ
とではいくら芸が凄かろうと、客は見向きもしないだろう。それに祭りのたびにやってい
るらしいから、飽きも来ているんだろうし。
 香霖は興味深そうに眺めていたが、私は正直退屈だった。人の流れから避難出来たこと
は有り難かったが。
 やがてその素晴らしい技巧による退屈な人形劇も終わりを告げた。まばらにいた客も姿
を消していく。香霖の拍手だけが乾いて響いたが、それも直ぐに祭りの喧騒に消えていっ
た。
 アリスは大きく息を付くと顔を上げた。彼女の視線が私と交錯する。次の瞬間、驚いた
ように彼女は大きく目を見開いた。
「なっ……! 何よ、魔理沙じゃない。珍しいわね、あんたが祭りに顔を出すなんて」
「お前はもう少し客の反応を見るべきだな。いくら凄いと言っても一方通行の芸は見世物
じゃなくて只の押し付けだぜ」
「いや、そうとも言えないんじゃないかな。ここまで来ると職人芸の範疇だと言って良い。
それならば客に阿らないという姿勢にも頷ける。見たい者だけが見ればいいのさ。いや、
素晴らしい芸だったよ」
 そこで初めて香霖の存在に気が付いたのか、アリスは再び目を丸くした。
「あ、貴方は……?」
 アリスの視線は私の腕に集中していた。そういえばまだ手を組んだままだったな。
「ああ、こいつは私の恋人の香霖だ。今日は夏祭りだからデートに来たんだぜ」
「な、何ですって!?」
「こらこら、人を食ったことばかり言うんじゃない。魔理沙が一人じゃ祭りにも行けない
何て可愛いことを言い出すから、保護者として同伴してやっているだけだよ」
 アリスは暫く混乱していたようだが、
「ああ、……ええと。アリス・マーガトロイドです」
「森近霖之助だ。香霖堂という道具屋を魔法の森の入り口に構えている。何か入用なら是
非立ち寄ってくれ。ご期待に添える品揃えを保障するよ」
 軽く握手をする二人。私が香霖の右腕を取っている所為で、左手同士という奇妙な握手
だ。決闘でもする気か、こいつらは。
「じゃあ私たちはそろそろ行くぜ。お前はまだ人形劇を続けるのか?」
「そろそろ店じまいにしようと思っていたんだけどね。魔理沙の言う通り余り客もいない
ことだし」
 じと目のアリスから視線を外し、口笛を吹く。客がいないのを私の所為にされても困る。
「そうかい、だったらまた後で立ち寄るよ。魔理沙も女の子同士で回ったほうが楽しいだ
ろうからね」
「そ、そうかしら? じゃあ四半刻くらい経ったらまた来て頂戴。それまでには片付けて
おくから」
 妙に嬉しそうな顔をしているアリスを残してその場を去る。
 全く、香霖の奴も勝手な約束をしてくれたものだ。あいつといると長くなりそうだから
嫌なんだがな。それもこいつの策略なのかもしれない。ああ、早く帰りたいぜ。

 飴細工屋を冷やかしたり、安酒を飲んで気分を誤魔化したりして祭りの喧騒の中を歩く。
 香霖はいつも通りの仏頂面だし、腹の内も見えてしまっている。一緒に歩いていても余
り楽しくはなかった。心の熱も冷め始め、私はどうやって抜け出そうかということばかり
考えていた。
 それがいけなかったのだろう。
「あっ……」
 人込みに足を取られ、体勢を崩してしまう。転等こそはしなかったが、
「大丈夫かい、魔理沙?」
「私は大丈夫だが……下駄がな」
 見事に鼻緒が切れていた。もしかしたら鼻緒が切れた所為で転びそうになったのかもし
れないが、どちらにせよ縁起の良いものではない。この先の私の命運を示しているかのよ
うだ。
「ははっ、これじゃもう駄目だな。神様も私に大人しく家に帰れって言っているようだぜ」
「何、こんなものは直ぐに直せるよ。だが、もう少し落ち着ける場所に行かないと」
 立ち止まっている私達を迷惑そうな顔で睨んで通り過ぎていく人々。確かにここで立ち
んぼするのは愚策だろう。
「ほら、魔理沙」
 香霖が私に背中を向ける。それは私にどうしろと言うんだ。
「そんなことしなくて良いぜ、ちょっと歩くだけだろ」
「こんな人ごみで片足歩きをしようってのかい? 次に転ぶ時は地面が顔を熱烈に歓迎し
てくれそうだな」
 確かに立っているだけでも少し辛い。そういわれると何も言い返せなかった。
 香霖の広い背中にそっと抱きつくと、少しだけ昔のことを思い出した。
 視点がいつもより高くなり、周りがよく見えるようになる。
 うう、やっぱり見られているぜ。
 真っ黒な辺幅柄の浴衣姿の男。その背には目にも鮮やかな桜色の浴衣を着込んだ私。目
立たないはずがないだろう、くそ。
「お、おいっ。魔理沙、首が苦しいよ」
 顔が周りから見えないように香霖の背中に押付けるようにして隠していたものだから、
勢い余って首を絞めてしまったらしい。
 だが私は香霖の言葉を無視してやる。これくらいの罰は受けたっていいはずだ。

                            *

 里外れまで辿り着く。祭りの喧騒も流石にここまでは響いてこない。微かに聞こえる太
鼓の音だけが物寂しさを湛えて耳に残った。
 私は丁度良い岩に腰をかけ、香霖は足元で下駄の鼻緒を直している。こんな日にまで道
具を持ち歩いているとは、いやこんな日だから持ち歩いているのか。何にしても変な奴だ
ということには変わりない。
 どうして今日はこんな日になってしまったんだろうな。私は一つ、大きな溜息を付く。
 本当ならばいつも通りに家で魔法の研究をしていたはずだ。だというのに里外れでぼん
やりと祭りの喧騒を眺めている。一緒にいる男は私のことなんて考えていない慳貪で趣味
の悪い古道具屋と来たもんだ。
 そんな私の様子をどう解釈したのか、香霖は顔を上げると、
「魔理沙は里に戻りたくないのかい?」
 霖之助の視線が私を射抜く。相変わらず何を考えているのかわからない目だった。
「……当然だろ。何度も言うことじゃないと思うがな」
 一つ息を付くと香霖は私の隣に腰掛けた。見ると既に下駄は元通りに修復されていた。
「そうかい。僕には君が寂しそうに見えたんだが、どうやら気のせいだったようだ。こう
いったハレの日なら素直になるだろうと思って気を回してみたんだが、慣れないことはす
るもんじゃないな」
「やっぱりな。香霖にしては詰まらないことを考えたものだぜ」
 寂しい、という言葉には敢えて触れなかった。
 私は一人で生きていくことには何の疑問も覚えていない。それはそうだ。だって人間は
一人で生まれて一人で死んでいくものだ。そこには誰にも異論を差し挟むことは出来やし
ないだろう。
 だけどどうしても、人の中で一人ということを意識してしまうと、それは寂しくないと
言えば嘘になってしまう。
 別に祭りに混じりたいわけなんかじゃない。ただ折角香霖と一緒に祭りを歩いていると
いうのに――私のことを全く見ていないことがわかってしまう。
 ただそれだけが寂しかった。
「まあでも祭りも悪くはないだろう? 日常を越えて生み出される異界、それこそが祭り
の本義だ。嫌でも気分は転換されるんだからね」
 落ち込んだ雰囲気を誤魔化すように霖之助は言葉を接いだ。
 だが敢えて私はこの雰囲気に乗っかってやろうと思った。香霖の言葉が喉に刺さった小
骨のように私の心に蟠っていたのだ。
「私はそんなに寂しそうに見えるのか?」
「え、いや……どうかな。僕は何となくだね……」
「見えるのか?」
「ああ、うん。そうだな、そう見えたからこそ僕は……」
「だったら一つ頼みがあるんだ」
 どうもはっきりしない香霖を遮って口にする。
 祭りが日常から離れたところにあるというなら、だったら普段と違うことをしてもいいっ
てことだろう。
「一夏の思い出って奴が欲しいんだ。思い出があればきっと寂しくなくなるだろう?」
 私の言葉に霖之助は一瞬きょとんとした表情を見せる。
「別に僕は構わないが……。君がそれで納得するのならばね」
 あくまで返事は軽い。
 ああ、やっぱり香霖は私のことなんて何とも思っていないのか。
 落胆が私を襲うが、それでも一度始めたことは止められなかった。けじめは自分の手で
付けなければならない。我ながら厄介な性分だな。
 私は苦笑しながら香霖の頬に手を当てる。それを首の後ろに伸ばして、少しづつ彼の頭
を傾けていった。少しづつ二人の距離が縮まっていく。それは尺から寸へと変わり、その
距離が零へと移り変わろうとし――
「あっ、霖之助さんやっと見つけた! 探したわよ、もう。ってあれ、魔理沙。あんた何
やってるのよ」
「なななななっ、なんでもないぜ! 下駄の鼻緒が切れたから直してもらってただけだ!」
 空から降ってきた紅白の巫女、霊夢に邪魔されて二人の距離は元に戻ってしまう。
「アリスが怒っていたわよ、いつまで経っても迎えに来ないって」
「ああ、態々探しに来てくれたのか。悪いね霊夢。流石にこの人込みで息切れしてしまっ
てね。下駄のこともあったし少し休憩していたんだよ」
 香霖は私と違って全く動揺の色を窺わせない。それは私との距離を端的に表すもので、
胸に微かな痛みが走った。
「まあ、いいわ。珍しく魔理沙が祭りに来たんだから皆で回りましょ?」
「そうだね、いつまでもアリスを待たせて置くわけにもいかないし」
「ああ、そうだな……」
「……? 何か魔理沙の様子が変ね。拾い食いでもしたのかしら」
「香霖じゃないんだからな。私がそんなことするわけないだろ」
 気のせいだったかしら、そう言って霊夢はまた飛んでいった。
「さあ、僕達も行こうか?」
 香霖は私に手を伸ばしてきたが、私はその手を掴む気にはなれなかった。

                            *

 からん、ころん。からん、ころん。
 満天の星空の下、二組の下駄の音を鳴らし私達は帰途に付いていた。 
 あれから四人で祭りを回った。香霖の浴衣の趣味の悪さを三人で笑い、霊夢とアリスは
珍しく私の浴衣姿を誉めていた。その浴衣を目の前の趣味の悪い男が仕立てた、と聞いた
時のアリスの表情は中々忘れられるものじゃない。
 そんな風に無理をしてはしゃいで見せたら直ぐに時間は過ぎ去った。
 深夜を回ると流石に疲れも出てくる。祭りはまだ続いていたが、私達はもう帰ることに
した。元々里との関係の薄い私達だ。無理に朝まで付き合うことはしない。
 霊夢は一人神社に飛んで行き、アリスは里の人間に挨拶をしてから帰ると言った。妖怪
の癖に妙に律儀なところがある奴だ。
 残された私達はこうして二人、夜道を歩いていた。行きと同じく、少し先を歩く香霖の
背中を追いかけるようにして。ただ先ほどとは違い、心の距離が遠く離れてしまったこと
を象徴するかのように香霖との距離は離れてしまっていた。
 会話もなく、ただ歩き続けるだけ。沈黙が肩に重く圧し掛かる。どれだけの時間、そん
な風に歩いていたのか。気が付くと香霖堂が見えて来ていた。
「今日は悪かったね。僕の都合で振り回してしまったみたいで。疲れているようだから早
く着替えて帰ると良い」
 気遣いの言葉すら『早く帰れ』という意味に取れてしまう。
 私はまだ帰りたくなかった。だってこのままじゃ明日からどんな顔で会えばいいのかわ
からなくなってしまう。
 だが、私はどんな言葉を香霖にかければいいのか見当も付かないのだ。何も考えずただ
店の前で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
 そうやっていつまでもぐずぐずしていると、いつの間にか香霖の姿は影も形もなくなっ
ていた。
 思わず乾いた笑いを漏らしてしまう。
 そうだよな。こんな女、嫌だよな。
 自己嫌悪に涙が滲んでいく。
「魔理沙ー? 何時まで外に立っている気だい? 早く入って来なさい。夜風は体に良く
ないからね」
 店内から響く声に促されて体が緩やかに動き出す。未だ灯りの点されていない店内は薄
暗く危なっかしかったが、表情を見られないことが有りがたかった。
 脱いだ服が置いてある居間にまで行くと、そこに香霖は立っていた。私が部屋に入った
ところで背中を向けたまま口を開く。
「さっき魔理沙は思い出が欲しいって言ってたね」
「……ああ」
「思い出というのは形じゃないと真しやかに世間では囁かれている。だが実際の所、形の
ない思い出何て儚いものだよ」
「…………」
 沈黙を返すしかない私を気にせず、直ぐに香霖は言の葉を接ぐ。
「思いとは不定形なものだからね、その時々の気分によって様々な切り口を見せてくる。
そうしていつの間にか変質してしまい、最後には元の形なんて思い出せなくなる。そこで
思い出と現実は断絶してしまう」
 それはまるで私の妄動を諌めているかのような口振りだった。
 こんなことを聞かされるくらいなら直ぐに家に帰れば良かった。好きな男にこんな説教
を聞かされるほど惨めなことがあるだろうか。
 私は俯いたまま両の拳を強く握る。涙が流れないようにするだけで精一杯だった。
 だから、香霖が近づいてきたことに直ぐに気が付かなかった。
「思い出が変質することは避けられない、それが人間なら尚更ね。だが、変質してしまっ
た思い出も、物として残してさえおけば再び元の形を取り戻す事だって出来るんだ。受け
取り方は変わってもその物自体から生じる思いはいつまでも変わらないのだからね」
 だから――
 髪を優しく撫でる手の感触。いつの間にか香霖は目の前に立っていた。
「こうやって思い出は形に残した方が良いに決まってるんだ」
「え、……ええ?」
 髪にある違和感。これは――
「どうだい、綺麗だろう?」
 香霖に手鏡を押付けられ、無理矢理それを覗き込まされる。暗がりの中で月明かりを反
射する一本の瀟洒な簪。それが私の髪にささっていた。
「あ、はい……じゃなくて、おう。ま、まあ綺麗なんじゃないかな?」
 何がどうなって私の頭に簪があるのか、香霖が何を考えているのか。突然の展開に思考
が全く付いていかない。思わず変な返事をしてしまうくらいに私は混乱してしまっていた。
 簪は闇夜にあってさえ月光を反射して金色に光り輝いている。装飾品に疎い私にでもこ
れは相当高価なものに見えた。
「そうだね、うん。今日の魔理沙は何時になく綺麗だ。いつもこれくらい女の子らしいと
いいんだけどね」
「ば、馬鹿! 私のことじゃなくて簪だよ、簪!」
 い、いきなりこいつは何を言い出すんだ。
 一瞬で頬に熱が集まっていくのがわかる。心臓が痛いくらいに拍動していた。
 だというのに更に香霖は続けるのだ。
「これから僕と一緒にお祭りに行くたびに一つ贈り物をしよう。思い出ってのはこうやっ
て形に残しておくものさ。魔理沙の寂しさを埋めるのにどれだけかかるかはわからないが、
思い出はどれだけ残しても悪いものではないからね」
 固まってしまっていた私に、
「嫌かい?」
 と香霖は私の顔を覗きこむ。
 彼の目もまた月光を反射して金色に光っていた。
 私はもう小さく首を振ることしか出来ない。口は息を吸って吐くだけで、それ以上の仕
事をしてくれやしなかった。
 香霖はそれを見てらしくない微笑を浮かべる。
「今日のことで少し誤解させてしまったみたいだったからね。こうやって口にするのは面
映いが、僕は僕なりに魔理沙のことは大事に思っているつもりだよ。それだけはわかって
欲しいな」
 ああ、何で今夜に限ってこいつの口からはそんな台詞が出てくるんだ。
 胸の蟠りはもう完全に溶けてなくなってしまっている。
 月明かりに照らされたまま、私は香霖の瞳から視線を外せない。そうやって何時までも
私達は見詰め合っていた。

                            *

 気が付くと家のベッドで天井を見つめていた。
 記憶を掘り返してみると帰り際に「もう遅いから今日は泊まっていくかい?」等と聞か
れたような気もする。
 だが今夜は気分がふわついていて、とてもじゃないが香霖の傍で夜を明かすことなんて
出来そうになかった。
 もしかしたら間違いが起きるかもしれない。そんな胡乱な想像も、今夜の香霖を見てし
まうと現実味を帯びて感じてしまう。
 想像しただけで期待と恐怖が入り混じり、結局のところ私は腰が引けてしまったのだ。
誘いを慌てて拒否しながら、どこをどうやって帰ってきたのかもわからないほど無我夢中
で家に帰りついたのだ。
 だがこうして一人になると安心した反面、少し勿体無かったかなあ、なんてことも考え
てしまう。
 想像を膨らましていくと、急に気恥ずかしくなって一人でベッドの上を転がりまわる。
「うふ、うふ、うふふふふ……ふふふ……」
 我ながら気持悪い笑い声が漏れ出てしまう。
 明日はどんな風に香霖と接すればいいんだろうか。本の少し前に悩んでいたものと同じ
悩みだったが、今回は気が沈むことはない。逆に浮き上がってしまって困るくらいだ。
 だがあんまり浮かれるのも考え物かもしれない。香霖の言っていた"ハレの日"だから
こそ態度が違ったのかもしれない。
 だったら次のお祭りまで待てば良いのか。今度もまた一緒に祭りを回ると約束したんだ。
収穫祭まで待てばまた今日のような雰囲気になるかもしれない。
 いやいやそんなの自分らしくない。今日は凄く良い感じだったじゃないか。香霖が私の
ことを綺麗だって誉めてくれて……。
 再びベッドを転がりまわる。安物のベッドがギシギシと不満げな音を鳴らした。
 そうだ、服を買いにいこう。今は魔法使いらしい黒白の服しか持っていないが、いや魔
法使いらしい服装を止める気は無いが、それでももっと可愛い服があるかもしれない。
 机に上に視線を向ける。雑多なものを床にぶちまけて、そこには一つ宝物のように簪が
置かれている。いや事実宝物なのだ。
 あの簪が似合うような服を着ていけば、また香霖が誉めてくれるかもしれない。
 香霖堂は駄目だ。彼に見せる為なんだから本末転倒になってしまう。
 だったら残された選択肢は一つだけ。里まで出るしかない。
 里に下りることを考えると少しだけ気分が落ち込んだが、そんなことも言っていられな
い。思い立ったが吉日だ。明日は里まで服を買いに行こう。
 要は実家の近くにさえいかなければいいのだ。その後で直ぐに香霖に会いに行けばいい。
 その時の様子を想像し、煩悶しながらベッドの上を転がる。
 思考しては身悶えするという益体もない繰り返しは、疲れで意識がなくなる明け方まで
続けられることになった。

                            *

 人間の里の中でも一、二を争うほどの大きな商店。その裏手にある勝手口まで僕はまる
でこそ泥のように入り込んでいった。
 扉の前に辿り着くと一つ息を付いて凭れかかる。背中越しに数度扉を叩くと、直ぐに人
の気配が近づいてきた。直ぐに扉越しからくぐもった声が聞こえ始める。
「――――」
「ええ、ええ。わかっていますよ。ですがね、あいつも中々頑固でして」
「――――」
「勘の鋭い奴ですから誤魔化すのは大変でした。まあ何とか納得はして貰えましたけど。
あいつに言われたことがあるんですよ。嘘を付く能力が足りないってね。僕に頼むのは
やっぱり無謀なんじゃないかと思いますが」
「――――」
「努力はしますけど、保障は出来ませんよ。バレたら後が怖いですから」
 言いたいことを言うと、扉の向こうの主は直ぐに去っていった。
 大きな溜息を一つ付くと、怪しまれないうちに僕はその場を去った。
「全く、親子揃って頑固なんだからな。僕が魔理沙の意志を曲げられるなんて本気で思っ
ているのだろうか」
 霧雨道具店を離れると思わず口から愚痴がこぼれ出る。幼少の時分から魔理沙が僕の言
うことを聞いた試し何て無いと言うのに。
 魔理沙の意志の強さは並ではない。僕程度が何かを言ったところで何も変わらないだろ
う。彼女の歩く道を脇に誘導するのが精々で、最終的な目的地を変えられるだなんて思う
のは傲慢でしかない。そんなことは親父さんだってわかっているだろうに。
 いくら恩人の頼みだとはいえ、軽々に引き受けてしまったのは妄動だったかもしれない。
 魔理沙に偉そうにいいながらも、僕だって里まで下りることは滅多に無いし、長居した
いなどとも思わない。古い知り合いにでも会おうものなら、どうやって接して良いものか
さえわからないのだ。
 そんな僕の口から出る言葉何て、果たしてどれだけの重みがあることやら。
 そんなことを考えながら歩いていた所為だろうか。
 ふと、人込みの向こうに魔理沙の姿が見えた気がした。
「まさかね」
 彼女がこんな場所にいるわけはないし、それに彼女にしては服装が派手だった。基調は
黒白だが、まるで八雲紫の着ているような感じの服だったのだ。
 黒と白の影を見たら直ぐに魔理沙だと思ってしまうとは、僕も大分彼女に毒されてしま
ったようだ。
 一つ頭を振って突飛な妄想を追い出すと、僕は再び歩き出した。
 今日も魔理沙は来るのだろうか。
 昨日は無理矢理人里を連れ回した所為で、随分と魔理沙は落ち込んでいた。何とか目先
の方向を変えてやることで、気分を戻したようだったが、裏に親父さんがいることを知っ
たらどう思うことか。想像するだけでも胃が痛くなってくる。
 何時までも騙して回るのは流石に気が引けるのだ。何より後が怖いじゃないか。

 嘘を付くのを止めた僕は、本当のことを言わなくなった。だが僕が魔理沙のことを大事
に思っていることだけは本当だ。今回のことだって彼女のことを思っての行動であること
は間違いない。
 生意気で危なっかしいが、とても真っ直ぐで愛らしい少女。娘なのか妹なのか、それと
もそれ以外の何かなのか。未だ僕にとって彼女がどういう存在なのかを規定することは出
来ていなかったが、そんな必要もないのだろう。
 魔理沙はいつでも僕の後ろを付いてくるし、そんな彼女を僕は憎からず思っている。そ
れだけの事実があれば十分だ。
 きっと十年後も二十年後も彼女は変わらないでいるのだろう。そしてその隣には僕の変
わらない姿がある。そんな未来が容易に想像できた。そして何故かその想像は嫌なもので
はなかったのだ。

 そうだ、折角里まで出てきたんだ。食材を買い揃えておこう。
 謀がバレた時の予防線を張るために、僕は市場へと足を向けた。御馳走を作るだけで機
嫌が直る、その意味では魔理沙が子供でいてくれるのは有り難いのかもしれない。
 急に御馳走を出しても怪しまれるかもしれない。上手い言い訳を考えないといけないな。
 誕生日……ではないし、お祝い……をする時期でもない。
 そういえば最近読んだ外の書物にこういう時に女性が喜ぶ言葉、というのが載っていた
な。確か、
「僕達の未来の為に、だったか」
 口にしてみると中々良い言葉に思えた。十年後、二十年後もどうせ一緒にいる僕たちな
のだ。予想される長い付き合いを早めに祝っておくことは間違いではないだろう。
 上手い言い訳が決まった後は、魔理沙の好物を買い揃えるだけだ。
 寂しい財布の中身と相談しながら、僕はなるべく魔理沙の喜びそうなものを探すのだっ
た。









●後書き
夏っぽい話を書きたいなあ、と思って書き始めたんですが全く夏である必要がない話になってしまいました。
そしてちょっと魔理沙を乙女にし過ぎた感もありますが、どうでしょうか。
最近は原作とキャラが離れ気味なのでそこら辺は反省しなければならないと思い始めています。
posted by sei at 00:40| Comment(2) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ここここんな天国があったなんて…

はじめまして、魔理沙×香霖がジャスティスなピロ子と申します。

あぁ…もう…いいですねぇ。魔理霖派にはもうタマランネタですわ。
あー…もう、なんかスイマセン(?
これからも頑張ってください(?
香霖堂再開するといいですねー。
文章雑でスイマセン。では
Posted by ピロ子 at 2008年08月21日 09:08
コメントありがとうございます。
自分も勿論魔理霖こそが至高だと信じている一人なので、その妄想の産物が受け入れられるのは嬉しいですね。
どうにもストライクゾーンを外すような球しか投げられない性分なものですから、それも一入です。

ある筋によると香霖堂は年内発売に向けて鋭意製作中とのことで、期待が高まりますね。
Posted by sei at 2008年08月25日 00:53
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