2008年08月11日

外道***霖之助

血と脂の臭いの漂う部屋で、霖之助は一人立ち尽くす。

登場キャラ
霖之助 霊夢 魔理沙 紫 他

*注意
人によっては不快に感じる表現があるかもしれません。
一度読み始めたら最後まで読んでください。
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 白くなるほど強く握り締められたその腕には包丁が握られていた。その刃先が血と脂で
汚れていることに気付き、自らの恐るべき所業に身震いした。
 それは幾度となくその刃先を振るい、叩きつけた結果に相違ない。後には辺りを血臭で
侵すほどに無残な結果だけが残されていた。
 呆然と立ち尽くすことしか出来ない僕の手から包丁が滑り落ちた。
 甲高い金属音が響き渡ったことで漸く頭が回り始める。
 やってしまった。
 胸に残るのは深い悔恨。先ほどまでの軽い高揚感は消えうせて、ただただ苦い味が舌に
残るのみだった。
 彼女さえ、彼女さえこの場に来なければこんなことにはならなかったのだ。幻想郷の賢
者、境界の妖怪。あの女性――八雲紫さえ来なければ。 
 あの視線、人の内側の一部始終を覗き見ているかのような嫌らしい目付き。人を狂気に
駆らせる幻想の視線。彼女を前にしては何一つとして隠し事など出来やしない。
 それが――我慢ならなかったのだ。
 この惨事を生んだ理由にしては詰まらないものだったが、僕にとっては切実な理由だっ
た――いや、そう信じたいだけなのかもしれない。こんなことをしてしまっては、どんな
理由も陳腐な言い訳に成り下がってしまう。
 だがそれも最早意味のない話だ。
 目前には肉塊。生前の姿とはかけ離れたただの物体に成り果てたモノ。
 これをどうやって処理するか、それ以外に考えなくてはならないことなど何もないのだ
から。
 
 冷静な思考を取り戻すと直ぐに選択肢がいくつか浮かぶ。
 野犬や鴉に食わせてしまうというのはどうだろうか。
 いや、駄目だ。犬が頭部を咥えて里にでも下りようものなら大騒ぎになるだろう。そう
なれば直ぐに霊夢が動く。その後に訪れるのは僕の破局だけだ。
 一つ目の選択肢が廃棄される。
 ならば埋めてしまうのはどうだろう。ここは幸い魔法の森だ。訪れる人間などいやしな
い。 
 やはり駄目だ。相当深く掘らなければ、結局は野犬が掘り返してしまうだろう。そうな
れば結果はいうまでもない。そして深い穴を掘る時間的な猶予はなかった。
 数多の思考を巡らして案を多角的に検証していく。しかしそのどれもに致命的な欠陥が
備わっていた。
 元より確実な選択肢など存在するべくも無かったが、それでも僅かだろうが成功率の高
い案に賭けたかった。
 どれだけそうして固まっていたのか。僕を我に返させたのは自らの腹の音だった。
 そうだな、一時休憩して食事にするべきかもしれない。そうすればいい案も――
 そこで漸く気が付いた。何故この選択肢を抜かしてしまっていたのか。

 ――僕が食べてしまえばいいんじゃないか

 一人で食べるには余りに量があるため、食材にするという意識が薄れていたのかもしれ
ない。
 ひりつく喉を潤すように口中に溜まった唾を嚥下する。ぐびりと尾篭な音が鳴った。
 意識が変わると目の前の光景も違って見える。先ほどまではグロテスクに見えていた筋
肉と脂身の塊、切り裂かれた表皮から覗く赤と白とのコントラスト。それが今ではとても
食欲をそそる光景へと変化していた。
 食べる、僕がこれを食べるのだ。
 再び異様な昂揚感が全身を襲い、総身が震えた。
 様々な調理法が脳裏を掠め、そのどれもが甘美な香味を想像させる。
 最早一部の迷いも無かった。袖を捲り上げると、それぞれを一番美味に食べられる調理
の下拵えにかかる。
 食べきれない分は燻製にでもすればいいだろう。量に関してはそう楽観していたのだが、
その内に勿体無いと感じてきた。
 こんなものもう二度と食べられないだろう。それなのに食べきれないというだけで調理
しないなんてことが許されるのか。それは――これを饗してくれた彼女に対する冒涜では
ないのか。
 先ほどまでの怒りは既になく、それは食欲へと変化していた。
 そうだ、あいつらにも食べさせればいい。食べ慣れないものだから拒否するかもしれな
いが、元の食材がわからないように調理してしまう手もある。いや、あいつらのことだ。
寧ろ嬉々として貪り食うという方が自然な想像だろう。
 あの二人は美味い食事にありつける。そして僕は食材を無駄にすることなく料理へと昇
華出来る。困っていた後処理の問題も発生しない。誰も困らないどころか、寧ろ皆が幸せ
になる妙案じゃないか。
 そうと決まれば直ぐに調理に取り掛からねば、鮮度が落ちてしまう前に。
 活き活きと骸を捌き始めた僕を虚ろに濁った瞳だけが見つめていた。しかしそれさえも
今の僕にとっては御馳走の一つでしか、ない。




















 紫にふと振った話題が切欠だったのだ。外の世界のものなら大抵のものは揃えられると
豪語する彼女に、僕はつい昔を懐かしんでしまった。
 だから思わず言ってしまったのだ。
「久しぶりに海幸を口にしてみたい」
 今思えば馬鹿なことを言ったものだ。しかも相当に浮かれていたらしい。次に彼女が訪
れた時に並べられた魚介類の数々は、まるでこれから魚市場でも開くのかと言わんばかり
の量になっていた。思い付くままに名前を並べ立てた結果だ。
 後悔は先に立たずとはよくいったもので、紫を前に僕は途方に暮れてしまった。
 だが彼女の哀れむような、心底馬鹿にするような視線を受けて、ただそれに甘んじる程
僕は人間が出来ていなかった。
「こんなにたくさんのお魚をどうするおつもりですか?」
 嘲笑を浮かべて問いかける彼女に含み笑いを見せ、さも何か考えがあるかのように装っ
て追い返した。
 だが小さな嘘とはより大きな嘘へと発展していくものだ。残された食材を誰にも知られ
ることなく処理しなくてはならない。元はといえば詰まらない嘘であるが、その上塗りが
白日の許に晒されてしまえば、僕の矮小な自尊心は木っ端微塵に打ち砕かれるだろう。
 初めは思わず家事に逃避してしまい、片っ端から捌いていったのだが、台所が魚の臓物
と血の臭いに溢れる寸前のところで何とか正気を取り戻した。
 食べ物を粗末にすることなど論外だし、かといって食べきれない分を全て燻製にしてし
まうには味気ない。結局いつもの二人を動員するのが一番だという結論に落ち着いた。
 三人でもまだ余ってしまうだろうが、流石にそれは燻製にでもすればいいだろう。
 調理も殆ど終わっている。そろそろ彼女達も来る時間だ。今日は大盤振る舞いだ。これ
だけの御馳走を前にして安酒では味気ない。秘蔵の特級酒を何本も机に並べると準備は終
わる。
 後はこれらを思う存分口にするだけだ。

                            *

「な、何よこれ……」
「も、もしかしてこれが鯛って奴なのか? あ、あっちの赤身の魚は何ていう魚だ?」
「わ、私に聞かれてもわかる訳ないじゃない。本で見たことしかないんだから」
 目を丸くして二人は机の上を見渡す。川魚しか口にしたことの無い彼女達からすれば驚
いて然るべきなのだろう。
「これは鮪、そっちのは鮟鱇だ。ポン酢ともみじおろしで食べると絶品なんだ」
 少女達が喉を鳴らす音が聞こえたような気がした。
「でも何でまた急に? お祝い事でもあるのかしら」
 勘の良い霊夢だから、ということでもなく普通に気になるのだろう。確かに僕がいきな
りこの場に放り込まれたら喜ぶよりは警戒するかもしれない。
「いや、何だかんだと霊夢には世話になっているからね。偶にはこうやって御礼も兼ねて
宴の場を用意したのさ」
「……ふーん?」
 我ながら疑わしい言い訳だ。寧ろ僕が霊夢の世話をしてやっていると言ってもいいんだ
から。だが語られた言葉を呼び戻すことは出来ない。僕に出来ることはこのまま押し通す
ことだけだ。
 霊夢の腕を取り、彼女の両手をそっと包み込む。出来る限り真剣な表情を作り、ただた
だ霊夢の顔を覗きこむ。
「迷惑だったかい?」
「べっ……別に迷惑だ何て! ただそんな大したことはしていないって思っただけよ。異
変の解決がわた、私の仕事なんだからね!」
 じっと見つめる。先に目を離した方が負けだと思った。
 視線に耐えられなくなったのか、霊夢はぷいっと顔を背けたが、
「ま、まあ霖之助さんがどうしてもお礼をしたいっていうなら、しょうがないわよね」
 よしっ、通った!
 心の中で喝采を上げる。
「じゃあ私は何なんだ? 香霖にこれだけ感謝されるようなことをした覚えはないな」
 振り返ると魔理沙は詰まらなそうな顔をしていた。
 不貞腐れている魔理沙を宥めるのは至難の業だ。ああ、こういう時はどうすれば……?
 最近読んだ外の世界の本を思い出す。確か女性を喜ばせる方法というのが載っていたは
ずだ。灰色の脳細胞が高速回転し、最適な文句を引き出す。
 一歩詰め寄ると魔理沙もまた一歩引こうとする。それを押しとどめるために細い腰に手
を回して引き寄せた。
「な――っ!」
「魔理沙、僕たちは家族も同然じゃないか。余りそういう素振りを見せなかったかもしれ
ないが、君のことは本当に大切に思っているんだよ。君は僕の事を何とも思っていないか
もしれないけれど、偶にはこういう場を作りたくなるんだよ」
 ああ、僕は何を言っているんだ。自分ですら意味不明の単語の羅列だったが、もうどう
にでもなれと投げやりな気持ちで真摯にな言葉を連ねていった。
 そして先に目をそらしたのは、やはり魔理沙の方だった。
「……まあ、香霖の気持ちを無駄にすることもないかな」
 僕は小躍りしたくなる気持ちを抑え、魔理沙の腰から手を離した。外の世界の書物は伊
達じゃない。言霊をこれほど上手く操る技術があるとは……やはり外の世界は進んでいる
ということだろう。
「じゃあそろそろ食べようか。二人とも席に付いて」
 どこか照れた様子の二人を急き立てる。テーブルの上に並んでいる料理は三人でも食べ
きれるかどうか怪しいものだったが、それさえも氷山の一角でしかない。少しでも彼女た
ちには頑張って貰わなくてはならない。
「でも、ねえ魔理沙……」
「あー、香霖には悪いんだが……実はだな」
「……? なんだい、改まって」
「霖之助さんが御馳走してくれるって言ったのを聞いていた奴らがいてね」
「どうせ暇だからって付いて来たんだ、あいつら」
 魔理沙の指の向く方向、窓の外に視線をやるとひらひらと手をふる吸血鬼の姿が目に入っ
た。その後ろにはメイドだけではなく、鬼や兎の姿までもがあった。

                            *

 それからは大変だった。一気に増えた客の数に、作ってあった料理だけでは足りなくな
る。更にどこからか噂を聞きつけたのか、天狗や河童も押し寄せた。神饌を供えた側から
神々とその巫女までも降臨した。
 既に香霖堂のキャパシティを完全に越え、倉庫から引っ張り出した机や椅子を店の前に
並べなくてはならなくなった。
 気が付けば宴会場とかした香霖堂、そのテーブルの隙間を縫うようにして僕は走り回っ
ていた。料理を作っては運び、酒だ酒だと暴れまわる少女を宥めすかして貴重な酒を配っ
て回る。余りの忙しさを見かねたのか厨房に咲夜も入り、美鈴が配膳して回る。
 そうこうしている内にあれだけあった食材の山が瞬く間に減っていった。

                            *

 店内から外の様子を眺める。初めは珍しい魚と美味にざわめいていた少女達の様子も、
いつの間にかいつも通りの宴会風景に戻っていた。まだまだ食材は残っていたが、この様
子なら日を跨がずしてなくなるだろう。調理の方も有志が交代で受け持つことになり、今
は鈴仙が厨房に入っている。僕のやることはもう無いだろう。
 夕方から今まで走り回った所為で酷く疲れていた。あの宴会の輪に加わるだけの気力は
ない。
 椅子に腰をかけ背もたれに体を預けると大きく息を吐いた。
「お疲れ様、霖之助さん」
「お疲れだぜ、香霖」
「おや、君達は向こうに行かなくていいのかい?」
 余り宴会には顔を出さないが、彼女達の周りに人が集まっている光景はよく見かける。
宴会の顔である二人がいないと寂しがる者もいるのではないだろうか。
「いいのよ、今日は霖之助さんに付き合うって決めたんだから」
「ああ、香霖ばっかに働かせちゃあ悪いしな」
 二人は両手に持ちきれない程の皿を持っていた。
「ほら、香霖も少しは食べろよ。折角なんだからさ」
「これこれ、結構美味しかったわ。霖之助さんもどう?」
「いや、いいよ。それは君達で食べなさい。君達は海の魚を食べたことはないだろう?
僕はこれだけで十分さ」
 自分用にと用意した一枚の小皿を指し示す。何故か一匹だけ混じっていたヒメコダイを
刺身にしたのだ。
「……たったこれだけ?」
「まあ小さい魚だからね。だが僕にとっては懐かしい味なんだ。外道を釣るのもまた楽し
みの一つ。これが意外と美味しいんだよ」
 僕は彼女達のように飲んで食べてとする必要は無い。美味い酒に美味い肴、例え少量で
合ってもそれだけあれば十分なのだ。
「どれどれ……うん、結構いけるな」
「こら、魔理沙! あんた何やってるのよ」
「へっへ、香霖の思い出の味はどんなもんかなってな。お詫びに肩揉んでやるから怒るな
よ。おーおー、あれだけの仕事で凝る何て運動不足の証拠だぜ」
 魔理沙の軽口も否定は出来ない。確かに彼女の按摩は気持ちよかった。
「ささっ、私達も頂くから霖之助さんも飲んで」
「おっと、悪いね霊夢」
 霊夢に酌をされ魔理沙に肩を揉まれる。疲れた体に冷酒が染み渡り、滋味に富む肴が更
に酒を進ませる。
 霊夢と魔理沙が慣れない魚の味に顔をほころばせるのを見るのも悪い気分ではない。そ
してそれは外で騒いでいる少女たちにも同じことがいえた。
 もう一度同じ事をやりたいとはとてもいえないが、それでも今回のことは良い経験になっ
た。人のために何かをする、当たり前過ぎて忘れがちになってしまうことだが、やはり気
持ちの良いものだ。もしかすると霊夢が神社で宴会を開くのもそういう理由なのかもしれ
ない。そう考えると、最初にこうして饗するという考えが浮かばなかったことを恥じなけ
ればならないだろう。
「きちんと片づけまでして帰ってくれれば文句はないんだけれどね」
「全く、飲み食いだけして後片付けしない何て、面の皮が厚い奴がいたもんだな」
「あんたのことよ、あんた」
 窓から見える外の風景は既に狂乱だと言っていい。確かに後のことを考えると頭は痛い。
それでも今はこの時間を享受しようと思う。
 今日は不思議と素直に感情を受け止めることが出来そうな気がしていた。

                            *

 楽しそうに笑い、食べ、飲む、一人の青年と二人の少女。その光景を窓から覗き込んで
いる人物が一人。
 ハンカチを噛んで悔しげな表情で、顔面が変形するほど窓に張り付いている。どこから
どう見ても不審人物でしかないその少女こそ、今回の騒動の一因となった八雲紫である。
「何よ何よ、霖之助さんったら祝い魚ばっかり頼むから何をするかと思ったら……何で宴
会をするって教えてくれないのよ! それに私だけ除け者にして……! ああ、あんな風
に霊夢や魔理沙をはべらせて……霖之助さんのロリコンっ!」
 そんな威厳を投げ売りにしている紫を見て、子供が指を指す。
「けーね先生ー、あれなにー?」
「しっ、駄目ですよ! 見たらいけません!」
 里の子供をつれてやってきた慧音に不快そうな視線を送られていることにも気が付かず、
いつまでも三人の様子を悔しそうに眺めているのだった。


 ――外道料理人霖之助 完









●後書き
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
ただ拍手用の短編を書こうと思ったらこんなのしか思い浮かばなかったんだ。
叙述トリックでシリーズ物とか馬鹿なの? としか自分でもいえないのに何故かプロットがまだあるんだ。

――少し、頭冷やそうか
posted by sei at 00:32| Comment(3) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
釣られたwww
面白かったです。
Posted by at 2009年04月06日 18:47
ありがとう、最高の誉め言葉だ。

しかし我ながら謎ですが、何故かこんな話をシリーズものにしてしまったので(パチェ、妖夢、咲夜、と続く予定)、他のを読むときはまた頭を空っぽにして忘れた頃に読んでくださいw
Posted by sei at 2009年04月06日 22:31
順番に読んでいるのですが、霖之助や彼を取り囲む少女達がとてもかわいいですw
霖之助と魔理沙が一番好きですが、霊夢や紫もいいですねw
四季映姫・ヤマザナドゥとの話は本当にヨカッタですw
Posted by 通りすがりのトンビ at 2009年08月21日 01:50
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