2008年08月03日

やまない雨と好奇心

暇つぶしに香霖堂を訪れた魔理沙は霖之助の過去に触れる。

登場キャラ
魔理沙 霖之助
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 今年は梅霖が尾を引いている。幻想郷は山間にあるため降雨が続くのは喜ばしいことな
のだろうが、人里を離れて暮らしていく内にそういう気持ちも薄れ気味だった。
 魔法の森では生い茂った木々が雨を散らしてしまう為、降雨には気が付きにくいのもそ
の一因だ。この森に住んでいると屋根を叩く雨音を聞くことも殆どない。
 だが流石に外に出るとわかる。まるで霧雨のように細かくなった雨粒を服が吸い込んで
しまうからだ。
 雨音や雨が拡散させる森のにおいは嫌いではなかったが、歩きづらいのだけは敵わない。
とはいえ森の中では空を飛ぶことも出来ないし、森の上を飛ぶのは服を着たまま水泳をす
るみたいなものである。
 森の中でもこれなのだから外に出る気がなくなってしまう。香霖堂にも雨を遮る道具は
傘と合羽しかない。どちらも空を飛んで使うには向いていない道具だ。外の世界は進んで
いると香霖は言うが、雨を防ぐ道具も作れないとは幻想郷と大した違いはないのかもしれ
ない。
 とはいえ家に篭るのは退屈なので、結果香霖堂を冷やかす機会ばかりが増えていくのだっ
た。

 全身濡れ鼠になった頃に漸く香霖堂に辿り着いた。店に明かりはついていなかったが、
こんな時に外出しているとも思えない。
 どうせ昼寝でもしているんだろう、そう思った私は香霖を驚かせてやろうとそっと店内
に忍び込んだ。
 薄暗い店内を進む。明かりがないと転んでしまいそうなほど雑然としていたが、何とか
手探りで居間まで辿り着いた。
 しかし驚かせようと思っていた相手は起きているようで、椅子に座って静かに何かを見
つめていた。
 計画は多少狂ってしまったが、どちらにせよ驚かせることには変わりは無い。香霖が泡
を食うほどの大音声を発してやろうと息を吸い込んだ時、
「――――」
 香霖の呟きが耳を掠めていった。
 それを聞いた時、何故か私は香霖がどこかへいってしまうのではないかという思いに囚
われたのだ。

 店内から暗闇が取り払われる。
「雨の日は灯りをつけて本を読むんじゃなかったのか?」
「魔理沙じゃないか。声もかけずに店に入ってくるなんて不躾だよ」
 もう驚かせるつもりはなかったのだが、香霖は珍しく狼狽の色を隠せない様子を見せた。
「ああ、私は育ちが悪いんだ」
 つかつかとわざと無遠慮に歩み寄ってやり、彼の手元を覗き込む。
 近づいたことで私の格好に気が付いた香霖にタオルを押付けられて、乾くまでそこら辺
にすわるんじゃないぞ、と厳命される。
 しかし私の視線に気が付くと、どこかはにかんだ様子で視線を落とした。
「………何だ、これが気になるのかい?」
 それは一組の食器だった。年月を感じさながらも決して汚れてはおらず、大事に保管さ
れていたことがわかる。花をあしらったシンプルな意匠の皿と把手のないカップで、とて
も香霖が好んで使いそうにないものだ。
「何だ偉く古ぼけた食器だな。こんなの売り物になるのか?」
 そうではないことはわかっていた。わかってはいたが――信じたくなかったのだ。
「これは売り物じゃない。僕の個人的な……そうだな、思い出の品という奴だ」
「……まさか香霖にそんな情緒があったとはな、驚きだ」
「相変わらず失礼な奴だな。……まあ確かに、僕にはそういう懐古趣味はないつもりだが、
これは特別なんだ」
 何かを思い出すかのように虚空を見つめる。その瞳は優し気で、まるでこの男が霖之助
ではない別人なのではと錯覚させる。
 これ以上聞いてはならない。そう私の勘が告げていた。ここで引き返していつものよう
に馬鹿をやれば日常が戻ってくる。だが――
「何だ、やけにもったいぶるじゃないか。話したいなら聞いてやらないこともないぜ」
 私は踏み超えてしまった。日常の境を越えて、彼の過去という未知の領域に。
「全く、素直じゃない奴だ。聞きたいならそう言えばいいんだ」
 私は正面を避け、わざわざ回り込んでから香霖の隣に腰をかけた。彼の目を見てしまっ
ては落ち着いて話を聞く自信が、ない。
 何から話せばいいか、そういって香霖は考え込む。
 沈黙が生まれた間隙をついて屋根を叩く雨粒の音が存在を主張し始める。普段ならこの
自由なリズムに落ち着きを覚えるのだが、今はどうしてか耳障りに聞こえた。
「昔、一緒に住んでいた子が使っていた食器なんだ」
 ――ああ、やはりそうなのか。
 想像通りの答えは私の胸に鑢を掛けさせた。聞くべきじゃなかったのだ。
「へ、え……。香霖にそんな甲斐性があったとはな」
「君が生まれるより、霧雨の家にお世話になるよりもっと前の話だからね。僕も若かった
んだろう」
 若い香霖といわれても想像も付かない。そもそも一体どれだけの間生きているのか。
「それで……その……相手はどんな奴だったんだ?」
「凄く綺麗な子だったけど……そうだな、自分勝手な奴だったよ。怪我をしていて倒れて
いたのを見つけたのが出会いだったんだ。凄く勝気な奴だったからあんな小さな体で妖怪
にでも噛み付いたのかもしれない。それ以来一緒に住んでいたんだが……付かず離れずっ
ていうのかな。自分が寂しい時だけ擦り寄ってくるくせに、機嫌が悪いと近寄りもしない」
 どこか魔理沙に似ていたかな、とそんな嬉しくも無いことを言う。
「お風呂に一緒に入ろうとすると嫌がってね、よく引っ掻かれたよ。其の癖寝る時になる
と勝手に布団に入り込んで来たりね」
 と腕を見せて笑う。もうそこに傷は残っていなかったが、彼にはその痕が見えるのだろ
う。
「毎日一緒に寝て、毎日一緒に食事をして、それだけで楽しかったんだ。今思うとあの日
々は本当に充実していたと思うよ」
 そう言って笑う彼の顔を見る勇気は私にはなかった。
「それで、そいつとはどうなったんだ……?」
 一瞬息を詰まらせると、言葉を選ぶようにしてゆっくりと口を開く。
「ある日突然いなくなってね、それっきりさ。本当に勝手な奴だったよ。だからなのかな、
もうそういうのを止めようって決めたのは」
 あんなに辛い思いをするのはもう御免だしね。香霖の笑い声はどこか乾いたものだった。
 そいつが、そいつの所為で香霖はこんな風になったのか。胸に付いた焔は私を衝動的に
突き動かした。
「……そんなの、そんなの間違ってるぜ。辛い思いをしたくないからって自分の気持ちに
嘘を付くなんてさ!」
「……魔理沙?」
 口に出して気が付く。これは自分のことを言っているんじゃないか。
 香霖との関係が変わることを恐れて何も言い出せない私。そんな私が偉そうに言えた台
詞じゃない。
 それでも彼が孤独を好むのがそいつの、昔の恋人の所為だって言うならもう忘れても良
い頃だ。いや、忘れさせてやらなくちゃいけない。
 驚いたまま私を見つめる香霖を真正面から見据える。
「私じゃ、そいつの代わりにならないか……?」
 今まで全く気が付かなかった彼の側面。しかしそれを垣間見てしまった今は、彼との距
離が三途の河幅よりも遠く感じる。今この場に彼を繋ぎ止めておかないと、夢幻の如く掻
き消えてしまいそうな程に。
「魔理沙が代わりだって……? いや、それは無理じゃないかな。いくらなんでも違いす
ぎるよ」
「やってみなくちゃわからないぜ! ほら私がそいつになってやるからしたいことをして
みろよ」
 私の言葉に困ったような笑みを浮かべるが、私が意志を変えないことに気づいたのだろ
う。
「全く、しょうがないな。じゃあ魔理沙に代わりになって貰うけど後で文句を言うなよ」
「あっ……」
 香霖に腕を引っ張られ、腕の中に体が収められる。背を向けるようにして膝の上に腰を
下ろした私には彼がどんな表情を浮かべているのかわからない。
 それだけで私の心臓は早鐘を打ち始め、顔は火傷をしたかのように熱を持っている。こ
れ以上のことをされたらどうにかなってしまいそうだった。
 片手が腰に回されて、もう片方の手で頭を優しく撫でられる。愛撫はそのまま首を経由
して背中に至り、全身を優しく撫で回していった。
「……っ、あぁっ……」
 体中を這い回る香霖の手の感触に体が反応する。敏感な場所を撫でられるだけで体が跳
ねそうになり、耐え切れず声が漏れそうにる。それを押さえるだけで精一杯で、霖之助の
様子を伺うことなど出来そうにない。
 手が腰を通り過ぎようとしたところで、どうするべきか迷ったように空中を彷徨った。
「べ、別に遠慮することはないぜ? 好きにしていいからさ……」
「ん? ああ、わかってるよ。遠慮なんかしていないさ」
 一通り体中を愛撫されると、香霖は私の体を持ち上げて向かい合う体勢に変える。片手
で腰を支えられ、まるで恋人どうしが抱き合っているかのような格好だ。
 そして霖之助の指先が自分の顎先を捉えた。霖之助の顔は吐息を感じるほどに近い。
 ――ああ、とうとうこの瞬間が来てしまったのだ。
 もう彼の顔を見ていることも出来ず、固く目を瞑った。
 これでいいんだ。香霖も昔の恋人のこと何て忘れて私を見てくれればいい。昔の方がよ
かったなんて言わせない自信もある。彼の望むことなら何だってやってやる。
 でも本当にそれでいいのだろうか。誰かの代わりの私。霧雨魔理沙が必要とされるので
はない偽りの関係。捨て去ったはずのの記憶が脳裏を掠めていく。
 誰でもない私だけの私を求めて魔法使いになったのに、それを助けてくれた彼のために
私じゃない私になるのか?
 だが香霖のためならそれでもいい。過去を忘れて私だけを見てくれるなら、
「――――」
「やっぱり駄目だ!」
 顔を背けて香霖を押しのけるようにして立ち上がる。
 彼の囁いた名前、それで漸く気が付いた。やっぱり香霖は私のことなんか見ていないの
だ。
「魔理沙……?」
「やっぱり私は私なんだよ。誰かの代わりなんて向いてなかったみたいだ。すまないな、
香霖」
 空笑いをしてみせるが、とても彼の顔を見れそうになかった。酷い顔をしているのがわ
かっているから。
「いや、いいんだよ。最初からわかっていたんだ。魔理沙では代りになれるわけないって
ことはね」
 気持ちだけでも嬉しかったよ、という香霖だったが気分は更に落ち込んだ。
 代りになれないとわかっていた。つまり私を女としてみることは出来ないということな
のか。
 気持ちが揺らぐ。こんなことなら受け入れておけばよかったのかもしれない。これから
の人生を代替品として生きるのであっても彼と一緒に居られるならば。
 拳を強く握り自省する。私が私でなくなって喜ぶ香霖でもないし、そんなのは嫌だとわ
かりきっているのだから。
 香霖に背を向けて、涙がこぼれないように上を向く。
「私は代りになれなかったが、誰か別のやつを探すといいぜ。独り暮らしが寂しくなって
そんなものを掘り返したんだろう?」
 私では駄目なのかもしれないが、香霖だってこのままでいいわけがない。言葉にするの
は辛かったが、自ら踏み越えてしまった境界線だ。最後まで責任を持つのが私の流儀だ。
「いや、そんなんじゃないよ。偶々見つけたから懐かしくなっただけさ。それにもう止め
たって言っただろう、猫を飼うのはさ」
「いやいや、探せばきっとどこかにいい奴が――って今なんて言った?」
「……? 猫だよ、猫。餌をあげる皿とカップが出てきたから懐かしくてね。……何だと
思ってたんだい?」
 私はどれだけ呆然としていたのか。気が付くと訝し気な視線が注がれていて反射的に口
に出した。
「え、あっ……その、何だ。い、いや猫、猫だぜ。にゃーにゃー」
 思わず猫のポーズまで取ってしまった。阿呆みたいな格好の私を見てどう思ったのか、
また何事もなかったかのように喋り始める。
「瞳が橙色だったからそれを名前にしてね、懐いていたとは言いがたいけどそれでも楽し
かったな」
「あ、ああ。そうか……」 
「それにしても猫の代りになる何て言いだしたのは魔理沙らしいというか。まあ少し面白
かったけど、流石に魔理沙じゃ鳴らす喉はないからね」
 と言って朗らかに笑う。ってさっきのあれは喉を撫でようとしていたのか。ということ
はその前のやつは尻尾でも掴もうとしたのだろうか。
「あ、あははは。あははははははは……はぁっ……」
 思わず体中から力が抜けて、机の上に倒れこんでしまう。
 何のためにここまで煩悶したのだろう。流した涙を返して欲しい。
 というか後で一発殴ってやろう。乙女心を弄んだ奴にはそれくらいの罰があってもいい
はずだ。
 私の様子を気にした様子もなく香霖は喋り続ける。
「いなくなった時にはもう老猫だったからね。流石にもう生きてはいないと思うけど、も
しかすると化け猫になって妖怪の山に住んでいるかもしれないね」
 霖之助は猫の薀蓄について語り始める。猫又山や根子岳の話なんてどうでもいいぜ畜生。
「何にせよ、寂しくなったわけじゃないんだよ。こうして魔理沙も遊びに来てくれるしね」
 お客として来てくれれば言う事ないんだが、と小言も忘れない。
「そうか、私のお陰で寂しくないのか。だったら私を飼えばいいんじゃないか? 今なら
炊事洗濯から伽の相手まで全てこなせるお買い得商品になってるぜ?」
 私はもうやけになっていた。どうせこの男には何をいっても通じやしないんだ。構うも
のか。
「そういうのはお嫁さんっていうんだ。人を食ったことばかり言ってると三途の河幅が広
くなってくばかりだよ?」
「じゃあお嫁さんになってやるぜ。嬉しいだろ、これだけの器量良しは里中探しても見つ
からないからな」
「はいはい、嬉しいよ。魔理沙が大人になったら貰ってやるから、抱きつくのは止めなさ
い」
「ちっ、私の良さがわからないとは香霖の目利きも鈍ったかな」
 子供扱いをやめない香霖を軽く叩いて体を離す。
 気が付くと雨は上がっていた。窓の隙間から差す陽光が薄暗い部屋を切り裂いている。
「おや、もう帰るのかい?」
 帰り支度を始めた私にかける声に、寂し気な雰囲気を感じてしまうのは思い上がりだろ
うか。
「ああ、私は忙しいんでな。寂しくてしょうがないって言うなら残ってやってもいいが」
「口の減らない奴だ。どうせ雨宿りをしに寄ったってところだろう。お客じゃない人間を
引き止める言葉を僕は持たないよ」
「何とでも言うがいいぜ、そうやって私を無下にしたことを直ぐに後悔させてやるからな」
 捨て台詞を残して出口に向かう。
 忙しいのには間違いない。これから大人になるためにしなくてはならないことが一杯あ
るのだ。
 そうやって子供扱いしていられるのも今の内だ。少女が大人になる早さを甘く見ている
と痛い目を見るってことを教えてやる。何せ言質は取ったのだ。妖怪にとっての約束の重
さを半分でも持ち合わせているのならば、後は私が立派な大人の女になるだけなのだから。
 晴れ上がった空に向けて飛び出していく。
 ふと見下ろした香霖堂には外まで出てきて私を見上げている香霖の姿が小さく映ってい
た。









●後書き
投下六作目。
どうも魔理沙を書くとこんな話ばかりになってしまいますね。
と言ってもまだ三作しか書いてませんが、いくつかあるプロットも似たような感じになってます。
まあ書いてて一番楽しいのも魔理沙なので(霖之助除く)、自分としては満足ですが、あんまり書いてもマンネリなのかなあと思ったりも。
とはいえ他の書き方も思いつかないし、これで行くしかないんですけどね。
posted by sei at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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