2008年07月28日

赤鷺にて囲炉裏を囲めば

香霖堂が流行らない理由を霖之助は外に求める。

登場キャラ
霖之助 紫 霊夢 魔理沙 早苗 他
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 何故自分の店には客が来ないのだろう。森近霖之助がそう考えることは少なくない。
 このような地道な自己分析が将来の成功を呼び込むのだ……と外の世界の書物に書いて
あったからだ。
 妖怪と人間、どちらにも商売が出来るようにと魔法の森の入り口という曖昧な場所に店
を構えた。立地自体は悪くはないはずだ。
 では魔理沙や霊夢の言う通り、香霖堂には人が欲しがるものが置いていないというのだ
ろうか。いや、それもないだろう。香霖堂には魅力的な道具が山ほどあるのだ――手放し
たくなくて、つい店の奥へと仕舞ってしまうような道具が山のように。
 唐突に出てしまった結論から目を背ける。自分が商売人として向いているかどうかを考
えないように努めるとすぐに脳内から案件は消え去った。
 実際のところ香霖堂には外の世界の道具から、幻想郷でも珍しい骨董品まで幅広く扱っ
ている。確かに万人向けとは言いがたいが、ニッチな需要は存在していてもおかしくはな
い。その証左として紅魔館の瀟洒なメイドなど、足繁く通って様々な商品を買ってくれる
客もいない訳ではない。
 あのような客が他にもいてもおかしくはない、と霖之助は考える。
 もしかすると何かに祟られている所為でお客が来ないのか。そんな胡乱な想像を真剣に
考慮し始めた時、
「よくもまあそんなプラス方向にだけ考えられるな」
 慌てて振り向くと、いつの間にか黒白の少女が霖之助の背後に立っていた。
 その呆れ顔が馴染みのものだと気が付くと、
「……魔理沙、驚かすなよ。勝手に入って来るなっていってるだろ」
 態度にはださなかったが、内心は戦々恐々としていた。いきなり声をかけられた、とい
うだけで驚いたのではない。自分の考えを読まれてしまった、その衝撃が霖之助を大きく
揺さぶったのだ。
 しかしその感情は直ぐに変転することになる。
「全て声に出ていたぜ」
 安堵と羞恥とが同居するという不思議な感覚が彼を襲う。
 気まずい沈黙の後、気を取り直した霖之助から口を開いた。
「でも本当にもう少しお客が来てもいいと思わないかい?」
 場を誤魔化すような台詞だが、霖之助の口調は切実である。
 魔理沙もそれを感じたのか茶化すことなく、
「そんなに心配だったら霊夢に御祓いでもしてもらったらどうだ?」
 数秒の思案。どれだけ考えても出なかった答えを出す方法がそこにあるように思えた。
「それだ!」
 冗談で言ったんだがな、という魔理沙の呟きは霖之助の耳に届いたが、それを考慮する
だけの余裕はなかった。その時には既に魔理沙を置き去りにして、香霖堂から飛び出して
いたのだから。

                            *

 漆塗りの鏡台の前に座り、少女は抽斗から鼈甲の櫛を取り出す。江戸時代に作られたそ
の櫛はそれなりに希少な物だったが、彼女がこの櫛を気に入っているのはそれだけの理由
ではない。狐の意匠が可愛いことは勿論なのだが、気になっている男性と同じ音を持つ作
者の品だからというのが一番の理由だった。
 その生きた歳月にも関わらず、このような可愛らしい趣味をこの"少女"は持っていた。
 鏡を見ながら流れるような金髪に丁寧に櫛を入れていく。
 このような些事は式にやらせればいい、余人にそう言われようと月に一度だけは必ず自
らの手で自慢の髪を梳るのが彼女の習慣になっていた。
 元々美しい髪をより完璧に整えて、姿見で確認する自らの姿は控えめに言っても深窓の
令嬢のよう。鏡面に咲かせた笑みは今まで数多の男を魅了してきた。
 喩えるならば歳を重ねた貴婦人の慈愛に満ちた微笑。喩えるならば童女のような清新な
破顔。角度によって色を変えるその幻妙なその笑顔。これで堕ちない男など存在しない、
そんな自負が彼女にはあったのだ。
 しかしその驕慢を打ち砕いた男がいた。認め難い事実ではあったがどうにも“彼”は自
分を嫌っているようなのだ。例え嫌いはせずとも、好かれていないということだけは明白
だった。
 笑みを崩すと一つ大きな溜息を付く。最近は溜息の数が増えた気がする。理由もわから
ず嫌われることほど傷つくことはない。
 齢数百にも届かぬ若輩、そんな思いが彼女の思考にバイアスをかけていた。自らの行為
を人前に出る最低限の礼儀だと韜晦し、どれだけ気合を入れて身嗜みを整えているかを省
みない。
 だから少女は、八雲紫は気付かない。自らの笑みが霖之助の前では緊張に歪んでいるこ
とにも、自らの言動が霖之助との間に溝を生んでいることにも。
 そして今日も今日とてその事実に気付かないまま、霖之助の前に姿を現そうとしていた。

 彼女の今日の狙いは携帯ゲーム機だった。前のような旧型ではなく最新型である。
 ゲームどころか音楽や動画まで携帯できる優れものなのだ。初期生産分では中身の円盤
が飛び出す不具合もあったが、現在では一番人気の折り畳み式携帯ゲーム機に次ぐ人気を
誇っている。
 このような電源を内蔵しているタイプの道具は、まかり間違って霖之助が起動させるこ
とを鑑みて、回収を優先順の高位に位置づけていた。
 そんな理由でなくとも彼女にとって興味の対象であることには間違いは無い。燃料の対
価としては安いものでしょう、と今回の獲物には紫も満足していた。
 隙間から覗く香霖堂の机には、狙い違わずゲーム機が鎮座している。その黒い機械を腕
が掴んだ瞬間――
「待っていたよ」
「っ!」
 途中で腕が捕まれる。その感触は相手が男であることを伝え、直ぐにその正体を告げる。
こんな辺鄙な店に存在する男性は当然一人しかいない。
 内心どぎまぎしながらも平然とした表情で――実際は若干の緊張を伺わせて――自らの
全身を男の前に曝け出す。
「あら御機嫌よう、霖之助さん。何か用でもあるのかしら?」
 霖之助が机の前にずっと座っていたのは知っていた。しかしそれもいつものことで、こ
のように待ち伏せされるなどとは考えたこともなかったし、今までだってありはしなかっ
た。
 突然の展開とはいえ多少声が上擦ってしまった。変に聞こえなかったかしら、と気が気
でない。
 しかし紫の心配をよそに霖之助の態度には全く変化がない。それどころかいつもなら一
歩引いているはずの彼が、口を開けばどこか強気とさえ思える口調ですらあった。
「そうやって聞くところが君の意地の悪いところだね。もう全て知っているんだろう?」
「……? ええ、それはもう。愛する霖之助さんのことなら何でもお見通しですわ」
 不敵な笑みを浮かべて見せたが、実際は何のことだかさっぱりわからない。先程まで鏡
台の前で何時間も格闘していたのだから、その間のことなどわかるわけもなかった。
 しかし長久を生きた物として、他人に弱みを見せることを紫はよしとしない。
 彼のような若造如き、適当に話を合わせておけばいいだろう。面倒になったら直ぐに逃
げればいい。
 そんな思いが心の奥底にあったから、霖之助が右腕を背中に隠していることにも、次の
瞬間それが勢いよく突き出されることにも、彼女の予想が届くことはなかった。
「僕と結婚して欲しい」
「…………え?」
 手からこぼれたゲーム機が派手な音を立てて転がっていった。
 大輪のバラの花束と言葉の意味。それを彼女が理解するまでには幾許かの時間を要する
のだった。

「全く、何を言いだすかと思えば……もう少し気の利いた台詞はなかったのかしら」
 威厳を保とうとしながらも無意識に体をくねらせてしまう。気を抜けば頬は果てしなく
緩んでいき、それを誤魔化すように苦言を呈す。
 そうこうしている内に頭に彼の言葉が段々と浸透していった。
 本当は顔の一つでも赤らめて小さく頷いてやりたいのだが、どうにも自らの体は心を裏
切ってしまうようだ。
 ああ、何て面倒な女なのだろう。
 そんな思いも霖之助の自分を見つめる真摯な瞳に溶かされていく。もう少しだけこうやっ
て彼を弄ぶのもいいかもしれない。だって一つ頷いてしまったらもう元の関係には戻れな
いのだから。
 しかし幸せな時間というものは長くは続かない物だ。
 紫が徒に時間を浪費していると、勢いよく香霖堂の扉が開かれた。
「霖之助さん、いらっしゃいますかっ!?」
 現れたのは緑の髪の巫女っぽい少女。現代の現人神こと東風谷早苗である。
 甘い時間を邪魔された紫は心の中で舌打ちしつつも、既に灰色の脳細胞が打つべき手を
算出していた。三途の河幅を求めるよりも遥かに楽な計算である。弾指の間に結論は出さ
れていた。
 人の恋路を邪魔する奴は、隙間に叩き込んでやるしかない。
 しかしそれでも時は遅きに失した。予想以上に二人の距離が近付き過ぎて、早苗だけを
隙間に落とすことは出来そうになかったのだ。
 紫の見守る前で早苗は霖之助の手を両手で包み込み、荒い息と紅潮した顔で口を開く。
まるで睦み合う恋人同士のような雰囲気で。
 いやそんなはずはない。先程の霖之助の言葉に嘘や偽りを感じることは無かったし、い
つになく真摯な態度だったのだ。早苗の態度がおかしいのもただ走ってきたから息が切れ
て顔を赤らめているだけだ。紫はそう思い込もうとした。
「先程神奈子様と諏訪子様から聞きました。私が留守の間に追い返してしまったって」
「ああ、我ながら唐突だとは思ったよ。でも来てくれたって事は期待してもいいのかな」
「はい……私でよければ」
 手と手を取り合って二人は見詰め合う。
「――って何言ってるのよ!」
 目の前の光景はとても信じられるものではない――ないのだが、紛れも無い現実だった。
 過去と現在に恐るべき断絶が存在しているのでないのなら、目の前の男は数刻前にも先
程のような告白をしに早苗を訪ねたことになる。そしてそれを選りにも選って今現在、紫
自身の前で再現しようというのだ。
 浮気を許す度量くらい持ち合わせているつもりだったが、自らが二番手などに甘んじる
ことなどプライドが許しそうになかった。
「何と言われても婚姻に付いて話合ってるのだけれど」
「〜〜〜〜っ!」
 しれっと言ってのける霖之助に紫は言葉も出ない。
 自分を弄んだことを死ぬほど後悔させてやる――という決意が実行を伴うことはなかっ
た。
 事態は紫の思考を遥かに上回り、迅雷の如き速さで転がって行く。
「その結婚、ちょっと待ったあ!」
 第二の闖入者の登場である。
 本来ならば黒白であるはずの彼女が今は何故か純白のシンプルなドレスに身を包んでい
た。一瞬誰だかわからなくなるほどの違和感を紫に感じさせる魔理沙のその衣装は、誰が
どう見てもウェディングドレスにしか見えないものだ。
「香霖と結婚するのは私だぜ、早苗には譲れないなあ」
 ちっちと指を振る少女の態度はいつも通りだったが、うっすらと化粧をしている魔理沙
は確実に普段より綺麗になっていた。
「おや、そのドレスを着たのかい。よく似合ってるよ、うん。馬子にも衣装って奴だ」
「わざわざ作ったんだから着てやらないと可哀想だからな。服が」
 霖之助が魔理沙をからかう口調もどこか紫には柔らかく感じる。対する魔理沙のそれも
同じだ。
「って何が待った、よ。何の為に霖之助さんを迎えに来たと思ってるの?」
 続いて現れた巫女も今日の格好は紅白とは言い難い。唯一赤いのは髪留めだけだ。
 まるで「当然でしょ」とでも言うかのように、見まごうことなき花嫁姿の霊夢がそこに
いた。
「やあ、霊夢。君は白無垢に文金高島田の方が似合うかと思ったんだが」
「洋風も可愛いじゃない。私は気に入ってるわ」
 無邪気な顔でくるりと回りスカートをたなびかせる。まるで新婦が新郎にドレスの良さ
をわからせるように、可愛らしくゆっくりと。
「わあっ、お二人ともお綺麗ですね」
「お前の分もあるから後で着替えるといいぜ」
「はいっ、楽しみですっ」
「迎えに来たってことは他の奴らも誘ったのかい?」
「そりゃあな。紅魔館から永遠亭まで至る所から集まったからな。流石にここじゃ狭すぎ
る」
「場所は神社にしたわ。神聖な儀式をするには持って来いの場所よ」
 理解の範疇を大幅に超えた事態に紫は立ち尽くすことしか出来なかった。

                            *

 神社はまるで宴会の日のようにごった返している。ただ一つ違うのは誰もが純白の衣装
に身を包んでいるということだ。一人だけ平服の紫は悲しいくらい場に浮いてしまってい
る。
 未だに、笑うべきか、泣くべきか、怒るべきか、悲しむべきか、そのどれとも判断が付
かぬ紫は亡骸のように動くことが出来なかった。
 ドレス姿の月兎や酔っ払った白無垢姿の鬼を見てもそれは変わらない。
 遠くで射命丸が"新婦達"に取材をしている。
「現在のお気持ちはー?」
 元気に走り回っているその彼女もまた真っ白な和装姿であるのだ。
 紋付羽織袴姿の霖之助が登場し、霊夢と魔理沙の三人で鏡抜きをするのを見て、
 ――ああ、これはやはり結婚披露宴なのか
 その実感と共にふつふつと紫に沸いてきた感情は当然の如く烈火の如き怒りだった。

                            *

 宴会が始まった。集まった面々の服装以外はいつもと変わらない状況である。
 もう一つ、少女たちと霖之助との関係性は少しだけ違っていた。
 燕尾服に着替えさせられた霖之助は新婦たちの間を回っていた。現在は片膝にレミリア
を、もう片方にフランドールを乗せ霖之助は絶えず酒を飲まされている。
 二人のドレスを作ったのも霖之助で、要望どおり普通ならばあり得ない真紅に染まった
お揃いのウェディングドレスを着込んでいる。
 更にその両脇を和装のパチュリー、そしていつもより際どい純白のチャイナドレスの美
鈴が囲んでいた。
 咲夜はいつも通りメイド姿でレミリアの後ろに姿勢良く立っているのだが、よくよく見
ると彼女の服もいつもとは違うことに気が付くだろう。咲夜のエプロンドレスでもまた霖
之助のお手製なのだ。
 その中で一人、霖之助は憔悴しきっていた。四人の女性からかわるがわる酒を注がれ、
肝臓を休ませる暇もない。寸刻前まで永遠亭の人々に死ぬほど飲まされていたのだ。その
矢先にこの対応。流石にもう飲めないと始めは断ったのだが、
「慶事に呑まないとは何事だ」
「私の酒が呑めないのか」
 と難癖を付けられ無理矢理呑まされるのだ。
 自分が呑みたいだけなのに人を巻き込まないで欲しい、とは思うものの現状は自身が望
んだことに違いは無い。怒りをぶつける場所も無いまま、煌びやかな少女たちに囲まれて、
脂肪肝にさせられる鴨のような気持ちでただただ酒を飲むばかりである。
 更にこの後には天狗だけでなく鬼や神も待ち受けている。アルコール中毒で死ぬ初めて
の半妖になるのでは、そんな冗談のような想像が俄かに現実味を帯び始めていた。
 だがそれ以上に気になることがあった。宴会の輪から離れて一人手酌で飲んでいる少女。
普段の格好のまま恐ろしい形相で自分を睨み付けている隙間妖怪の存在だった。
 ああ、やはり怒らせてしまったか。
 初めは彼女の機嫌を損ねないよう色々と気を回すつもりではあったのだ。それが霊夢と
魔理沙の為に予定が狂ってしまった。
 詫びの一つも入れておくか。
 酒興を発して乱痴気騒ぎが始まった場からそっと離れると、一人紫の元へ向かった。

「あら、霖之助さんはどこに行ったの?」 
「さっきまでここにいたけど……変ね。どこにもいないわ」
 宴会に耽る面々の意識の隙間に、霖之助が神隠しにあったことを知るものはいない。時
を同じくして姿を消した紫のことを気にするものもまた存在しなかった。

                            *

「さて、何か釈明するようなことはあるのかしら?」
 マヨイガにある紫の屋敷で霖之助と対峙する。表面上は冷静に。取り乱すことは彼女の
矜持が許さない。
 それでも既に心の中は「貴方を殺して私も死ぬ!」状態になっているのだが、霖之助は
というといつもの気だるい表情のままである。
 生殺与奪を他人に握られた状態だというのに恐ろしく雰囲気の読めない男だ。
「確かに君に対する配慮は足りなかったと思うよ。済まなかったね」
「……それだけですか?」
 あくまで気安く語る霖之助。
 紫の中の殺意は幾何級数的に膨らんでいく。
 彼女の発する怒りのオーラに当てられて霖之助も漸く場の空気に気が付いたのだろう。
ほんの少しだけ慌てて釈明を開始した。
「ああ、いや、本当にここまで事態を大きくするつもりはなかったんだよ。ただ魔理沙と
霊夢がちょっと暴走してしまって……」
「この話に霊夢と魔理沙が関係ありますか? 霖之助さんのお気持ち一つの問題なのでは
ないですか?」
 詰問口調になってしまっているが、そのことに紫は気付かない。
「そうだね、詰まらない言い訳だった。君には全てお見通しなんだろうからね」
 顎に指を当て、少しの間考え込む霖之助。
 長考の後、腹を決めたかのように真面目な表情で口を開いた。
「全てわかっている君にいえることは僕の気持ちしかない。だから端的にそれを伝えよう
と思う。……初めから僕が必要としているのは君だけなんだ」
「だったら! どうしてあんなに人を萃める必要があったというの!?」
「それは……君に拒絶された時のことが不安だったんだよ。僕も強い人間じゃないんだ。
わかってくれないか」
 紫も子供ではない。逃げ場を用意しておきたかったという彼の言は納得は出来なくても、
理解は出来る。
「だからって……あれはやりすぎだわ」
「いや、まだ少なかったかもしれないと思う。君を失ったことを考えると、穴を埋めるた
めにはあれ位は必要なんだ。本当にそう思ったからあんなことをしたんだよ」
 霖之助の口調は至って真面目なものである。
 客観的に見ても彼が集めた面々は妖怪としても女としても相当のランクに
位置している。自らの価値をそれらをひっくるめても上だと言われたのだ。嬉しくないわ
けはない。
 口説き文句としては三流以下でも、紫の心を動かすのには十分だった。
 紫の心の雪解けを察したのか、畳み掛けるように霖之助は続ける。
「わかってくれとは言わないが、今言ったことは嘘偽りの無い僕の気持ちだ。だからもし
僕を許してくれるなら、君と最初からやり直したいと思う。……駄目かな?」
「……外の人たちはどうするおつもりです?」
「勿論直ぐに帰ってもらうよ。本当に僕が必要としているのは君だけなんだから」
 霖之助の口調と瞳には全く嘘の気配が無い。幻想郷の賢者たる紫を騙しとおせる人間や
妖怪など存在しないのだ。彼の気持ちは嘘偽りなく自分に向いている、そのことだけは確
信出来た。
「本当に反省していますか?」
「ああ勿論。許してくれるのかい?」
 溜息一つと共に首肯すると、子供のように顔を輝かせる霖之助。
 どんなに許せないと思っていても、最後は許容してしまう。駄目な女だとは思っても、
結局惚れたほうが負けなのだ。
 霖之助は一着のドレスを取り出した。華美でありながら派手すぎず、見ただけで彼がど
れほど苦心してこれを仕立てたのかが伝わってくる。 
「着てくれるね?」 
「……はい」
 口に出来る言葉はもう他に残っていなかった。

 ステンドグラスに遮られ、わずかな陽光しか届かない廃教会。その中央を霖之助と紫は
並んで歩いている。燕尾服とドレスに身を包んだ二人は今誰もいないこの教会で宣誓に臨
もうとしていた。
 こんな場所が幻想郷にあったのか、と訝しむ霖之助には内緒だったがここは外の世界に
ある教会なのだ。神社に戻ろうとした霖之助を押し留めて、わざわざ彼を連れて来たのだ。
誰の目にも触れられることなく式を行う、何となく二人にはそれが合っているように思え
たからだ。
 細かい手順など二人ともわからなかったが、要は気持ちの問題である。真似事のような
式だったが、それでも粛々と進んでいった。
 洋式の結婚について知らない霖之助にあれこれ紫が教えながらだったが、それも楽しい
時間になった。
 相変わらず婚姻という行為より、儀式の内容などを気にする朴念仁っぷりは健在だった
が、今ではそれも好ましいものとして受け入れられた。
 とうとう式も終盤に至る。残すことは一つだけ。紫は霖之助にもたれかかるようにし、
顔を上げて目を瞑った。
「ここで接吻をするんだったかな?」
「もう、そういうことを聞くのは野暮ですわよ?」
 やはり霖之助は霖之助だ。朴念仁の若造で自分を敬おうともしない不遜な男。しかしそ
んな男だったからこそ紫も気になったのかもしれない。
 だがもうそんな些事など何の意味も持たないのだろう。
 今唇に触れている感触によって生まれている幸福感には一つの嘘もないのだから。

                            *

 神とは兎角やっかいな存在である。普通の方法では殺すことも出来ないし、祟られたと
しても悪霊や怨霊と違い祓うことも出来ない。神が死ぬ時とは信仰がなくなった時以外に
はありえないのだ。
 今回のケースなら囲炉裏を用いる方法もあったのだが、季節が大晦日に限定される方法
なので断念した。
 だから残される方法は二つしかない。荒御魂を崇め奉り、その怒りを鎮めることによっ
てその霊威を負から正に転換する方法と、より強力な神に力を借りる方法だ。
「あら、霖之助さん。どこ行ってたのよ」
 紫の元から帰ってきた霖之助を霊夢が目ざとく発見する。すぐ後ろには魔理沙もいた。
相変わらず二人ともドレス姿である。
「マヨイガまでちょっとね。最初に彼女に話を通すべきだったね、やっぱり怒っていたよ。
まあ何とか許して貰えたけど」
「意外ね、紫がこんなことを認める何て思わなかったわ。だからこっそり動いたのに」
「それで結局何でこんなことを始めたんだ?」
「あんたそんなこともわかってなかったの?」
「とにかく盛大な結婚式をすれば良かったんだろう?」
 流石に霊夢も呆れ顔だ。
 霖之助は霊夢に変わって口を開いた。
「僕に憑いていた祟り神を鎮めるための儀式だったんだよ。荒御魂を鎮めるために宴会を
開く、そして憑いている神より強力な力を求める。この二つの条件をクリアするのに一番
手っ取り早い方法が結婚式だったというわけさ。勿論、あくまで御祓いの一環としての儀
礼的なものだけれどね」
「待て待て、宴会はともかく何で結婚が御祓いに繋がるんだ?」
「婚姻とはね人と人との関係を強力に結び付ける一種の呪術的な儀式なんだ。例え自分に
力がなかったとしても、婚姻によって結びついた相手の力を儀式によって得ることで仮想
的にその強さを自らのものにすることが出来る。だから昔から婚姻が政争の道具に使われ
るのさ」
「つまり祟り神より強い存在との結びつきを明確にしてしまえば、神様もそうそう取り憑
いてもいられなくなるのよ」
「なるほど、それで紫だったのか」
 霊夢は霖之助の説明を纏める。巫女の保障があるのだからと霖之助も自らの説に自信を
持っていた。
 とはいえ最初から最後まで巫女任せで進んだ御祓いなのだから、真実は全て闇の中であ
る。
 毎週のように続く宴会の準備を霖之助に押付けるため、霊夢が自作自演で行った御祓い
劇、などという可能性もなくはない。考え出すと疑心暗鬼は絶えなかったが、わからない
ことは気にしないという特技は全てを忘却の彼方へと追いやった。
「本当は神奈子様や諏訪子様にお願いしたかったんだけど、お二人とも既婚者であること
を考えると別の神に祟られかねないからな。そこで幻想郷に残る最も力の強い人物といえ
ば彼女しかいなかったんだよ」
 それでも紫に断られた場合の二次策、三次策として何名かに白羽の矢を立てていたのだ
が、魔理沙の適当な行動により天下の将軍も真っ青の一大重婚劇に発展してしまったのだ。
「只酒が呑めるって言ったら全員二つ返事だったぜ」
「誉めてないよ」
 ぐっと親指を立てる魔理沙を嗜める。
「まあいいじゃない。祟り神も退散したみたいだし、終わりよければってね」
 霊夢は軽く言うのだが今回の騒動の出費を考えると頭が痛い。これこそが祟り神の残し
た最後の霊威なのではないかと思うほどに。

 霊夢と魔理沙に連れられてすっかり出来上がっている集団と合流する。途端にあちらこ
ちらから杯に注がれる酒酒酒。やはり彼女たちは宴会をしに来ただけらしい。
 流石の霖之助も真似事とはいえ彼女たちも結婚式には抵抗があるのだろうと思っていた
のだが、それもどうやら杞憂だったようだ。これが幻想郷らしいといえばそうなのだろう。
 それにしても、と霖之助は思う。まさかあれほど紫が協力してくれるとは思わなかった。
 霖之助は唇をそっと撫でる。未だに柔らかな感触が残っているような気がするのだ。
 今思えば紫の反応は妙に可愛らしいものだった。いつもの剣呑さは鳴りを潜め、どこか
思いつめたような様子は本物の花嫁のような印象を受けた。ともすれば本物の結婚式だと
誤解しているのではと危ぶむほどに。
 まさか、と霖之助は苦笑して自らの考えを一蹴した。幻想郷の賢者たる彼女に自分如き
の行動が読めないはずはないだろう。
 しかしドレスを捲り上げ、あられもない格好でくだを巻いているこの面々。彼女たちよ
りはよっぽど女性らしい反応だったことは確かなのだ。
 気が付くと今まで持っていた彼女に対する苦手意識は消えていた。
 というよりはむしろ――
 自分らしくない考えを霖之助は頭を振って追い出した。
 気位の高い彼女が自分なんかを相手にするわけがない。今日のことだって偶々機嫌が良
かったのだろう。
 そう思おうとしても唇に残る感触がそれを許さなかった。
「こらあ、何暗い顔してるのよう」
「そうだぜそうだぜ。祝い事の席でする顔じゃないぜ」
 未だ酒の残っている器に両方から酒が注がれる。度数の高い酒がちゃんぽんにされて明
日の目覚めが悪くなりそうな液体が出来上がった。一瞬顔を顰めた霖之助だったが、これ
でいいのかもしれない、と思い直した。
 胡乱な思考を追い出せないのはこの場の独特な空気に酔っているからなのだろう。だと
するならば自分も一緒に正気を失って騒ぐのが正しいのだ。そうすればこの雰囲気を翌日
にまで持ち越さずに済むはずなのだから。
 杯を一気に干すと周りから歓声が上がる。負けじと更に多量を呑もうとする者、空いた
杯に更に酒を注ぐ者と周りの反応は様々だ。
 とことん呑もうと決めた霖之助はそれを拒否することは無い。
 しかし一度燈った感情は酒によって消えることもなく、熾火のようにいつまでも胸に残
り続けるのだった。









●後書き
投下十一作目。
最初は紫霖でほのぼのとした話を書くはずでした。プロットでは最後は紫の膝枕で霖之助が寝ているような、そんな話だったんですが……気が付いたら大暴投の大暴走になってしまいました。
いつも通りといえばいつも通りなんですが。
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