2008年07月21日

幻想の手触り

人込みの中で少女は一人苦悩する。

登場キャラ
早苗 霖之助
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 年の瀬も近づき俄かに世間が活気付き始めていた。街中を煌びやかな電飾で飾り立て、
日常を異世界へと変えていく。冬の寒さを物ともしない人たちで嫌になるほどの熱気が世
間に篭っていた。
 灰色の空の下、騒ぎながら歩いている集団からはアルコールの臭いがする。少女は擦れ
違い様に一際大きく溜息を付いた。 
 集団の中の一人が耳ざとくそれを聞きつけて剣呑な態度で少女に絡もうとする。が、直
ぐに周りの連中に諌められ街の風景の一部に溶け込んでいった。
 このような光景は今や日本全国で見られるのだろう。仕方が無いのだ。今日はクリスマ
ス、基督教の風習がこの国に受け入れられた結果がこれなのだから。
 そう思いつつも少女の眉間に寄せられた皺が解されることはなかった。
 新しいものを受け入れることが悪いことなのではない。この国は、いやこの国の人々は
昔からそのようにしてやってきたし、彼女の信じる神様もかつては同じ道を辿ったのだ。
 しかし、だからといって何故古いものを忘れられるのだろうか。
 過去と現在が連綿と続き未来が紡がれていく。その連鎖を断ち切ってしまっては残るの
は断絶だけなのだ。何でそんな簡単なことがわからないのだろう。
 少女は普段殆ど外を出歩くことがなかった。それだから、こうして世間という物に間近
に触れてしまうと愚痴っぽくなってしまう。
 あの人たちは信仰の意味がわかっているのだろうか。
 真赤な仮装に身を包んで街を練り歩く男女を見て思う。信仰があるならば、それは良い。
形が違えども全て根は同じなのだ。しかし彼らはただ愉悦に興じるだけで、信仰の色を感
じることは欠片さえ無いのだ。
 気が付くと気分は憂鬱になっている。外に出るたびにこうなるのだ。勝手に何かを期待
して、裏切られ、そして落ち込んでいる。
 早く家に帰ろう。
 自らの心の内を正視することに堪えかねて少女は早足で歩き始める。
 しかしそれを遮るかのように人込みが立ちはだかる。少女に彼らの内に入り込んでいく
気力は無かった。例え遠回りになろうとも少しでも人の少ない方へと歩みを向ける。
 もう目の前の光景を見ることですら辛かった。俯き気味に少女は歩く。当て所も無く彷
徨う迷い子のように。
 気が付くと目の前に裏寂れた神社があった。人込みが薄れたわけではなかったが、その
神社の周りだけは不思議と人の気配が少なかった。それは信仰の衰退の産物なのであった
が、今だけは有り難かった。
 既に辺りは夜の帳が降りていたが、そこかしこに据えつけられた街灯と、胡乱な店の
放つ如何わしい光に寄って闇に包まれることは無い。その中でこのような場所は少女に
取って唯一安らげる場所だった。
 息を付いて少女は顔を上げるが、次の瞬間その表情は歪に歪められることになる。
 街を彩る電飾が神社にまで侵食していたのだ。極彩色に彩られた鳥居は現実感を喪失さ
せる。
 通りを歩くカップルがまるでその光景を美しいものだといわんばかりに賞賛して通り過
ぎて行った。
 この醜悪なオブジェが世間の目には宝石のように映るというなら、自分の居場所など既
にこの国にはないのではないだろうか。
 思わず目を逸らした少女だったが、その先に更なる異形を発見することになった。
 蒼と黒を基調とした、和服の様で微妙に異なる、奇抜な意匠の服に身を包んだ男が一人。
白金に輝く髪は街の灯りを反射して虹色に煌いている。端正な顔立ちの奥にある両の瞳、
眼鏡の奥に見えるはずのそれは固く閉じられていた。
 そして、手に持つは最新型のiPod。どうしてだかそのボディをまるで貝殻か何かのよう
に直接耳に当てている。
 もう何が何だかわからない。一瞬、全てを忘れて見入ってしまうほどの異様さをその男
は放っていた。
 街頭パフォーマンスの一種だろうか。テレビで得た知識でこのような奇態を晒す事を生
業とする人種がいることは知っていた。
 少女は少しばかり男の様子を眺めていた。しかし一向に動く気配も無く、ただ眉間に皺
を寄せ唸り続けているだけである。まるで少女と同じくこの人いきれが恐ろしいとでも言
わんばかりに。
 そこで始めて気が付いた。街外れで人通りが少ないとは言え、往来に立ち尽くしている
この異形の人物が目立たないはずがない。だというのに彼に視線を送っている人間が自分
以外には一人たりともいないのだ。
 私にしか見えていない……?
 信仰を集めることこそ出来なかったが、かつて現人神と呼ばれた一族の末裔、その血統
の麒麟児と呼ばれる少女なのだ。彼女にしか見えない存在とは、即ち常ならぬモノである
ことを証明している。言い換えるならそれは幻想そのものであると言って良い。
 その事に思い至った少女は好奇心のままそのモノに近づいていく。信仰を失った人々と
の距離感を失った自らと同じくするように、喧騒から目を背けて呆然と立ち尽くすその男
に。
 彼ならばこの心の蟠りを理解してくるのではないだろうか。
 期待に胸を膨らませ、しかしその思いが叶えられることはなかった。
 突然背後から伸びた腕に口元を押さえつけられる。驚愕の悲鳴さえも出せぬ間に、男が
その両目を見開こうとしていた。
 呆気に取られたように辺りを見渡す男。その瞳はまるで明星の様な美しい金。
 その瞳に引き込まれてしまった少女は視線を反らせなくなってしまう。
 いつの間にか自らを押える腕が消失していた。我に返った少女が口を開こうとした瞬間、
男が忽然と消失していた。
 何が起きたのかもわからず呆然とする少女の目の前に腕が一つ浮かび上がっていた。い
や正確には空間に生まれた隙間から腕が伸びているのだ。
 その手の先、ピンと立てられた人差し指が緩やかに二、三と振られると直ぐにその腕も
消えてしまった。
 神に近しい少女にさえ何が起こったのかわからない、まるで白昼夢のような光景。常人
ならば泣くか、笑うか、叫ぶか、そうでもなければアルコールによって忘却するしかない
ような奇怪な「出来事。しかし少女にとってはそれはどれも該当しなかった。
 この国にも未だ幻想が絶えることなく息づいている。目には見えなくとも確実に、何処
かで、今この瞬間も。
 それは少女に取っての福音だったのだ。
 気が付くと重い気持ちは吹き飛んでしまっていた。電飾に彩られた鳥居を見て綺麗だと
思えるほどに余裕を取り戻していた。
 自分があれこれと気を回す必要など何処にも無いのだ。信仰を一身に受ける本人でさえ
きっと気にしていないだろう。仏になることだって気にしないのが神様だ。彼女も信仰が
得られるならばサンタの仮装だって辞さないかもしれない。
 こんなことを話したらきっと笑われるな。
 その光景を想像すると自然と笑みが漏れた。
 もう雑踏に怯えることはない。そっと神社を離れるとしかと目の前を見据えて、ゆっく
りとした足取りで少女は帰途を辿る。
 彼女の信じる神々の坐す諏訪の社に。

                            *

 手馴れた手つきで急須に茶葉とお湯を入れる少女を見て、男が思うことは割とどうでも
いいことだった。
 やはり神々の前では巫女とは小間使いのような生き方を強いられるのだろうか。
 余りにも不毛なその思考は次の瞬間には忘れ去られていた。
 道端でばったりと会った少女に誘われて森近霖之助は彼女の家を訪れていた。そこに全
く意図を感じないほど霖之助は朴念仁であったが、どうでもいい気遣いにだけはよく気付
くのだ。
「うん、美味しい。君はお茶を煎れるのが上手だね」
「ありがとうございます。大したことじゃないですけどね」
 照れ笑いを浮かべる少女を見つめながら霖之助は口の中に広がる茶の風味を味わった。
 目の前に置かれた湯飲みを手に取るのは都合三回目になる。それは目の前の少女、東風
谷早苗が気を利かせた為であった。
「いやいや、その大したことの出来ない人間とは意外と多いものだよ。そうやって謙遜出
来る人間もね」
 喉の渇きに合わせて湯の温度を変える。確かに誰にでも出来ることなのだが、誰にでも
気付くことではない。霖之助の脳裏には真夏でも熱々のお茶を飲む紅白の少女の顔が浮か
んでいた。
「お茶までご馳走になってから聞くのも何なんだが、どうして僕を誘ったんだい?」
 霖之助と早苗には接点はないはずだ。お互いに名前くらいは知っていてもおかしくは無
いが、直截顔を合わせた記憶はなかった。
「いえ、特にこれといった理由はないんですよ。ただ……」
「ただ、何だい?」
 言いづらそうに口よどむ少女を促す。霖之助にはこの外の世界からやってきた少女には
興味があった。彼女も同じく自分に興味を持ってくれているなら――商売になるかもしれ
ない。
「いえ、なんでもないです。ちょっとお礼を言いたかっただけで……」
 少女の目はどこかここではない遠くを見ているように思えた。しかしそれでいて霖之助
からは焦点がぶれていない。まるで過去の自分を知っているかのような印象を受けた。
「……お礼だって? 僕は君に何かをした覚えはないんだが」
 もしかしてどこかで会ったことがあるのかい、と続けようとするがそれは直ぐに早苗に
遮られた。
「いいんです。すみません、忘れてください」
 よくわからないこと言う早苗に霖之助は若干の落胆を見せる。それをどう勘違いしたの
か、早苗は誤魔化すようにさらに急須にお湯を足した。
 流石にこれ以上お茶を飲むのはきついのだが。どこかの巫女じゃあるまいし。
 無情にも湯飲みに注ぎ足されるお茶を見て霖之助は小さく息を吐いた。
 やはり幻想郷の少女というものはどこに行っても変わらないのか。
 膨れてきた胃の辺りを撫でながら、霖之助は湯飲みに口を付けるのだった。









●後書き
いくら何でも人のプロットで書きすぎシリーズ第四弾。
ちょっと元プロットを改変しすぎたので冷や冷やしていたりします。ただこの早苗の話を書いたお陰で神奈子の話を書ける気になれたので、その意味では勝手に感謝していたりします。
某スレ178さん、ありがとうございました。
posted by sei at 05:19| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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