2008年07月21日

悲しい思い出は再会の情熱に

無縁塚に立ち寄るのが習慣になっていた藍。そこで出会った人物とは……。

登場キャラ
藍 霖之助
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 秋の彼岸になり一面を紅に染める無縁塚。
 主人に命じられた仕事を終えると、藍はいつも最後に其の場所へと向かう。
 ここへ来るのは過去を忘れない為でもあり、過去と決別するためでもあった。
 相変わらず私は矛盾しているな、これで式神だというのだからお笑いだ。
 自嘲気味な笑みを浮かべるが、それも詮無いことである。自分を貶めて、自分に言い訳
をして、そこに何の意味があるというのだろう。
 だがここには思い出が、いや思い出の切れ端が残っているのだ。
 八雲紫の式になる遥か前の、もう何時のことだったかも忘れてしまった程の昔。力の弱
いただの狐だった頃、そんな自分を理由も無く助けてくれた人間がいた。
 幾星霜を経て、何千何万もの有象無象に埋もれてしまった男の墓。
 生前、紅く染まる彼岸花を美しいと語り聞かせてくれた彼の亡骸。
 彼は未だ此の場所に眠っているのだろうか。それとも無事に成仏することが出来たのだ
ろうか。
 答えの出ぬ思考を巡らせながら、藍は独り立ち尽くしていた。

 気が付くと辺りは夜の帳で覆われていた。数刻もの間亡羊と立ち尽くしていたのだ。そ
ろそろ主人も起き出す時間だ。予定していた時間を随分と超えてしまっている。
 直ぐにマヨイガに帰ろうとする藍だったが、幾許かの迷いがあった。思わず墓を振り返
った時背後から声をかけられた。
 思わず心中で舌打ちしてしまう。逡巡しなければ無駄な時間を使うことも無かっただろ
うに。自らの弱さに辟易した。
「やあ、こんばんわ。こんなところで人に、いや妖怪に会うのは初めてだよ。それにして
も妖怪が墓参りとは珍しいな。知り合いでもいるのかい?」
 心に掻痒感が走った。自分も無縁塚に参っているというのに、人に触れられたくない部
分があることがわからないというのか。
 男の無神経さに憤った藍は彼を無視して歩き出す。姿を消さないのがせめてもの意思表
示だった。
「っと、済まなかった。少し無神経だったみたいだ。謝るから僕の話を聞いてくれないか?」
「急いでますから」
 突慳貪に吐き捨てる。普段は人当たりの良い藍だったが、一度『気を使う必要もない奴』
とカテゴライズされるとその修正は容易ではない。
「頼むよ。僕も困っているんだ」
 気安げに肩に手を置かれる。瞬間、頭に血が上って手を振り払おうとするが、タイミン
グが悪かったのだろう。腕が絡まりバランスを崩してしまう。
「おっと危ない、こんな暗がりで暴れるものじゃないよ」
「……っ、誰の所為で――」
 男の顔を間近で見た瞬間、腰に回された腕も気にする余裕も無くなった。
 何故、貴方がここに……?
 一瞬そう思ってしまうくらい、"彼"に瓜二つだったのだ。目の前の男は。

 男は森近霖之助と名乗った。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、何度か油揚
げを拝借したことがあったことを思い出した。
 あれは絶品だったな、などと思考が横道に逸れ始めたことに気が付いた藍は男を問いた
だすことにした。
「そ、それで何の用なんだ? 何度も言うが私は急いでいるんだ。用件は手短にして貰い
たい」
 突き放した物言いをしているつもりなのだが、どうしても少し柔らかくなってしまう。
 男に対して斜に構え、横目で顔色を確認しながら、相手には表情を見せないように。そ
うでもしないと自分を押えられる自信がなかった。
「僕もこの時期には毎年無縁塚に寄っているんだよ。今まで出会わなかったのが奇跡的と
も言えるね」
「……用件は?」
「っと済まない。つい墓参りに没頭してしまってね。気が付いたらこの暗さだ。秋の日は
釣瓶落としとは良く言ったものだね。不覚にも火種を忘れてきてしまい立ち往生って訳だ」
 ところで釣瓶落としの本当の意味を君は知っているかい、という最後の言葉は無視する
ことに決めた。
 墓参りに没頭というのが不可解だったが、男の要求は理解できた。
 しかしこの場合、自分はどうするべきなのだろうか。
 また不必要に考え込んでしまっていることに気が付いて藍は薄く笑みを浮かべた。何で
今日という日に限って自分はこんなにも去就に迷っているのだろう。
 居丈高、というのでもないが飄々とした男の態度はとても人に物を頼む態度ではない。
 それならば見捨ててしまえば良い。頼れる者がいなくなれば諦めてどうにかするだろう。
 そう出来ればよかったのだが――男も流石に雰囲気を察したのか。遅まきに何処と無く
困った雰囲気を放ち始め、拝むように手を合わせてくる。
 余りにも情けない態度だ。変節漢だ。こんな奴放って置けば良いのだ。
 しかし、何故かこの男と嘗ての命の恩人の姿が重ねて見えてしまう。
 先ほどはいきなりだったから瓜二つだと思ってしまったが、冷静になれば言うほど似て
はいない。どこか雰囲気だけは通じるものはあったのだが、言うなればそれだけである。
 ――違う、雰囲気だって似てるわけないじゃないか
 嘗ての想い人を汚してしまったような気になった藍は、徐に足元の彼岸花を一輪摘むと
男の手に押付けるように手渡した。
「それは狐の松明、その花を持っていれば道に迷う事はないだろう。但し家に持ち帰らず
にどこかで捨てることだ。家を無くしたくなければな」
「それはどういう……」
 男が言葉をつむぎ終える前に彼岸花の花弁が優しい光が放ち始める。
 さぞ神秘的な光景にでも見えたのだろう。男は呆然とその光景を眺めていた。藍にとっ
ては何でもない日常でしかないのだが。
「なるほど、彼岸花には別名が多くある。死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、そして狐花。
つまりこれも一種の狐火なのだろうな」
 男はぼそぼそと独り言を呟く。
「何か言ったか?」
 人に聞こえない独り言は気持ちが悪くなるので止めてもらいたい。そう思って聞き返し
ただけだったのだが、
「いや、済まない。これで何とか帰路に付けそうだ。ところで君は彼岸花の花言葉を知っ
いるかい?」
「確か……悲しい思い出、だったかな……」
 それは正に先ほどの藍が耽っていたものに間違いない。忘れようとしていた過去がまた
脳裏を掠め、思わず俯いてしまう。
 藍の知っている花言葉はもう一つだけあったが、まさか"想うはあなた一人"の方では
ないだろう。本当にこの場で自分を口説き始めたらどうしてくれようか、などと剣呑な発
想が頭に擡げてくる。そのお陰で悲しみは少しだけ薄れはしたが。
 しかし男は首を振る。
「確かにそれも正解だがね、彼岸花にはもう一つ花言葉があるのさ」
 ぼそぼそと耳元で告げられた言葉に驚いて思わず藍は顔を上げる。
 しかし既に男は背中を向けて歩き出していた。そして背を向けたまま二、三手を振って、
直ぐに無縁塚から消えてしまった。
 それからも藍は呆然と立ち尽くしていた。
 あの最後まで失礼だった男、しかし彼が残した最後の言葉こそ自らが求めてやまなかっ
たものなのだ。
 そのことに気が付いてしまった藍の心の内は変わり始めていた。

 その日から藍は無縁塚を意識することがなくなった。例え訪れることがあったとしても、
ぐずぐずと墓の前で郷愁に浸ることだけはしなかった。
 あの場所にもう彼はいない。そのことを強く信じられるようになったのだ。
 きっとあの人なら輪廻を巡り、新しい命として転生していることだろう。
 確証も証拠も無いただの思い込みだったのだが、それでも信じられる。理性的な藍にとっ
てその感覚は殆ど覚えの無いものだったが、不思議と悪い気分ではなかった。

 ――また会う日を楽しみに

 あの不躾な男が口にしたその一言を胸に抱いて、今日も藍は幻想郷を走り回る。
 懶惰な主人の代わりに一人、どこかにいるはずのヒトを探しながら。









●後書き
某スレの職人さんのプロットを元に書かせて頂いた話です。
原作では油揚げを盗んだだけの彼女なので、こういう話は書いていて新鮮でした。
また藍の話を書いてみたいですが、自分に出来るのかどうか……。
posted by sei at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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