2008年07月18日

山の神と雨との関係

霖之助を花見に誘いに香霖堂を訪れた魔理沙。彼女はそこで意外な人物を発見する。

登場キャラ
霖之助 神奈子 魔理沙 霊夢 紫 他
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 香霖堂とはただの古道具屋ではない。新旧様々な道具が並び、その品揃えは外の世界の
道具にすら広く及んでいる。
 しかしその品揃えが問題なのではない。依頼されればお払い棒の調達から服の仕立て、
はたまたマジックアイテムの作成から修繕まで何でもこなしてしまう。
 そこだけを見て霊夢や魔理沙は『何でも屋』などと称すのだが、それは見当違いという
ものだ。あくまで霖之助の能力を"道具"に見立ててそれを売っているに過ぎない。
 道具と名の付くものなら有形無形を問うことすらしない。ありとあらゆる道具を扱う店、
それが香霖堂なのである。
 ――カランカラン
 寂しい店内にカウベルの音が鳴り響く。
「やあいらっしゃい」
 今日も新たな客が訪れた。道具を求めるものには何時如何なるときもその扉が閉じられ
ることはない。

                   *

 魔理沙はいつも通り乱暴に扉を開けると香霖堂の店内に飛び込んでいった。春も麗、幻
想郷中に桜は咲き乱れ、一日たりとも気を抜いて入られない季節。その時々で最も桜が美
しく咲く場所で毎日のように宴会が続けられているのだ。
 だが今日は宴会ではなく、正しく花見へと霖之助を誘いに来ていた。無縁塚と香霖堂の
間、そこで偶然見事に咲き誇っている桜を見つけた。相変わらず霖之助は宴会騒ぎには参
加していなかったが、落ち着いて桜を見られるなら彼も首を横に振らないだろう。
 霊夢たちは誘っていない。どうせ彼女が来てしまえば芋蔓式に幻想郷中の妖怪が集まっ
てしまうのだ。二人っきりで花見というのはどこか面映い気持ちもあったが、そうでもし
ないと今年も霖之助は一人だけの花見、それも店内から外を眺めるだけという寂しい結果
に終わるのだろう。
 これも全部あいつの為なんだ。日頃の感謝のお礼という奴だぜ。
 そんな風に自分を納得させながらも、魔理沙は頬が緩むのを抑えられなかった。
 勝手に居間まで上がるといつものように椅子に座って本を読んでいる朴念仁の姿が見え
た。
「おう香霖、花見の季節だ。桜を見ないと春が終わらないぜ」
「何だ魔理沙か。相変わらず藪から棒だな」
「人生万事瓢箪から駒だぜ」
「それは何か違うと思うが……それで何の用だい?」
「だから桜がだな……ってなんだ珍しい奴がいるな」 
 目の前にいたのに全く気が付かなかった。いや視界には入っていたはずのものを無意識
に排除していたのか。
 霖之助の背後に立っている人影と目が合う。古めかしい意匠を散りばめた無国籍風な服
装の女、河童や天狗の信仰を集める外の世界の神、八坂神奈子だ。
「我を呼ぶのは何処の人ぞ、ってね。私がここにいたらおかしいかしら?」
「ああ、おかしいぜ。お前は河童や天狗相手に神様ごっこしてるんじゃなかったのか?」
「相変わらず失礼な奴ね。最近は麓にまで降りて信仰を集めているのよ。まだまだ昔程の
信仰も集められていないからね。この店に来たのもその一環なのよ」
 薄く笑う神奈子に魔理沙は苛立ちを募らせる。
 誘いを邪魔されたのもそうなのだが、それ以上に魔理沙の癇に障るのが彼女の立ち居地
だった。
 妙に霖之助との距離が近いのだ。
 まるで撓垂れ掛かるように椅子の背凭れに両腕を乗せ、霖之助の肩越しに魔理沙を見つ
める神奈子。霖之助はというとそれを特に嫌がる様子も見せずに本を読んでいる。二人の
間にはどこか怪しい雰囲気が漂っていた。
 魔理沙はそれを勘違いだと思い込もうとした。
「まあいい。私は香霖を花見に誘いに来たんだ。お前はとっとと用を済ませて山に帰るん
だな」
 神奈子を睨みつけて棘のある言葉を吐く。だが魔理沙の牽制も虚しく、
「そういえば今日も博麗神社でお花見をするって言っていたわね。今度家の神社でもお花
見会を開こうかしら。神社から見える山桜が絶景なのよ?」
 彼女を無視し霖之助に話しかける神奈子。寸も離れずに囁かれて霖之助はくすぐったそ
うに首を竦めるが、あくまで嫌がるそぶりはない。
「それは是非見に行きたいね。機会があったら相伴に預からせて貰うよ」
「――っておい、香霖! 人を無視するとは良い度胸だな」
「ああ、悪いな魔理沙。神社で花見だったっけ? ……そうだな今日は行っても良い気分
だ」
「いや神社じゃなくて……」
「そうね、人が多いところの方が都合がいいものね。行きましょう、霖之助?」
 神奈子は霖之助の腕を取って歩き出す。
「お、おい! お前ら人の話を……」
「魔理沙も早く来ないと置いていくわよ?」
 くそっ、どうなってるんだよ。
 自分を置いてけぼりに突き進んでいく展開に舌打ちし、慌てて二人を追いかけていった。

 滅多に花見に来ない奴が来た、という物珍しさがあったのか霖之助の周りには人が集ま
っていた。
 否、それだけではない。魔理沙と同じく周りの人間もあの二人の行動に違和感を覚えた
からこそこうして集まっているに違いない。
 誰に憚ることもなく境内の真ん中に鎮座坐している神奈子。それだけならば良い、いつ
もと全く変わらない光景だ。その横に、まるで恋人に寄り添うかのように隣り合わせに座っ
ている霖之助さえいなければの話だが。
「ほら霖之助。これも美味しそうよ?」
 神奈子はおかずを箸で摘むと霖之助の口元へと持っていく。
「どれどれ? うん、確かに美味い。美味い酒に美味い料理。騒がしいところは苦手だが、
何でもやってみると案外悪くないものだね」
「あら、そこに私は含まれないのかしら」
「それは言わぬが華、という奴だろう?」
 朗らかに笑う一組の男女。二人のことを知らない人間から見れば百人中百人が二人は恋
人であると断言しそうな雰囲気だ。
 そんな二人を目前で魔理沙は睨みつけていたのだが、眼中にないのか完全に無視されて
いた。
「ちょっと魔理沙。何よあれは?」
 袖を引かれて振り返ると霊夢が引きつった顔で横に座っていた。
「それは私が聞きたいぜ。今日会った時からあんな感じだったんだからな」
 気が付くと遠巻きに二人を見つめる面々の表情はどれも似たようなものだった。
『何であの二人が?』
 と顔に書いていない人間、いや妖怪は一人もいない。誰もが二人の関係を怪しみながら、
そこに疑問を差し挟むことが出来なかった。
 誰もが「お前聞いてみろ」と互いに互いが視線を交わし、生まれた奇妙な硬直関係によっ
て身動きが取れなくなってしまっていた。
「あれー? 皆さん飲んでいませんね。どうしたんですか?」
 そんな折に、場の怪しい雰囲気に気付くことなく現れた少女。幻想郷の売れないブン屋
こと射命丸文に一同の視線が集まる。
 射命丸なら、射命丸ならきっとなんとかしてくれる。
 そんな期待を込めた視線が十数対集まったのだ。流石の彼女も気後れした様子を見せた
が、中央に座る二人を見つけると直ぐに事情に気が付いたようだ。
「あやややや。何やらお二人さんは怪しい雰囲気ですね。ちょっと取材させてもらって宜
しいですか?」
「あら、ようやく私たちのことに気が付いてくれた人が現れたわね」
 神奈子は霖之助に流し目を送り、手の甲を撫でながら艶やかに囁く。
「と言いますともしかしてお二人は……?」
「ああ、僕たち付き合い始めたんだよ。そのお披露目にってことで宴会に顔を出したんだ
が、言い出す機会がなくてね」
『なんですってー!?』
 一同の声が調和する。
「そんな、おかしいわよ霖之助さん!? そんなケバ女に誑かされて!」
「そうだぜ香霖! 一体どうしたっていうんだ?」
 霊夢と一緒に霖之助を非難する魔理沙。だが彼は涼しげな顔のまま言うのだ。
「二人とも、余り失礼なことを言っちゃいけないよ。僕はただ彼女の持つ魅力に気が付い
た、ただそれだけのことさ」
「正気に戻って! 霖之助さん!」
 流石にここまで言われては黙っていられなかったのか、神奈子はすっと立ち上がり、一
同の顔を見回して口を開いた。
 だがその口から語られた事実は魔理沙にとって、いや一同にとっても思いがけないもの
だった。
「流石に一度私に勝っただけのことはある、と誉めておこうかしら。巫女だけあって勘が
冴えているわね」
「……どういうことかしら?」
 霊夢も立ち上がり、神奈子と対峙する。その視線は何時になく厳しいものだった。
「貴方達はまだ私のことを良く知らないみたいだから教えてあげる。私は山の神でもあり、
そして恋愛を司る神でもあるの。私の手にかかれば男性なんて――」
 神奈子はそっと霖之助の顎をなで上げる。その手を取ると霖之助は慈しむように口付け
た。
「こんなものよ。例え相手の意思がどうであろうと、ね」
「あやややや! それでは香霖堂の店主を貴方の霊威で思うがままにしてしまっている、
ということなんですか!?」
 射命丸の中ではこの事件を記事にすることが決定されたのだろう。メモ帳に凄い勢いで
書き殴ると、今度はカメラを取り出して様々なアングルから二人の写真を撮っていく。
「まあそこら辺は想像にお任せするわ。ただ一つだけ言わせて貰うなら……私を篤く信仰
すれば貴方たちの恋愛の一助になる。それだけは間違いないでしょうね」
 思う存分写真を撮り終えると、明日の一面はこれに決定です! と叫んで射命丸は飛び
立っていった。
「貴方たちも――」
 神奈子が余裕の笑みを浮かべていられたのはそこまだった。
 霊夢の手から高速で射出される退魔針。それを大きく迂回して数多の御札が退路を塞ぐ。
 彼女の行動を見越したかのように魔理沙は上空へ飛び立っていた。魔理沙を仰ぎ見た神
奈子と視線が交錯する。だが遅い。上下左右、全ての道を遮られた神奈子に逃げ道は無い。
 ミニ八卦炉が魔理沙の魔法に呼応して光輝を発する。
「くらえっ、マスタースパアアアアアアアーーーーク!」
 着弾の瞬間、爆音と共に砂煙が巻き起こった。神奈子たちを除いた面々は一瞬早くその
場を逃れたが、破壊の中心に立っていた二人には逃げ場はなかったはずだ。
 その場にいる誰もが次の瞬間無残に倒れ臥す神奈子の姿を想像したことだろう。しかし
風が砂煙という名の覆いを剥ぐと、その予想が間違いであったことを思い知らされること
になった。
 音もなく顕現した四本四対の巨大な柱。それらが神奈子の身を守るようにして地面に突
き刺さり展開されていた。
 霊夢の圧倒的な弾幕の悉くを弾き返し、魔理沙のマスタースパークの熱量にも耐え切っ
た御柱が消失する。後には涼しい顔で立つ神奈子の威風堂々とした姿、そして呆けた様
に座り込んでいる霖之助の姿だけが残っていた。
「あらあら、これじゃお花見が台無しじゃない。二人とももう少し回りのことを考えなきゃ
駄目よ?」
 神奈子は妖しく笑うと、霖之助の手を取って宙に浮かび上がる。
「私達はこれでお暇するわ。弾幕ごっこもいいけれど、恋がしたくなったら私の元へ来な
さい。歓迎するわよ?」
「ちょっと待ちなさい! まだ勝負は付いていないわよ!?」
「神奈子っ! 香霖っ!」
 魔理沙と霊夢は弾幕を張って逃亡を阻止しようとするが、神奈子はまるでその弾幕の隙
間が見えているが如く、神がかった回避運動を見せる。霖之助と言う荷物を手にしたまま、
まるで力の差を見せ付けるかのように。
 そして余裕の笑みを浮かべたまま神奈子は神社の上空から消え去っていった。
「くそっ、神奈子の奴め!」
 拳で掌を叩く魔理沙。最初から何かがおかしいと思っていたのに。
 霖之助を救えなかった悔しさが少女の身に募った。
 これは歴とした異変だと言って良い。直ぐに霊夢も解決に立ち上がるだろう。だが今回
だけは霊夢に先を譲るわけにはいかない。
 そう思って飛び出そうとした魔理沙の腕を誰かが掴んだ。
「貴方たちの実力ではあいつにはまだ勝てないわ」
 見ると霊夢も同じように掴まれている。隙間から伸びた腕、八雲紫の腕に。
「勝てるか勝てないかじゃないわ。やるかやらないかよ」
「そうだぜ、こうしている間にも香霖がどんな目にあっていることか」
 完全に姿を現した紫は二人の顔を見比べる。落ち着き払って見せてはいるものの、紫の
声は震えていた。額には青筋すら浮かんでいる。
「勿論、貴方達には異変を解決してもらわなくちゃ困るわ。私が直截動くわけにはいかな
いもの。だから――」
 紫の言葉に魔理沙と霊夢は一つ頷くのだった。

                   *

 翌日の夕方、香霖堂の店内に二人の声が響き渡った。
『乾杯!』
 杯を合わせ、一気にそれを干す二人。
 霖之助と神奈子は計画の成功を祝してささやかな宴を開いていた。
 机には先ほど投げ込まれてきた文々。新聞が広げられている。一面に、
『恐るべき山の神の神威。香霖堂店主さえもメロメロに!?』
 というキャプションと二人の写真が大写しになっていた。
「まさかこれほど上手く行くとは思わなかったが、大成功と言って良いだろうね」
「ええ、貴方にお願いして正解だったわ。信仰がどんどん集まって来るのがわかるもの」
 神奈子は微笑むと霖之助に酌をする。
 先日、香霖堂を訪れた神奈子は信仰を集めるために必要な道具が欲しいと言った。
 由来のある神器を奉れば彼女たちへの信仰にも箔が付く、ということらしい。
 しかし霖之助に言わせればそれは下策でしかない。元々信仰心の薄い妖怪達、しかも彼
らほどの長寿の生物からしてみればたかだか千年程度の古物では箔も何もないのだ。
 神社を流行らせる方法とはそんな目に見えないものではなく、もっと身近なものでなけ
ればならない。
「神社が信仰される大きな要因の一つが御利益にある。一番人気は現世利益に間違いない
が、幻想郷では現世利益を求めるのは人間だけだ。宇迦之御魂神を勧請したとしても効果
は薄いだろう。ならば妖怪と人間、共に信仰される為にはこの二種族を跨ぐ御利益でなけ
ればならない」
「それが縁結び、という訳だったのね。最初は半信半疑だったけれど、まさかこれほど食
い付きがいいなんて……戸惑ってしまうくらいよ」
 そうはいいつつも神奈子の表情は喜色満面だ。久しく感じていなかった量の信仰を一身
に浴びているのだから無理もない話なのだろう。
「でも良かったのかしら? 恋愛の神、だ何て嘘を付いてしまって」
「それを言うなら恋人の振りをした、というところから責められなければいけなくなるね」
 それもそうね、と神奈子は笑う。
 縁結びを専門としているような神様、というのは余りいない。彼らの神話の中での行動
や元々の神格や性格、はたまた地名や霊跡に肖って後から付け足された御利益であること
の方が多いのだ。例えば色を好み『その御子すべて一百八十一の神ます』といわれる大国
主神であるとか、各地に見られる夫婦岩などが典型である。そうでなくても夫婦神である
だけで縁結びの神徳は備わってしまうのだ。
 霖之助は神奈子が外の世界に"建御名方神"という夫神を持つことを知っていた。なら
ば彼女にはその資格が十分にあると言えるのだが、幻想郷それが知られていなければ当然
信仰には繋がらない。外の世界、それも神に興味を持つ者など人間妖怪を通しても存在し
ないのだ。
 となると方法は一つだけしかない。
 どんな形でも良い。例えそれが醜聞であったとしても、神奈子という神に『色気』を感
じてもらうことが最善の方法なのだ。
 御利益とは即ち神様の持つ力のことだ。信仰さえ集まれば、元々その能力がなかったと
しても、自然と後から付いてくる。神奈子が色事に強い、そう信じられる下地さえ作って
しまえば、信仰の多寡によっては恋愛の神様にだってなれてしまうのだ。
 切り取られ方によって柔軟に形を変えていく、それが日本の神様の特徴なのだから。
 昨日の宴会騒ぎに加えこの新聞記事。例え発行部数の少ない文々。新聞とはいえ、相当
数の号外が出されたことは間違いない。霖之助の目論見は完全に成功したと言えるだろう。
 今回彼が神奈子に売った道具、それは霖之助自身の"知恵"だったのだ。小芝居に付き合っ
たことから言えば自身さえも商品になったとも言える。道具であれば何でも扱う香霖堂の
本領発揮、と言ったところだろう。
 恋人の振りをする、というのも神奈子が夫婦神であると知っていた霖之助には苦になら
なかった。間違いが起こりようもない、と保証されていれば深く考える必要はなかった。
「でもあんな古びた刀一本で本当に良かったの? ここまで成功しちゃったら何か悪い気
がするわ」
「いや、良いんだよ。僕にとってはあれ以上の物はない」
「そう……?」
 彼女の夫神、その元となった神剣の名を冠する剣を手に入れたのだ。勿論、神の鍛えた
剣ではないが、歴史と風格を兼ね備えた一品であることは間違いない。心中では飛び上が
らんばかりに喜んでいたのだが、返せと言われるのが嫌なので表には出さない。
 その後は粛々と酒宴は進み、酒も尽きようとしたとき神奈子が再び口を開いた。
「やっぱり何か悪い気がするから、もう一つだけお礼がしたいわ。貴方に佳い話をしてあ
げる」
「ほう、君からどんな話が聞けるのか楽しみだね」
 対面に座っていた席を立ち、霖之助の横に腰を落ち着かせる。急な接近だったが、酒が
入っていることと彼女に対する知識によって霖之助は完全に油断しきっていた。
「貴方は私のことを夫婦神だと思ってるみたいだけど、本当は夫何てどこにもいないのよ。
アレは中央に対する名目だけの名前だけの神。実際に彼の地を支配していたのは諏訪子で、
それを裏から操っていたのが私。諏訪神とは即ち私のことだったのよ」
「……それが本当だったら凄いことだ。もう少し詳しい話を――」
 気が付くと神奈子との距離が零になっていた。唇が重なり言葉を紡ぐことが出来なくな
る。
 驚愕に目を見開いた霖之助。その表情を確認するように神奈子は一度唇を離して婀娜っ
ぽく微笑んだ。
 一瞬置かれた間に霖之助が平静を取り戻そうとした直前、再度神奈子の攻勢が始まった。
今度は貪るようにして霖之助の口中を蹂躙して行く。上唇を甘噛みされ、舌と舌が絡み合
い、歯列に舌を這わせ、上顎の下を優しく撫でられる。
 蛇のように絡み付いてくる舌に目を白黒させながら、まるで童子のように霖之助はされ
るがままになるしかなかった。
 男の反応を見ながら的確に与えられる刺激。寸刻毎に脳に痺れるような快感が迸り、背
筋は電流を流されたかのように震えが走る。
 無理矢理に燈された情炎。一方的な搾取に霖之助の自尊心が刺激される。しかし反攻に
転じようとした瞬間、全てを見通したように神奈子はそっと身を引いた。
 二人の間に銀色のアーチがかかる。霖之助はそれを呆然と眺めるしかなかった。
「――だからお礼にこんなことだって出来るのよ?」
 妖艶な笑みを浮かべ神奈子にお預けを喰らった霖之助は苦笑するしかない。
「……君は蛇の神様だと思っていたが、蜘蛛の神様だったようだ」
 一度男を捕まえたら二度と離さない女郎蜘蛛。艶かしく上気した今の神奈子の表情から
連想されるのはそれ以外にありえなかった。
「さて、遅くなってきたからそろそろ帰りますね。諏訪子や早苗にも相談していなかった
から、今回のこと心配しているだろうから」
「あ、おいっ……」
 霖之助が呼び止める間があればこそ。彼の耳に一つ囁くと、身を翻して店内から直ぐに
消えてしまった。
 神奈子がいなくなり静寂を取り戻した室内。日常に帰っただけだというのに部屋の広さ
に寂寞を感じてしまう。
 彼女の消えた出口を見つめたまま霖之助は思う。
 僕があれこれと手を回す必要は最初からなかったんじゃないだろうか。
 男にとって最も残酷な方法で強烈に植えつけられた印象。あれだけの手管があるのなら
ば時を待たずして彼女は縁結びの神として幻想郷に君臨したことだろう。
 酔いも眠気も完全に醒めていた。宝刀を手に入れた喜びも今はなく、残されたのは唇に
植えつけられた感触と腰部に走る甘い疼痛だけだ。
 どれだけの間そうやって立ち尽くしていたのか。霖之助は自失から回復すると酒盛りの
片付けをし、体を横たえることなく読みかけだった本を開いた。どうやっても今夜は眠れ
そうになかった。この胸に燻り続ける情念が消えない限りは。
 一つ溜息を付くと霖之助は本の世界に没頭する。いや、しようとした。しかし視線がど
れだけ文字を追おうとも内容が頭に入って来ることはなかった。
 
 ――この先は次にお会いした時に

 耳元に囁かれた言葉が脳裏に甦る。それだけで今でも背筋に震えが走る。
 霖之助の脳裏に蛇のように絡み付いて来る神奈子の幻想。
 果たして今度彼女に会った時、自分は理性を保てるのだろうか……。
 同じ頁を開いたまま止まってしまっていることに気付き、胸に蟠る靄を吐き出すように
大きく息を付いて霖之助は本を閉じた。
 窓に目をやると既に空は白み始め、鳥の囀りが聞こえ始めていた。

                   *

 その後暫くの間、博麗神社では不思議な光景が見られるようになる。
「kana and rin were layin' in bed!」
『kana and rin were layin' in bed!』
「ふざけないで! 大声出しなさい! 陰陽玉落っことしたの!? そんなことじゃ神奈
子は倒せないわよ!?」
『sir! yes,sir!』
「ナイチチ二等兵!」
『sir! どちらのことかわかりません! sir!』
「貴方たちは人間じゃないわ ! チルノの脳味噌をかき集めた値打ちしかないのよ!」
『sir! yes,sir!』
「肝に銘じておきなさい。貴方たちは死ぬ、死ぬために貴方たちは存在する。だけど幻想
郷は永遠よ。つまり――貴方たちも永遠なのよ!」
『sir! yes,sir!』
 軍装姿の隙間妖怪に巫女と魔法使いがしごき上げられる、というその異様な光景は長期
に跨り続けられることになる。
 その頃には口を滑らせた諏訪子の為に神奈子は信仰を失い、幻想郷は再び平和な日々を
取り戻していた。
 だが狂乱の渦中にある彼女たちがそれに気が付くことはなかった。
 結局この騒動が収まるのは、前後不覚に陥った魔理沙のマスパで紫に焦げ目が付く瞬間
まで待つこととなる。








●後書き
ひたすら神奈子様への妄想を綴っただけの作品です。
香霖堂原作で絡んでいないキャラは書き方が非常に難しいのですが、とりあえず自分の中ではこんな感じです。
posted by sei at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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