2008年07月11日

地の国の菩薩

村から排斥された少年は森を目指す。

登場キャラ
霖之助 映姫
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 体中が痛む。足が痛い、腕が痛い、お腹が痛い、背中が痛い。
 その中でも一際痛んでいるのが心だということに少年は気付いていなかった。心が痛む
ということにすら気付かぬまま成長してしまっていたのだ。
 投石によって体中に出来た痣は少年に自分の存在意義を問いかけさせる。生きている意
味などあるのかと。

 村の中ではいつも厄介者として扱われてきた。生来体の強くない少年では村の労働力と
しても役に立たず、無駄飯食らいと蔑まれて生きてきた。
 それでも、それでも昨日までは生きていくことが出来たのだ。唯一少年の味方であった
彼を庇護してくれる存在――母親が死んでしまう前までは。
 医者には過労だといわれた。その言葉の意味さえもよく理解できないほどに少年は子供
だったが、自分が責められているということだけは身に染みてわかっていた。
 簡便に葬式が執り行われると、村中の人間は少年の家から様々なものを持ち出していく。
少年に取っては取るに足らないもの――お金や貴金属――から命に代えてでも守りたかっ
たもの――母親の形見――まで何もかも。
『お前たち親子には貸しがある』
 誰もがそういった。少年には理解できない言葉だった。
 今まで流されていただけの少年は生まれて初めて反抗した。何もかもがわからなかった。
どうして母親は死んでしまったのか。どうして母親の遺品を持っていこうとするのか。
 ――どうして自分を汚らしいものでも見るように睥睨するのか
 引掻いて、噛み付いて、殴って、蹴って。少年は無我夢中だった。
 気が付いた時には鼻血を流して天井を見つめていた。やけにぼんやりと聞こえてくる周
りの大人の言葉。途切れ途切れの単語しかわからなかったが、自らがどうなるのかだけは
何となく理解できた。
『鬼子……母親も殺して……村にとって……有害だ……追放して……』
 数日も経たぬ間に、少年は石礫と共に村を出ることになる。

                            *

 村を出たことなど数えるほどしかない少年に行く当てなどありはしない。ただ一つだけ
母親から聞かされていたことがあった。
 ――魔法の森には行ってはならない         
 何故行ってはいけないのかもわからなかったが、少年はそこへ行こうと決心していた。
人生の中で何一つ正しいことはわからなかった。ならばもう間違うしか道は残っていない
のだ。少年はそう思考した。
 昼も夜もなく少年は道を彷徨い続けた。少しでも木の茂っている方へ、少しでも茂みの
深いほうへ、――少しでも人のいない方へ。
 幼い体で踏み固められていない道を歩き続けることは容易なことではない。加えて冬の
寒さに苛まれる中裸足で歩いているのだから、何をか言わんやだ。
 少年は肉体の訴える苦痛から逃れるようにただ思考の海に沈んでいく。
 何故何日も飲まず食わずで自分は生きていられるのか、少年が考えるのはそんなことだっ
た。
 母親が生きていたときには貧しいながらも三食の食事を摂っていた。それは少年の内か
ら発した欲求ではなかったが、食べないことに対して母親はいい顔をしなかったのだ。い
つからか理由もわからずに出された物を胃に収めることが日常になっていた。
 人生とは間違い探しのようなものだ。自身の生を振り返ると結論は自然とそうなってし
まう。食事についても大きな罰点が付けられる事項に他ならない。もし自分が普通に食事
が出来たならば、もし自分が他の子供と違った容姿をしていなければ、もし――
 どこまでも罰点をつけながら過去に遡っていく。そうして漸く少年は気が付いた。
 ――生まれてきたのが間違いだったんだ
 少年は考えることをやめた。ただ痛む体を引きずって、歩く。
 どこまでも、どこまでも。
 自らの間違いの最後の締めくくりの為に、最後くらいは自らの手で間違えてやろうと。
 いつまでも、いつまでも。
 入ってはならぬ森を目指して。

                            *

 ぽかんと口を開けて少年は空を、空があるはずの場所を見上げた。未だ太陽が照ってい
る時間であるというのに薄暗い。師走も近いというのに暑くもなく寒くもない。ただじっ
とりとした湿気を感じるのみである。
 魔法の森の、荘厳とすらいえる雰囲気に総身が震えた。
 それは疲労で倒れる寸前だった体が発した信号。落ち着き場所、死に場所を見つけたこ
との喜びに相違なかった。
 まだ森にすら入っておらず、入り口を見上げているだけという状態であったが、少年は
もう十分だと思った。
 地面に崩れ落ちた体はもう二度と動きそうにもない。一生分は歩いたのだ。もう歩く必
要なんかない。心からそう思った。
 禁忌の森に入ることは叶わなかったが、入り口までは辿り着いたのだ。
 これでいい、これならばいい。
 倒れたまま見上げる森は少年の心を落ち着かせた。この場所の一部になることが出来る
なら、もしかしたら人生で初めて罰点をつけなくてよかった出来事になるのかも、と。
 これで、やっと母さんのところへ逝ける……。
 間違いだらけの人生の中、少年の見つけた希望は仄暗い。だがそのことに気付かないま
ま少年の意識は途切れて行った。

                            *

 なんだろう、この温かさは。
 雪の降り積もった地面に横たわったはずの体をじんわりと何かに温められているような
感触。数日前までは毎晩感じていた感触なのに、もう何年も前の出来事のような気さえし
てくる懐かしい記憶。
 でもそんなことあるはずがない。母親を殺したのは……。
 自らを否定する言葉を口にしようとする。しかしどうしてかいつまで経っても口から言
葉が漏れ出ることはない。
 気が付くとぼさぼさになった髪がやんわりと手櫛で撫で付けられている。
 そうか、だから言葉がでなかったのか。
 自らの存在を肯定してくれているかのように、慈愛を感じるその手によって、少年の心
は少しづつ暖められていく。
 体中を包む柔らかさと温かさ、そして日向のような匂い。
 それは間違いなく母親といえる存在によってしか齎されない物だ。
 ごめんなさい。ごめんなさい。間違えてばかりでごめんなさい。
 温かさに包まれて少年は言葉を吐き出していく。この人に、"母親"に抱かれたまま心
の澱を全て吐き出してしまいたかった。
 ごめんなさい。僕の所為でごめんなさい。生まれてきて――
「それは違います。貴方が自ら白黒付ける必要などありません」
 でも僕がいなかったら全て上手くいっていたんだ。
 初めて少年は顔を上げる。焦点を上手く結べずにぼやけた顔が映るのみだが、少年には
それは天使のように思えた。緑色の髪をした天使の姿に。
「貴方が間違えたことなどありませんよ。私にはわかるのです」
 でも僕にはわからないんだ。
「大丈夫ですよ、正否などは死ぬまでの間にはありはしないのです。心配せずとも最後に
はきちんと私が白黒つけてあげます。だから貴方は――」
 天使の言葉は少年には何一つわからない。ただ一つだけ、少年が欲しかったたった一つ
のもの。それをこの女性がくれたことだけは、頭でわからずとも体が理解することが出来
た。
 ――僕は間違っていなかったんだ
 少年の意識は安堵の海に沈んでいく。
 どこまでも深く、深く。

                            *

 目を覚ますと少年は巨木にもたれかかるようにして倒れていた。
 魔法の森の入り口付近。そこにはどうしてか雪が積もっておらず、繁茂する木々の隙間
を縫うようにして暖かな日差しが地上まで届いていた。
 全て夢だったのか。
 内容は殆ど忘れてしまっていたが、どうしてかとても大切なことがあった気がしてなら
ない。
 大切――今までそんなことを考えてもみなかった。
 しかし心の底に燻っている熾は冷えた体を少しづつ暖めるのだ。
 小さい音がした。どこから聞こえた物かと辺りを見回すともう一度同じ音が。
 少年は初めてお腹が鳴るということを経験したことに気が付く。遅まきに襲ってきた空
腹感にも。
 しかし人里離れた森の中に食べる物などありは――いや、あった。
 岐の神、塞の神、道祖神。様々な呼び名があることは知っていたが、最も親しんでいる
呼び名は、
「……お地蔵様」
 その前に一つ、白米の握り飯が供えられていた。
 恐る恐る手に取ると、夢中でそれを口に運ぶ。
 美味しい。
 初めて食べ物を美味しいと感じた。あっという間に平らげてしまう。
「お地蔵様が助けてくれたの?」
 言って少年は苦笑する。確かにお地蔵様は子供を助けてくれる仏様だ。しかし自分が見
た夢のイメージとはどこか違う。あの柔和さと暖かさだけは忘れない。きっと母親のよう
な凄く綺麗な女の人に間違いないのだ。
 それに比べお地蔵様、地蔵菩薩とは即ち閻魔様のことなのだ。髭もじゃで巨漢の赤い鬼
の姿とあの夢の女性が一緒のはずがない。それに――勝手にお供えを食べたら地獄に落と
されてしまうかもしれない。
 少しだけ怖くなった少年は何度もお地蔵様に頭を下げて、そして直ぐに歩き出した。
 今度向かう場所は森ではない。
 行く当てなんかはありはしないが、今度は間違わない。いや今度こそは正しいことをす
るのだ。だって間違いなんかないとあの人もいっていた。正しいことをしようとすれば、
それはきっと正しくなっていくのだ。
 体は冷え込んでいたが、胸の焔は未だに消えていない。
 わかることなどありはしないが、歩いていればきっとどうにかなる。そう信じることが
今の少年には出来るようになっていた。

                            *

「おかしいな、確かにここら辺だと思ったんだが」
 数十年の歳月は記憶をも溶かしてしまうのだろうか。森の入り口で一人の青年がしきり
に首を捻っていた。
 成長した少年は今は森近霖之助と名乗っていた。紆余曲折あったものの、何とか一人で
生きていけるだけの力を手に入れて、落ち着いた生活を取り戻していた。
 道具屋という天職を見つけた霖之助は、今人生の転機を思い返すため久方ぶりに魔法の
森まで出向いてきたのだ。
 しかしどれだけ探してもあの時見つけた地蔵がないのだ。
「今考えるとおかしなことばかりだな。地蔵、塞の神は境界の神様だ。人だけでなく悪鬼
悪霊も跋扈する辻から人間の領域を守るために置かれる神仏なんだ。だがどう見てもここ
に人が住んでいた形跡なんかありはしない」
 それは遥か昔のあの時ですらそうなのだ。ここに地蔵が置かれる理由は一分もない。
 もしかしたら――本当に閻魔様が助けてくれたのだろうか。
 皮肉気に口が歪んだ。そんなことあるわけないか。幻覚でもみたのだろう。
 確かにこんな場所に地蔵があって、丁度お供えが置かれているなどと余りにも出来すぎ
だ。しかし寒さと飢えで苦しんでいる時に丁度閻魔様が通りかかって助けてくれる、より
は現実的な線という奴だ。
 頭ではそう結論付けているのだが、どこか納得しかねる部分が残った。
「そういえばそろそろ店を構える場所を決めなくちゃいけない時期だな」
 そうだ、ここに店を構えるのは悪くないかもしれない。
 不明瞭な気持ちを残しておきたくはないし、それに意外と立地は悪くないかもしれない。
ちょうど人間の里と妖怪の山の間くらいにある。珍品を扱う店としてはそれくらいでいい
だろう。
 散策を諦めると、すぐに里に取って返した。霧雨家から独立するために。

 その後店を開いた後も辺りを散策する習慣は残ったが、結局何も出て来はしなかった。
 霖之助も次第に過去の出来事を気にしないようになっていった。

                            *

「全く、貴方の態度はとても接客しているようには思えません」
「そうかい? 僕としては正しい接客だと思っているんだけれど」
 椅子に座って本を開いたままで霖之助は口を開く。
 相手は四季映姫・ヤマザナドゥ。所謂閻魔様である。どうして閻魔様が香霖堂に来るの
かは霖之助にもよくわからない。客でないことだけは確かだったが。
「その貴方の不真面目な接客態度を正しに来ているのです」
 すっと霖之助の手から本を抜き取る映姫。これもいつものことだ。気付かれぬように溜
息を付いて霖之助は立ち上がった。
 ふと映姫の顔を見ると何故か懐かしい感覚に襲われた。今まで小言が五月蝿くてまとも
に彼女の顔を見たことがなかったのだが、どうしてか既視感を覚えるのだ。
「…………うーん」
 少し苦手意識があった映姫なのだが、その顔を見ていると落ち着くどころか胸に暖かな
ものが広がってさえいく。どんな女性と会っても覚えなかった感覚に霖之助は戸惑ってし
まう。
 そういえば少し似ているかもしれない。あの時見た夢の女性に。
 久方ぶりに昔のことを思い出した。過去のことなど気にしないようにしていたのに。
「どうしかましたか? そんな不躾な視線を送るなんて失礼ですよ」
「……いや、なんでもないよ。ただ昔見た夢のことを思い出しただけさ」
「……どんな夢なのです?」
 何とはなしに出した話題に思いがけず食いつかれ、少しの間口ごもるが、閻魔様に隠し
事など出来るはずがない。
 霖之助は諦めて口を開いた。
「子供の頃に自暴自棄になっていたことがあってね。その時に見た夢に助けられたのさ。
凄く暖かで天使のような女性が現れて……」
「だだだ、誰が天使ですかっ! わわ、私はそのような……」
 何故か顔を赤くして慌てふためく映姫。
「いや映姫様の話はしていないけど……」
「え、いや……おほんっ。そ、それでどうしたのですか?」
「いやそれだけだよ」
 映姫は何故かがっかりしたような様子で肩を落とす。
 何か悪いことをいっただろうか。考えてみるも霖之助には心当たりがない。とにかく何
か話そうと適当に口を開く。
「そうそう、映姫様の顔を見て思い出したことがあるんだ」
「そ……そうですか。ええ、はい。話して御覧なさい。聞いてあげますから」
「僕はその後――」
「その後……?」
 何故かぐぐっと顔を近づけてくる映姫から霖之助は一歩引いて答えた。
「ついお供えを食べてしまったんだ。余りにお腹が空いていてね。正直に言ったから地獄
行きだけは勘弁して欲しい」
 どんがらがっしゃーん、と映姫は勢いを付けて倒れこんだ。周りの商品も盛大に巻き込
んで。
「だ、大丈夫ですか?」
「……平気です。今日はもう帰ります」
 何故か落ち込んだ様子で帰っていく映姫を霖之助は呆然と見送った。
 数分後、映姫の撒き散らした商品を霖之助は片付け始める。今日のような光景は実は珍
しいものではない。
 彼女にとってよっぽど自分は怠惰に生きているように見えるのだろう。気が付くと、こ
とあるごとにやってくるようになっており、今や霊夢や魔理沙に次ぐ常連客である。
 映姫の説教は少し苦手であったが、何故か一緒にいてもそれほど悪い気はしなかった。
寧ろ落ち着くと言ってもいい。近くに映姫がいても気にせず本を読める程度には。
 さっきはつい誤魔化してしまったが、あの時の地蔵についていつか映姫に聞いてみよう
と思っている。もしかしたら本当に彼女が助けてくれたのかもしれない。最近は富にそう
考えることが多くなっていた。
 それがあの不可解な出来事に答えを出す唯一の結論だと思えたし、その後の夢の真実を
知る手がかりでもあるのだ。
 もしあれが夢でなかったのならば自分はどうしたいのだろう。
 結論は一つだけだった。今の自分を見て欲しい、それこそが彼女に対する報いとなるは
ずなのだ。
 貴方の言うとおり、僕は僕の正しい道を歩んで来た。そしてこれからもそれは変わるこ
とはない。
 それだけ伝えることが出来れば本望だ。
 しかしその思いは真実であるのにもう何度機会を逃したのかはわからない。あのことを
聞いてしまったらもう二度と映姫がこの店に来ることはない。そんな予感があった。
 正論吐きの口うるさい少女。客でもなく何をするでもなくふらりと現れて去っていく幻
想郷のヤーマ。
 彼女がいない香霖堂を想像すると、それは、どこか、寂しい。
 その為いつも切り出そうと思いつつも、何かと理由を付けて先延ばしにしてしまう。
 二律背反に悩みながらも、暫くはこのままでいいとも思った。
 生きている限り、間違ったことなど何もないのだから。









●後書き
先日の日記で書いた某スレに降臨した職人さんのプロットをSS化したものです。
人のプロットというのは全く自分の発想にないものばかりで楽しい作業でした。翌日は睡眠不足で死にそうでしたが。
閻魔と地蔵の関係性を使ったガジェットがとても秀逸で、もっとこのプロットを膨らませられたらよかったのですが。
posted by sei at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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